第48話:火焔魔王のお仕事10
魔物が吠える。理不尽が襲う。悲鳴が聞こえる。流血が赤く染まる。
「えーと」
星に刻まれた亀裂。星の傷では普遍的に魔物が湧いていた。もちろん聞いてはいたし、想像もしたが、なんにせよ物騒極まりないのは人間として危機感も煽られるというもので。
「KIA――!」
魔物化した鳥類が上空を飛び、地表には魔犬や魔猪や魔猿の類が湧いている。なお厄介なことに、それがまだ星の傷の入り口での事で。実際の亀裂が走る峡谷の其処は、魔界とはまた別の意味で異界に相当する。
「とりあえず」
痛むこめかみを押さえつつ、アリスはピッと空虚を指差した。
「狙撃・火焔。ツヴァイ。ドライ」
狙撃呪文を連続掃射。空飛ぶ魔鳥を堕としてのける。
「ここら辺の精度はさすがの一言ですね」
手にした剣を構えつつカオスが述べる。
「地上はどうするの?」
「ピアとクラリスが先手です」
クンと風切るカオスの剣。そこを通り越してピアとクラリスの呪文が飛んだ。
「大体・落天・蒼炎浄」
「大体・爆裂・風暴嵐」
風呂敷のように広がった蒼炎が魔物を灼き、炸裂した暴風が魔物を吹き飛ばす。
「KIA――ッ!」
「GYE――ッ!」
「SHI――ッ!」
地上悉く焼かれ吹っ飛ばされる。
「傭兵らの安全律は?」
「大丈夫でしょう。あまり見えませんし」
「少ないながらいるって事だよね?」
「魔術の友弾程度ならなんとかしますよ。ていうか出来なかったらそもそもこんな高位クエスト受けられませんし」
サラッと言っている気もするが、その内容は破格だ。
「とはいえアリス様の魔術だと死人がでますけど」
「ですよねー」
そこは彼も同意だった。じゃあどうするかというと。
「じゃ、参りますか」
「え」
「何かご不満でも?」
「カオスが突っ込むの?」
「魔術は得手では無いので」
剣一本で魔物の群れに突っ込むらしい。
「魔界でもそうしていたでしょう?」
「そうだけど……」
悩みつつ、余計な心配かとも思える。
「まぁここで死ぬくらいなら既に魔界で二十回は死んでいますので。大丈夫ですよ」
「じゃあ吾輩も突っ込むよ」
「ついでに某も!」
ビシッとミカエリが見栄を切る。
「大羅・圧縮・崩化」
「大羅・影装・虚無」
アリスが圧縮呪文を唱える。火の亜属性。崩化だ。それもギガラ級。
ミカエリは影装。白の装甲を纏う。こっちもギガラ級。
「ではいざ!」
先にカオスが突っ込んだ。その威力如何ほどか。振るう剣がそのまま魔物を容易く斬殺する。
「うわーお」
両手のエネルギーを維持しつつ、カオスの能力を観察。本当に異常だ。それこそ魔王にも劣らない。本当に何者なのか考えもする。
「じゃ行きますよアリス!」
「ええ。後れは取りませんよ」
ミカエリの発破を受けて、アリスも突っ込む。
崩化。
急激に酸化を促して物質を崩壊させる属性だ。もちろん古典魔術。
火の亜属性なのでアリスにも使える。そしてアリスには通じない。
「GYY――ッ!」
「GAA――ッ!」
アリスの掌底を受けた魔物が悉く滅び去っていく。
「何その魔術!?」
「言ってる場合ですか」
さらに酸化反応が加速した。
「覇ぁっ!」
ミカエリの影装もまた暴威だ。威力そのものが四の二乗倍になっており、ただ腕を振るうだけで威力がそのまま魔物を蹴散らす。
「にしても湧いて出ますね」
「ですねー」
ミカエリとアリスが暴風のように暴れているところに、
「疾!」
カオスの剣撃も振るわれる。魔犬が断ち斬られ、魔猪が両断され、魔猿が四肢を千切られる。
「魔術より剣が得意なので」
「まあ」
「何故学院に?」
「ピアの牽制もありますね」
「あー……」
元々カオスとクラリスはそこに一念を持っていた。
「あと技術を取り入れるのも寛容ですので」
