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第49話:火焔魔王と勇者の邂逅01


「くあ」


 ある日の早朝。彼は朝早くに目を覚ました。お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。何時もと同じなモラトリアム。人として何度も繰り返したパターンだ。


「ズズ……」


 コーヒーを飲みつつ学生寮のベランダに出る。日はまだ昇っていなかった。夜というには冷えすぎており、おそらく黎明少し前だろう。


光明ライト


 すっと光源を確保して、東を眺める。徐々に日が昇り始めた。街並みが白く焼かれて染め上げられていく。その光景が彼は好きだった。


「こういうのを風情と言うんでしょうか」


「ですね」


 ベランダに別の声。だが聞き覚えはあった。カオスだ。白銀の髪が朝日で輝いている。


「起きてたんですね」


「これくらいには目覚めますよ」


「剣の鍛錬?」


「まぁそんなところで」


「で、二度寝と」


「まぁそんなところで」


 クスリと彼女が笑う。


「コーヒーか紅茶、淹れましょうか?」


「では紅茶を」


 スルリと彼女のリクエスト。


「とは言っても湯に浸けるだけですけどね」


 沸騰したては避けるとか、葉が開くのを観察するとか、一応それなりに知ってはいるが、つまりそれなりだった。


「どうぞ」


「有り難く」


 受け取ってスッとカオスが飲む。


「薫り高いですね」


「カオスが淹れた方が美味しいはずですよ」


「魔王に茶を淹れられるのは私たちだけの特権ですから」


「あはは」


 一応ジョークらしいので笑ったが、彼にも負い目はある。実際に一般普遍で申せば彼の滞在は星乙女にとって不利益だ。恋する男子も多いから、それだけアリスが邪魔であり評判を落としている……は絡んでくる一般生徒からよく聞く話。


「今日は実践論がありますよね。対策は?」


「ばっくれます」


「単位は取ってるようですから止めはしないんですけどね」


「もし出席に都合が付くなら今日は付き合ってくれませんか?」


「いいですけど。何処に?」


「鍛冶屋です。剣の発注を頼んでいまして」


「剣」


 カオスの得手だ。


「以前にクエストでミスリルを採取したでしょう。アレはこっちにもメリット在って注文に託けたモノなんですよ。だからまぁどうにも打ち終えたらしく」


「魔術よりそっちが得意ってのもなんだかぁ」


「そうですね」


 可憐にカオスは笑んだ。


「では付き合いましょう。デートでよろしいので?」


「構いませんよ。アリス様に付き添って貰えるなら幸福ですから」


「ではその通りに」


 そんなわけでアリスはカオスと街に出た。時間的に数時間後。学院の講義はどこかで行なわれているが無断で欠席したのも何時もの事。朝食は寮の食堂でとり午前中は街をブラブラ。


「にしても剣って」


「一応武力も相応ですよ。魔術が全能ならそうでもないんでしょうけど」


「たしかに威力的ではあるよね」


 おかげで手加減も必要なのが魔術だ。実際にアリスがオメガ級など使えばガチで文明社会が一時停止させることも出来る。


 街並みは極平凡。学院都市内部の列車でも一般的に人間が多くそぞろだった。


「鍛冶には水が必要なので河の近くに居を構えているんですよ」


 とはカオスの知識。


 で、そんな鍛冶屋の一つに立つ。


「ここで?」


「懇意にしております」


 表向きは武器屋だ。裏手に工房があるらしく、この武器屋は鍛冶職人のおろしたてを売っているとのこと。


「ふーん?」


 アリスにはあまりよく知らない事実だ。店内の商品をしげしげと見る。


「あ、マクスウェルさん」


 と店員がカオスを呼んだ。


「どうも。剣が出来たと」


「受け取りですね。承っております」


 奥の倉庫から店員が剣を持ってきた。鞘は別途らしい。


「ふむ」


 その真っ直ぐな剣身を見て光にかざす。


「重さの偏移もありませんね。さすが親方」


「そう言ってくださるとコッチとしても一安心です」


「鞘を見繕ってくれますか?」


「ええ。此方で」


 とあっさり店員は差し出した。そう云われることを把握していたのだろう。そつなく接客をこなす様はとても好感触だ。


「ふむ」


 そんなカオスと店員を横に、アリスは店内の剣を見つめて、時折手に取り、振ってみせる。カオスほど飛び抜けてはいないが彼も彼女と剣の訓練をする程度には修めている。


「あー、あと」


 タイミングを計っていたのだろう。店員がカオスを呼び止める。


「何か?」


「こちらの剣なんですけど」


 店員は一本の剣を見せた。造りはさっきカオスが受け取ったモノと同じ構造だ。金属の色合いも似通っている。


「ミスリルの剣ですか?」


「ええ」


 サラリと品定めしたカオスに、店員も頷く。


「マクスウェルさんから受け取ったミスリルがクエストより多かったので余った分で打ったと親方が」


「はあ」


 で、何か?


