第98話:火焔魔王と幸せの粉06
ズガァァァン!!!
「……………………」
およそこの星が上げたとしか思えない悲鳴が轟いた。暴発音をビッガ級で倍化したような音だ。
「……えーと」
場が学内であること。ついでにアリスは講義の最中だった。
「え?」「何?」「ちょ」
どこか残響にも近い音のせいで威力と距離が比例していない。かなり強大な力が行使されたのは事実だが、その希薄した音にどうにも現実味が湧かない。
「アリス様」
「え? いくの?」
声を掛けるカオスに、アリスが疑問を呈した。
「もち」
「でよ」
ピアとクラリスも行く気満々らしい。
「面倒事だよ?」
「このレベルの魔術行使はちょっと異常です」
「まぁそなんだけど」
少なくとも距離と音の遠さからこれがメガノ級以下であることはまずない。どう考えてもギガラ級。場合によってはビッガ級に相当する。
およそ位階の呪文は四の乗算で増えていく。
メガノ級で四倍。
ギガラ級で十六倍。
ビッガ級で六十四倍だ。
そのインフレーションは留まるところを知らず。それこそオメガ級ともなれば都市区画を殲滅すら為し得るだろう。アリスとカオスが最強と言われる所以だ。
「でも学院なら対処法もあるのでは?」
アリスは少し眠気が勝っていた。ことさら不意打ちに強いわけでも無いが、それでも突発的な事案に慌てない程度には剛毅だ。
「言っておきますけどね。ビッガ級使えたら人間って歴史に名が残るんですよ?」
「……………………そなの?」
アリスは普通に使える。魔人の一種であるリッチも使う。だが事実として、およそ才能に恵まれた者がメガノ級を使えて持て囃される程度だ。ギガラ級を使えれば宮廷魔術師でもトップレベル。ビッガ級と為れば国境線の定義にすら組み込まれ、国の決戦力として軍隊と同格とまで云われるレベル。
「えー」
「今は起源前ではありません。あんな神代の事情を今の人類に持ち込まないでください」
「でも実際に今魔術使われてるし」
ギガラ級。あるいはビッガ級。
「魔人の可能性もあります」
暴走する魔術師の総称だ。
「で、吾輩にどうしろと」
「鎮火」
カオスの言は端を極めていた。
「うーむ」
「あとフェザラを使えるのが私たちしかいませんし」
「まぁそれはそうだよね」
ふに、と目を擦りつつ眠そうにアリスは頷く。
「なので行きますよ。もっとも反論は受け付けませんけど」
ギュッとカオスはアリスの身体を抱きしめた。
「わお」
「大羅・比翼・風暴嵐」
ボッと風が唸った。アリスの背に見えざる風の翼が具現すると、それは大気を叩いて大空にカオスとアリスを放り投げた。暴風で窓ガラスが割れ、そのまま異常な速度で魔術の咆吼へと飛んでいく。
「待てー!」
「待つでよ」
その後方からピアとクラリスも飛んできた。普通に比翼は使えるようになったらしい。影装はまだらしいが。ピアは火属性。クラリスは風属性だ。
「無茶するねカオス嬢」
「私たちにとってビッガ級なんて連射できるレベルですから」
「まぁそなんだけどねー」
やはり眠たげにアリスは答えた。
「で、現場なんですけど」
「うわお」
焦熱の坩堝だった。
空気が焼け、地面が溶解し、火口にも似た地獄が具現している。
「大丈夫ですか?」
「まぁやれと仰るなら」
嘆息し、アリスは熱を支配する。
「火焔」
単に世界の可能性と言うだけで火と熱を操る魔王だ。ただ一言で灼熱が一掃され、そこに冷えた風が吹き付けた。
「――――――――」
ルァッと吠える魔人。学院の制服を着ている。
「あれが件の魔人?」
「そうでしょうね」
女生徒だった。目が血走っておりどこに焦点を当てているかもよくわからない。だがその行使する魔のレベルは高く、それこそ呑魔のブーストもかかっているのだろうが、今現在の現代魔術では相手にならない。
「――――――――」
火焔が迸った。空を飛んでいるカオスに向けて。
「ほい」
そしてカオスは抱きしめているアリスをまるで爆撃するように地面に放る。地面から伸びた火焔の魔術がアリスを包み込む。
「よくもやるなぁ」
それでも無事な辺りがアリスの規格外さの証明だろう。こと火属性の魔術に限り彼は現象をスピリットに変換し、自分の魔力として取り込むことが出来る。
「比翼・火焔」
とっさに炎の翼を出して地面に無事着地する。
「で。どうしろと」
困ってしまうアリスだった。
「斬撃・流水」
水の斬撃。魔人が火属性であるからだろう。クラリスの魔術が襲った。
「――――――――」
暴挙にも似た魔術行使。炎で水を蒸発させる魔人。
「ケタタタ。でよ」
クラリスは面白そうだ。
「爆裂・氷結晶」
「え? 爆裂と氷結晶を合わせられるの?」
カオスが氷の魔術で魔人を地面に縫い止め、そのまま突撃する。
「――――――――」
猛る狂う炎を右手で霧散させて、カオスは魔人に一撃見舞うのだった。




