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第39話:火焔魔王のお仕事01


「にゃーごろー」


 珍しく一人でアリスはいた。講義終わりの麗らかな午後。赤髪を揺らす風を心地よく感じ、それから今日の定食を頂く。どちらかと云えば庶民的な食堂の方が彼の肌には合っていた。クラリスなどはちょっとしたところに連れて行ってくれるのだが、経験則で一般に合致する方が彼の舌には合っている。で、食後の茶を飲みつつ今日の甘味について頭を悩ませていると、


「おや」


 カオスを見かけた。通りのちょっとした。


 カオス=マクスウェル。


 腰には剣を差している。そのまま賑わいの方面へと歩き去っていく。人混みに紛れて消える。


「うーん?」


 声を掛ける暇もなかった。ただ何処に行くのか。気になって追いかける。食堂で会計を済ませた分だけ出遅れたが。


「いつもならここでミカエリが来るんですけど」


 今日はちょっかいを掛けるつもりもないらしい。最近はちょっとしたイベントと言えるほどに構われていた。人混みをかき分けて、おそらくカオスが向かっただろう方向へと歩みを進める。だいたい学院都市の中央方面。その大きな屋敷に彼女は入っていった。カオスの背中を見つけてそっちに向かうアリスは、その看板を見上げる。


「傭兵ギルド……」


 星乙女が入るには物騒な場所だった。


「えーと」


「何かご依頼でも?」


 彼が訝しんでいると、声を掛けられた。若い青年だ。静かな笑みを浮かべた好青年だった。


「にゃ?」


「これは失礼をば。私はギルドで受付をしている者で」


「あー」


「ギルドをご利用ですか?」


「どんなところなので?」


「それはもう下水掃除から魔界探索まで承っておりますよ」


 相応の金銭さえ払えば、と。


「それとも加盟ですか?」


「加盟できるので?」


「実力さえ伴えば」


 たしかにアリスは実力を持っている。魔界探索も出来るだろう。


「いえ。その。知り合いが入っていったので」


「ああ、それで興味を」


「はい」


「ではお入りください。なにも入館だけで料金をとったりしませんよ」


「ええ。では」


 受付の青年に促されて、アリスはギルドに入った。


 辺りは雑然としていた。昼間からアルコールの匂いが漂って、そこそこに飲酒の人間が居る。どうにも酒場も兼任しているようで乾杯している人間も見られた。後は受付で働くサラリーマンと、彼らと対話するおよそ傭兵だろう人々。この場では少数だが、それでも列の途切れない入り口の人間はおそらくクエスト依頼者。


「えーと」


 壁には紙が貼られてあり、クエストでも普遍的なものが並んでいる。


「お父様もこんな感じだったのでしょうか?」


 傭兵だと聞いている。その意味までは知らずとも。


「おいガキ。ギルドに用か?」


 アルコールに顔を赤く染めた傭兵の一人が難癖を付けてくる。さっきからあまり気付かれていないが、火焔魔王グランギニョルについては知っているはずだった。つまりまだ顔が売れていないのか……あるいはそもそも興味も持たれていないのか。


「依頼ならパパとママに頼め。ここはテメェが来る処じゃねえぞ」


「それは失礼」


 別にケンカを売るつもりも無い。依頼要求の列にはカオスは居なかった。


「うーん」


 そしてクエスト受注の列に視線を振る。


「なんだ? 傭兵になりたいのか?」


 絡んできた傭兵は彼の視線をそう悟る。


「お前なんかじゃ即死だぞ」


「ですかー」


 異論はあっても反論は無い。


 ――じゃあカオスは?


 そう呟いてみる。誰にも聞かせる気は無かった。


「なんなら叩き出してやろうかっ」


「そんなことが可能で?」


「出来ねぇとでも思ってるのか?」


「いや。突発的な暴力は法としてどうなんです」


「ガキが!」


 皮肉気な正論が気にくわなかったらしい。傭兵が拳を振りかぶる。


「うーむ」


 その振り下ろされようとした拳を彼は見つめる。


 ――どう対処したものか。


 ここで正当防衛は成立するのかも怪しい。というか身バレすると彼の方が不利だろう。


「――ッ」


「そこまでです」


 拳が引き絞られたところで、冷静な声がアリスと傭兵に届いた。剣先がいつの間にか傭兵の喉に差し向けられており、そこから後追いの形で彼女の気配が追いつく。アリスですら認識するのに間一髪要した。


