第93話:火焔魔王と幸せの粉01
「麻薬?」
くあ、と欠伸をしつつアリスはカオスの意見を聞いていた。
「最近流行のようで」
「クスリね」
別段珍しいことでもない。実際に魔術を使う際にクスリを頼る魔術師も居る。スピリットはマテリアルに依存しているので、その変容を薬学に頼るのはたしかに理に適っている。
「あんまり実感は湧かないんだけど」
フラフラと寮食堂まで歩く。
「ちょっとそんなニュースを見た程度ですけどね」
「錬金術の関連なら幾らか学院も作ってなかった?」
「そこら辺はまぁ魔導の延長ですよね」
ふ、とカオスは溜め息。
アリスはモーニングで朝食を固める。カオスも倣った。
「クスリって楽しいの?」
「身体を壊さないのなら一興ですけどね」
「不道徳組織に金が流れるんでしょ?」
「そう相成りますかー」
実際にそこは暴力組織の縄張りだ。
「麻薬ね……」
アグアグとトーストを囓る。
「手を出さないでくださいね」
「危険と分かって手は出さないけどさ」
火中に手を突っ込むのも気が引けて。
「ピアとクラリスには言わなくて良いの?」
「アレらは必要レスですから」
「吾輩の場合は?」
「何も知らずに手を出すというのが一番危険なので。ていうかクスリについて知らないでしょう?」
「たしかに」
そも起源前には存在していない文化だ。
「タバコみたいなもの?」
「境界線はたしかに曖昧ですよね」
にぎにぎとカオスは自分の右手を握っては開いた。
「何とはなれば」
「そこら辺がカオスの優位性だよね」
「然りで」
そんなわけで二人は朝食を取った。
*
「火焔」
「流水」
魔術が飛び交う。およそ基礎的な授業だ。
「波の打つ瀬見れば玉ぞ乱れける拾はば袖にはかなからむや」
というわけでアリスはその授業を遠巻きに眺めていた。
「地殻」
「風象」
それぞれの魔術が発露する。属性は基本四種。火と水と土と風だ。
アリスは火属性。これは何度も言った。
実際に同レベルなら水すら消してしまう熱量ではあるも。
「世にありし俗名かぁ」
そんなわけで特に意識することなく授業を見つめていた。
その折り、
「――――――――」
不気味な声が響く。
とても不吉を誘う声だ。というか呪詛を纏った呻きにも近い。
「?」
アリスが声のした方を向くと、胡乱な瞳の男子生徒。その目に血液が集中し、真っ赤に染まる。
「魔人――」
カオスが正解を弾き出す。魔人。魔に呑まれた人間を指す。その魔術能力は一般より飛躍する。
「――――――――」
吠え声が炸裂すると、暴風が荒れ狂った。ただし修練場の中で。
「あー」
殊に慌てることでもない。魔人程度はアリスも見てきた。ピアと一緒に居るとよく見かける。其処の因果関係は今回に関してはまた別として。今はピアは居なかった。
「ま、カオスも居るし」
そんなわけで高みの見物だ。
「――――――――」
魔人の顕在。その意味を悟った生徒らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。だいたい実力が同じなら、魔の純度が成否を決めるのだから一般的な魔術師は魔人に勝てない。敵うとすればそれ以上の実力を持つ魔術師か、あるいは洗練された傭兵だろう。
暴風が荒れ狂う。
「引きなさい」
授業の講師がスピリットを練る。こう言うときの責任はたしかに講師に帰結するだろう。だが今回に関して言えば必要も無かった。
「捨!」
カオスが一歩出る。
「待っ――」
「大丈夫です」
魔人の暴風を右手で受け止める。魔術の無効化。それを彼女の右手は可能とする。
鎮圧される風を右手で打ち払い、さらに加速。
「無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道」
呪文とは違う。だがソレは魔法の言葉だった。
「――――――――」
さらに荒れ狂う風を制した魔人が、その威力を叩きつける。
「強盾・火焔」
火属性の障壁でそれを防ぎきるカオス。
「無明レス」
火は風に強い。その意味をここでは講義する必要も無かった。火焔の障壁を突き抜けて、魔人に距離を詰める彼女。
「南無三」
アリスが十字を切る。
「無刀流」
瞬発的なテンポは息を飲む間さえ与えない。
「喝破玲瓏」
掌底が魔人の意識を刈り取った。
「――――――――」
あまりの衝撃に呼吸が逆巻く。ついで吹っ飛ばされた身体はそのまま二転三転して地面を転がった。
「…………」「…………」「…………」
「制圧を」
言われて講師が動く。魔人と化した生徒を保護……あるいは拘束する。どちらの意味で捉えるかも人次第だが死者は出ていないので神明裁判にはならないだろう。




