第41話:火焔魔王のお仕事03
「さて、そうなると」
大きな栗の木の下。魔界エリアでも自然に恵まれた土地。
「KYY――!」
「KYY――!」
「KYY――!」
そして魔猿たちが一本樹の枝葉に場を差していた。
「魔猿……」
アリスがうんざりと塗り替えられた景色を見やる。魔界でも巨木が生えることは多い。実際に此処でもまだ穏当な方だ。それこそ『動くシャーウッドの森』と呼ばれる群生地も存在するのだから。
「さて。では行くでござるか」
「なんだな」
「だお」
「魔猿と戦う気で?」
「というか魔猿の毛皮は売れるので」
「魔物」
「でござるな」
「にしても数的にどうなんでしょ?」
相手は二十を超える。ソレらが巨大な傘となっている一本樹の枝からコッチを見下ろしているのだ。
「KYY――!」
「やれますか?」
「そこそこだお」
「ですかー」
彼としても死ぬ気は無いが、状況的に不利も否めない。
「焼いたらマズいですか?」
「いや。生き残るのが先かと」
「となると」
しばし考えて、呪文を構築する。
「大体・影装・蒼炎浄」
火の上級属性。それを影装で括った。全身に甲冑のように疑似マテリアルが纏わり付く。それは蒼い炎をそのまま物質化したような蒼穹にも似た装甲だった。
「ふむ」
その変身を自ら認めて手を握って開く。火焔ライダーが其処には居た。
「それが」
「影装」
「だお」
「ええ。まぁ」
唖然とする先輩らにアリスは片手を上げた。
「「「KYY――!」」」
警戒の鳴き声を鳴らす魔猿。
「じゃあやりますか」
カシャンと装甲が鳴る。
吠えて襲いかかる魔猿にアリスは蒼炎浄の装甲で打撃を打ち焼き払った。圧縮呪文にも似た効果だが、その領域は全身に巡る。どちらかと云えば上位互換だ。
「――――――――」
魔猿が襲いかかる悉くをアリスは焼いてみせた。その打ち棄てられた死体をニッチモらが検分する。
「大丈夫で?」
アリスの困惑も当然だが、
「まぁ焼かれると流石に」
向こうも同じだけ評じる。
「そーすると」
自分は足を引っ張っているのではないか。そう思ったアリスの頭上に、
「はーっはっはっは!」
何処かで聞いた哄笑が響き渡る。
「こ、この声は!」
さすがに魔界で聞くとは思わなかったらしい。
「憂い変じてここに在り! この星の愛! 那辺に光り! 全ては君の希望にて!」
七五調がちょっと懐かしい。大きな栗の木の枝葉に、見下ろすように彼女は立っていた。
「…………ミカエリ」
「ようともアリストテレス! 息災ですか?」
「魔物に襲われています」
「某は貴殿を移ろいに来た!」
「ていうかよく魔界に来られましたね」
「色々と無茶はしましたけど!」
一般人は潜入も難しい。
「で! 困っていると!」
「というか自分の心配をした方が」
魔猿はミカエリにも容赦なく襲いかかった。
「大丈夫で?」
「大丈武威!」
狂奔がそのまま呪文に変わる。
「大羅・落天・虚無!」
雨のように降る規準エネルギーが魔猿を圧縮した。その一部が崩れ落ち、地面に押し潰される。ギガラ級はここではかなり有用だ。
「「「「「KYY――!」」」」」
呻く魔猿。だがソレより早くミカエリが呪文を唱える。
「大羅・斬撃・虚無」
斬撃が魔猿たちを襲った。ズバンッと切り裂かれる。
「KYY――!」
相手取るのがマズいと察したか。他の魔猿はアリスたちを狙う。だがアリスは既に影装を纏っている。その蒼い灼熱の装甲はそれだけで不敵だ。
「うーん。無念」
魔猿たちを悉く焼き尽くす。
「そっちは大丈夫ですか?」
「それなりでござる」
「それなりなんだな」
「それなりだお」
先輩らも頼もしい言葉を返す。
「で、ミカエリは何故此処に?」
「何となく!」
「それで顔を合わせるのもなんだかなぁ」
嘆息の一つもソレはする。
「魔王を討ち滅ぼすのも信仰には必要で」
「だからって今を狙わなくても」
「ガチで信者増えないんですよ!」
「其処は吾輩の関係かなぁ?」
もちろん違う。
「なわけで死んでください」
「その場合、星乙女が敵に回るんだけど」
「うーむ」
彼女でも悩むことはあるらしい。
「で、大丈夫なの?」
「どうでしょう」
「いいんですけどね」
アリスは影装で魔猿を焼き払う。
「大体・爆裂・虚無」
ミカエリの爆裂が辺りを震撼させる。
「ていうか魔界は来ているので?」
「あまり」
「あの……。魔界はシャレになっていないんですけど……」
「信仰心があれば心丈夫」
「そんな問題かな……」
「です」
コクコクとミカエリが頷く。
「とかくアリスを示威せねば」
「普通に迷惑なんですけど」
「魔王にとってはそうでしょうね」
「あと魔神にとって」
「魔神?」
「あーっと」
ピアのことを言うわけにはいかない。けれども確かにその辺りの塩梅は彼の思惑の乗るところでもあり。ストレリチア陛下にも言い含められている。もちろん本心としてアリスがピアを思っているのも前提にはあるのだが。
「で、何か?」
「後で御飯を奢ってあげます」
「本当に?」
「ここで活躍した分には」
「嘘だったら怒りますよ!」
「安いなぁ」
餓死寸前のミカエリは御飯に弱かった。
「じゃあ何を食べましょう?」
「天ぷら!」
「構いませんけどね」
そんなことを言ってる後に、魔猿が襲いかかる。
「覇ッ!」
「大体・斬撃・虚無」
アリスの影装と、ミカエリの斬撃がそんな魔猿を逆に襲う。
「となると魔物も厄介ですね」
「もともと生物の一種でござるな」
「マテリアルなんだな」
「だから物質的に肯定だお」
カラカラと笑う先輩一同。
「こちらは?」
「魔界探索サークルのメンバーです」
ミカエリの疑念にアリスが答える。
「にゃー」
「なわけで此処では魔界について考えて」
「魔族を滅ぼす?」
「出来ればいいんでござるがな」
「まぁ無理筋なんだな」
「無茶だお」
中々アグレッシブな彼らだった。
「ていうか傭兵でも無いのに?」
「そこはそこそこ」
「一応認可は」
「貰ってるだお」
「そーなんですねー」
ミカエリとしても納得に苦慮する。
「で、アリスとは?」
「後輩でござる」
「それも一意な」
「認識肯定だお」
「うーむ」
ミカエリはその言葉に困惑を返した。魔族としての彼の在り方に根本的な疑念が存在するのは当然として、そうである以上暫定魔王の首を欲するのも霊長教会として自然だ。
「そんなに首級が欲しいんですか?」
「だって信者増えないし」
「それはコンサルタントの問題では?」
「そうなんだけど」
認めはするらしい。だからなんだという話で。
「じゃあアリスは何? 何を以て人間と共存してるの?」
「愛故に?」
他に述べようも無かった。実際その通りなのだから。