「技術」
「アリス様の古典魔術とか」
「然程でも無いですよ?」
「それを崩化を使っていながら言いますか」
「そんなでもないんだけどなぁ」
また魔物を討ち滅ぼす。
「狙撃・光輝砲。ツヴァイ。ドライ」
「奔流・氷結晶。ツヴァイ。ドライ」
そして光と氷の魔術が補填するように魔物を襲う。ピアとクラリスの術だ。
「あっちもなんだかなぁ」
「頼もしいです」
「そうは言うけどさ」
アリスは更に圧縮呪文を唱えた。
「弑ッ!」
真正面から襲いかかってきた魔猪を前面で受け止めて崩壊させる。崩化の本領だ。
「悪魔的ですね」
「否定はしない」
実際やっちゃってる感はあった。
「ていうかその剣は如何な銘?」
「別に何でも無い剣なんだけど」
「それで魔物の群れを無双するの?」
「何時もの事かと」
カオスの何時ものがアリスにはよく分からない。
「ていうか危ねえだろうが!」
「仕事取るな!」
「ガキがこんな所にいるんじゃねえ!」
「死にたいのかテメェら!」
他の間引きクエストを受けたであろう傭兵らからも声が届く。
「とのことですが?」
「大丈夫。クエストの達成は自己申告だけど嘘や誇張を見破るシステムがあるから」
つまり正式にクエストを達成して自己申告しないと報酬が貰えないと言うことだ。
「いいのかなぁ」
「別に花を持たせる事も無いのでは?」
「それはそうなんだけどね」
「はーっはっはっは! 春は桜木! 夜は月! この世に用い、人の業!」
ミカエリもエンジンが掛かってきたらしい。
「大羅・爆裂・虚無」
「ぐわ~!」
「くけ~!」
「どお~!」
魔物もろとも傭兵を吹っ飛ばす。
「アレは?」
「死んでないので在りかと」
「こう言うときは妖精が良いんだけど」
パチンとアリスはフィンガースナップを鳴らす。崩化の圧縮呪文が霧散する。
「マルチロック」
そしてスピリットが場を支配する。
「大羅・妖精・灼火焔」
火球が無数に生まれ、それらがアリスの意識で行なわれたマルチロックに従って無数の魔物に襲いかかる。爆発。轟音。衝撃。暴風。悉く荒れ狂って、焼け野原が現われた。
「あー」
「さすが」
「でよでよ」
唖然とするかしまし娘。
「ソレでこそ魔王」
ミカエリはどこか嬉しそうだ。
「大丈夫で?」
「私は問題レス」
殲滅された魔物の虚空を見やりカオスが声を発する。
「いきなり問題が飛びましたね」
「申し訳ない」
「責めてはいませんけど」
実際に助かった感はある。
「あとは渓谷の底?」
「いえ。そこまでは。クエスト外です」
「間引きしなくて良いの?」
「するクエストもありますけど。アリス様のお仕事としては此処までですよ」
「カオスはそれで?」
「ええ。金銭授受は発生するので」
自己申告もこの際虚偽では無いだろう。
「他の傭兵はまだ潜るでしょうけどね」
「渓谷に?」
「ええ」
コックリ頷く。実際に星の傷の底に魔物討伐に向かう上位傭兵は多い。そのまま死ぬ人間も居れば武譚を語る者まで様々だ。実際にそんな傭兵の活躍で安寧を得ているのも事実で。
「じゃあ後はお任せ?」
「元々獣の数が揃わないと魔物も生まれせんしね」
「ピア……」
「アレの影響も無いとは言いませんが」
中々に厄介だ。
「何か……だよ?」
「何でもございません」
アリスはイヤンと手の平を見せる。
「言いたいことは分かるけどピアだって望んでないよ」
「何も言ってないでしょう」
認識の改めはあっても。
「あとスピリットの練り方教えてでよ」
「何の?」
「妖精」
「難しいですよ」
水鉄私式ではちょっとどうにもだ。元々魔に長けた物しか使えない。
「ていうか魔王が魔物退治のお仕事して良いので?」
「それも命題ですよね~」
彼も嘆息せざるを得なかった。