「斬魔術式の実験作らしく、ヒマが在ったら振ってくれと親方から」


「斬魔術式……」


「何ソレ?」


 店内を眺めていたアリスが、ここで会話に加わる。


「要するに魔術を切るための機能ですね」


 注文の品を鞘に収めて腰に帯剣。そして先の斬魔の剣を手に取る。


「え? ミスリル製なら出来るでしょ?」


 スピリットを霧散させ非伝導するのが魔鉱物ミスリルだ。この金属で打つと大抵の作品は抗魔の特性を持つ。もちろん値段も跳ね上がるが、魔族を相手にする場合は有用なので傭兵や騎士にはうってつけの性能とも言える。


「そうなんですけど。ミスリルの特性とは別に、魔剣の術式に斬魔を組み込んだのでしょう」


「一応ミスリルだから出来たこと……とは親方が」


 つまり剣の特性とミスリルの特性を兼ね合わせて魔術を非伝導させるのではなく、そのスピリットごと切ってしまうという形而上の性能を備えた魔剣だ。


「何故そんなことを?」


 アリスが首を傾げる。そもそもミスリルの性能があれば要らない話だ。


「だから先にも申したように実験作です。仮にこの技術が極まればミスリルじゃ無くても抗魔術の装備を造れるかもしれません。そうした場合ミスリル製の装備を買えない傭兵でもそこそこ魔族に立ち向かうことも出来るかと」


「それで実験作……」


 不安げに剣が光った。


「とは言っても二本の剣を操るのはどうにも」


 もちろんカオスなら出来る。単に気が乗らないだけで。質の違う二つの剣を交代交代に使うと剣が手に馴染むのが遅くなるのも一種不安としてはあって、無理にとは店員も言い難い。だからオマケ程度に考えたのだろう。


「そうですか」


 剣の扱いに関しては剣士と同じくらい聡いのも武器屋の店員だ。カオスの拒絶も十分に分かったことだった。


「他の人ではいけないので?」


 アリスが問う。


「もちろんそれでもいいんですよ。材料が余ったから造ったモノですし。マクスウェルさんにならタダで進呈しますけど、他の方の場合は相応に値段を頂くだけで。ただ高速で発動する魔術に刃先を重ねられる傭兵というと真っ先にマクスウェルさんが候補に挙がるんですよ。他と言ったらもうマスタークラスやソレに準じる傭兵や騎士ですね」


「カオス嬢ってもしかして凄い?」


「昔取った杵柄ですよ」


「若い身空でソレを言う……」


 ジト目。ジト目~。


「ではアリス様が扱えば?」


「え? 吾輩?」


「魔術に剣を合わせるくらい出来るでしょう」


「出来るのですか?」


 カオスが呈示して、店員がアリスを値踏みした。


「いや。可不可なら可だけどお金無いし」


「私が受け取って融通すれば良いのでは」


「店員さんはソレで良いので?」


「大切に扱ってくれるなら構いませんよ」


「うーん」


「出来れば今ある剣の調子も試したいですし」


「実験台になれと」


「学院で私と剣を合わせられる人はそんなに居ないんで」


「はあ」


「ではどうぞ」


 店員がアリスに斬魔の剣を手渡す。


「銘は?」


「ダークリッパーと申します」


「ダークリッパーね」


 チャキッと剣を手に取る。ミスリルの金光りが輝いた。


「良い剣……なのかなぁ?」


「ここの親方は良い仕事しますよ」


「というか剣なんて父様とカオスから教えられただけだしなぁ」


「才能在りますよ」


「昔取った杵柄で」


「え?」


「何?」


 ちょっと意外そうなカオスの言に、アリスは怪訝を向けた。


「火焔魔王グランギニョルは剣なんて使ってないと伝承では……」


「あー。まぁね。別に自慢できる事でも無いし」


「持っていたんですか?」


「と言えるのかどうなのか」


「魔王の剣……」


「いや剣ではあるんだけど剣じゃ無いというか」


「禅問答?」


「ゴメン。忘れて。何でも無い」


「ふぅん?」


 思索するようにカオスは考え込んだ。火焔魔王の抱える魔剣。勇者相手にも使ったことは無かったので、たしかに伝承にも残っていないだろう。


「じゃあ後で試しをしますか」


「試し合いと書いて試合ですね」


 フニフニとアリスが微笑んだ。


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