「カオス=マクスウェル!」


 傭兵が戦慄とともに名を発す。


「お知り合いで?」


 アリスは平然と尋ねた。


「いえ。さあ」


 カオスも知り合いでは無いらしい。


「でも名は知られていますので」


 腰に差した鞘に剣を収める。


「で、アリス様は何故此処に?」


「カオスを見かけたから」


「あー」


 納得のような。そうでないような。


「学院に戻ってください」


「カオスは?」


「ちょっと仕事を」


「大丈夫なの?」


「私の場合は心配レスです」


「ふぅん?」


 それを強がりとはとらない彼で。


「てめぇ! マクスウェル! 調子に乗るなよ!」


 制された傭兵が散ったプライドを拾って組み立てる。


「ではやりますか?」


 カオスの方も視線に殺気が乗っている。


「上等だ!」


「えーと。何のイベント?」


「傭兵にはよくあることです」


「何でソレをカオスが知ってるの?」


「そこそこお世話になってますので」


 そんなわけでこんなわけ。


 ちょっとした景気づけのイベントになった。もともと決闘用のスペースも存在するが、立っていた位置から穏便に入り口を出た大通りで一騎打ちに相成る。


「カオス……」「マクスウェル……」「相手は誰だ?」「あー。知らん」


 そんな道行く人の喧噪が聞こえる。


「さて。ではよろしいですか?」


「無論だ」


 剣を抜いて中段に構えるカオスと、斧を大上段に構える傭兵。


「ふーん」


 その制圏を読んでアリスはほぼ納得した。


 こと魔術は苦手でも剣に関してはかなり飛び抜けている。それこそピアとクラリスも総合的には戦力で劣っていないとカオスに太鼓判を押している。つまりただ剣に於いては彼女は超の付く技量だ。


「行くぞ!」


 大きな斧が真っ直ぐ振り下ろされる。それこそ大上段から一撃。


「…………」


 無言でカオスは躱した。身を半分回転させて。道のタイルが爆ぜ割れる。おそらく魔物すらも切り伏せる一撃なのだろう。当たらなければ意味は無いが。同時に疾剣。カオスの剣が傭兵の眉を切る。ピッと血が飛び、流血。


「――――――――ッ!」


 そのまま間合いが広がる。


「で、やるんですよね?」


 血の付いていない剣を構えてカオスが問うた。傭兵は眉から血を流して、片目が塞がれている。ここまでなら穏便だ。


「この程度で参ると思ったか!」


「いや。カオスがその気になったら首飛んでるんですけど」


 ボソリとアリスが呟いた。


「あ?」


 そして聞き咎める傭兵。


「何て言ったテメェ?」


「既に死んでいると」


 容赦ないアリスの申し出。


「そうですね」


 カオスも追従した。実際に眉を浅く斬れるなら、そのまま肩でも首でも斬ればいい。肺でも心臓でも突けば良いのだ。


「だったらお前を殺して証明してやるよ!」


 傭兵は負けを認める気も無いようだった。憤怒のまま、ギルドの入り口に立つアリスへ襲いかかる。


「ちょっと~」


 さすがに相手を間違えてる……とは思っても忠告して止まるプライドでもないだろう。アリスが嘆息して迎え撃とうとしたところで、


「こっちの人材に手を出すんじゃねーよ」


 また聞き覚えのある別の声が響いた。今度は剣が斧を打ち払った。アリスではなく、カオスでもない。だがその顔は彼の知っているモノだ。


「これは部長」


「どうもだな。何してんだこんなとこで?」


 魔界探索部部長。カドセン=ブルーハワードだ。


「えーと、午後麗らかなる喫茶?」


「にしては物騒だな」


「色々ございまして」


「で、コイツは何だ?」


「世の中の膿?」


「誰がだ!」


「実際そうでしょう」


 カオスも既に笑っていなかった。


「決闘とは別の対象を狙う。ルール違反ですよ?」


「そうなので?」


「というか傭兵が一般人を傷つけるのは大義がないとできんのだな」


 カドセンが頷いた。既に周りには人だかり。弁解の余地も全く無かった。


「拘留」


「ちょ! ま!」


 カオスが指令を下し、ギルドが則る。ドナドナと傭兵は憲兵に連れて行かれた。


「それでカオスは何故此処に?」


 結局アリスの疑念は其処に端を発するのだ。というか何故傭兵に襲われているのかも彼にはよく分かっていないが。


「別に意味は無いんですけど」


「無いんだ」


「アルバイトくらいは誰でもしますよ」


「傭兵稼業で?」


「学院も認めていますし」


 そこは確かに相違なかった。カドセンもそうであるから尚のこと説得力として。


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