第80話:火焔魔王と恋のお勉強01
「マクスウェル嬢! お慕い申し上げております!」
「はあ」
「是非ともわたくしめと恋仲に」
「謹んでお断り申し上げます」
「うわあああん!」
とまぁ一連の流れ。
「最近はカオス嬢が人気ですね」
「勇者だしねー」
「ついで実力ナンバーワンでよ」
アリス。ピア。クラリス。三人は芝生でランチを取りつつ、少し離れた恋慕の思索に耽っていた。多分アリスは分かっていないが。
「お断りするのも疲れますね」
「にははー。よく分かる」
「ケタタ。うっちは慣れたけどでよ」
「恋……ね……」
パンを食べつつ空を見上げるアリス。初夏の季節。青空はどこまでも鮮やかで、心地よい風は青春を応援するかのよう。
「アリス様も恋に興味が?」
「うーん。それがよく分かんなくて」
二次性徴は微妙なライン。だがそもそも彼のスピリットの構造は魔族だ。文学的な情緒というモノにまるで理解が無かった。
性欲としての発情なら生物学上可能だろう。
元々人間が華燭に過ぎるのであって、本来の意味での愛とは淫らなモノだ。其処を否定してはまず以て純愛とは言い難い。好きな異性が居たら抱きたくなる。汚らわしいとの観念もあるだろうが本質として愛の真意はそこに帰結する。
「ただまぁロマンを語るには師匠は鈍いよねー。にはははー」
そこにロマンスを介入させることが酷く彼には難しい。
「恋……」
サンドイッチをもぐもぐと咀嚼。
「じゃあ恋を勉強しましょう」
「どうやって?」
「好ましい女性は居ますか?」
「母さんとか?」
「ぅわぉ」
もちろんドン引きだ。アリスが理解していないのを十分に認めつつも、彼の発言は苛烈を極めている。
「じゃなくて同年齢で」
「カオス嬢。ピア嬢。クラリス嬢。これらは好ましいですよ?」
「でしたら付き合いましょう」
「つき……あう……」
言葉の意味は分かる。だがそれが文明に繋がらない。
「うーん。まずはロマンス譚からでしょうか?」
「師匠に恋を知って貰うってこと?」
「ピア様もイチャイチャしたいでしょ?」
「母娘丼?」
「あの。ここでは不穏な表現は止めてくださる?」
「高貴な貴族に庶民との恋って背徳感増し増しでよ」
「クラリスの場合はたしかに立場が邪魔しますね」
「カオスっちは?」
「罪悪感と一先ず分けて考えるべきかと」
「じゃあさ! 三人で師匠をメロメロにしようよ!」
「いいですね」
「ご提案でよ」
「めろめろ……?」
やはしアリスはよく分かっていない。
「で、まずはハーレクインロマンスの何たるかをご教授せねばならないのですけど」
「勉強ですか? 吾輩が……」
「本は読まれますよね?」
「それなりに。王国にいたときは図書館に通ってましたし」
ちなみに娯楽小説はあまり読んでいない。
「成年誌とかは?」
「せいねんし?」
「いえ。何でもございません」
さすがにこれは自爆だろう。
「というか二次性徴していなかったら意味ないんですけど。この場合どうやって確かめたモノか」
「にゃむー?」
「脱がせる?」
「何で?」
ビクッとアリスが震えた。ピアなりの冗談なのだが。
「お母さんとかどう思う?」
「ストレリチア陛下ですか。とてもよく分かりませんよね」
「うーん。手強い」
「未亡人ってそれだけで脅威でよ」
クラリスが自分の胸を揉んでいた。ことヒロインのステータスに於いて肉体値はストレリチア陛下が突出している。
「じゃあ媚薬とか……」
「そこまでやりますか」
引きつつも全否定しない辺りがカオスの心境を物語っている。
「要するに人を好きになれば良いんですね?」
「そうです」
「好き……好き……好き…………」
イメージが具体化しない。
「そもそも嫌いな人はいないので?」
「そんな感情を人に向けるのが申し訳なくて」
「たとえば命を狙ったミカエリとかガブリッチとか」
「可愛いですよね」
「重症でよ」
かしまし娘が嘆いた。人を憎む素養がそもそもアリスには無い。であれば人を愛するのも対照的に難しい。要するに強い感情を他人に向けることそのものが不得手なのだ。
「女の子の裸を見たいとは思わない?」
「えーと。痴女なので? ストリーキング?」
「師匠のためなら処女ビッチになれるよ?」
「色々とヤって差し上げたいでよ」
「ですね」
かしまし娘の本意が彼にはまだ理解が及ばない。
「じゃあ恋愛小説でも読みますか」
「男性ならラブコメディでは?」
「それもちょっとエッチなヤツでよ」
「じゃあソレらを教材としつつアリスっちとイチャイチャ……」
色々と不穏な感情が錯綜していた。あまりアリスも重大事とは思っていないので、そこだけが彼女らの不満というか……アリスを想う上で認識に疲労を感じるところでもあったのだが。




