第38話:火焔魔王と正義言語10
「春のポカポカですね~」
「だね~」
魔術学院の都市方面。講義終わりにアリスとピアは其処に居た。正確には博物館の庭だ。芝生が植えられており、そこでレジャーシートが敷かれている。アリスは大の字で寝そべっていた。ポカポカ陽気はそれだけで魔王を伏しせしめる。というか電体の意味で星とはまた別に太陽も火属性なのだが。
「プリンも美味しい」
「甘味好きだねピアは」
「魔神ですので」
その理屈もどうだろう。形而上で彼はツッコんだ。
「ちなみに師匠も好きですよ」
「吾輩も好きですよ」
「えへぁ」
その言葉に蕩ける乙女。
「で、今日は何故此処に~?」
「ええと。勇者について調べたくて」
「勇者」
たしかに博物館なら資料が揃っている。学院の人類史の歴史でもちょくちょく出る話題だ。勇者。四大魔王を下した英雄。ちなみにアリストテレス=アスターこと火焔魔王グランギニョルは敗北を喫し……ついで転生している。
「思うところが?」
「ええ。まぁ」
「逢いたいとか?」
「それはちょっと」
「ですよね」
「天敵だしね」
「私は救ったのに」
「勇者ってどうも人類のセーフティなんでしょう?」
「まぁそうですね」
マススピリット。人類の総意思の決算だ。
魔族を成り立たせるマスソフィアとは近似する観念でもある。
「魔王と勇者…………ね」
「師匠の敵ならピアの敵だよ」
「そこは勇者に味方した方が良いのでは?」
「人類嫌いだし」
「でしたね」
クスリとアリスは苦笑する。
「何かと業が深いですね」
「にはは。魔神だしね~」
ピアも笑った。
「で、師匠は魔術を教えては?」
「比翼のスピリット変質はもう出来るでしょう?」
「ううむ」
「難しいですか?」
「飛べる気がしない」
「其処からですか」
アリスにいわせれば魔術で空を飛ぶのはかなり原始的な欲求なのだが。
「元々スピリットの変質は人によって得手不得手がありますしね」
現代魔術に精通すると古典魔術が通じなかったりする。
「師匠は何で普通に出来るので?」
「もともと比翼は火属性と親和性が高いんですよ」
というかスピリット寄りだ。
「火焔魔王としてはそれこそ覚えるのに苦も要らず」
「さすが師匠」
「ピア嬢もすぐに出来ますよ」
「うーむ。スピリットの適合が」
そんな感じで時が進む。
「にしてもポカポカですね」
「来てよかったでしょう」
「さすがのピア嬢」
「にはは。ピアとしても師匠をもてなせてよかったです」
しばらくそんな風に春を過ごしていると、
「はーっはっはっは!」
「大体・爆裂・火焔」
メガノ級の爆発音が何処かに響いた。
「ちょ」
「大丈夫ですよ」
「何が?」
「どうせ死にませんし」
たしかにそうなのだが。
「いきなり何をするんですか?」
「ほら。ね」
「ほらて」
当たり前のように生きているミカエリもそうだが、遠慮無く魔術を行使するピアも大概だった。春風に白金色の髪が揺れる。パウダーフィールド陛下の御令嬢として鮮やか髪の色はそれだけでかなり高貴と言える。
「先はどうもありがとう」
そしてメガノ級の爆裂にも屈しないミカエリがアリスの手を握った。握手。
「何かしましたか?」
「お蕎麦が美味しかったです」
「あー」
そこら辺は何となく。
「でも某たちは殺し合う運命なのです」
「死なないでしょ?」
「…………えーと」
そこでツッコまれるとミカエリとしてもどう対処したものか。
「兎に角!」
「とかく?」
「貴方を弑して私は霊長教会に参じる!」
「頑張れ」
「ハートが無い!」
元よりアリスには込め様も無かった。
「大体・奔流・火焔」
ゴオオと炎の濁流がミカエリを呑み込む。
「何をするので?」
その炎が収まった後、ニュッと雨後の竹の子のように生え出る彼女。本当にメガノ級の炎に何とも思わないのはそれだけでかなりの剛の者だ。
「うーん。死なない」
「色々とございまして」
「じゃあ殺りますか」
「可能とお考えで?」
「師匠の安全率を確保するためなら」
「魔王ですよ?」
「ピアよりはマシだよ」
――いや。そんなこともないんですけどね。
心中ツッコむアリス。単純に人類へのアナフィラキシーショックとして現われる魔族はいわゆる人に対するアレルギーだ。厄介さではあまりに雄弁。そのはた迷惑さは枚挙に暇がない。
「魔神もそうでしょう」
「ですかねー?」
ピアの自己卑下にアリスが首を傾げる。
「なので滅します」
「いやソレは」
ピアがどうのより人徳の問題だ。まぁ仮にメガノ級でもミカエリは殺せないのだろうが。それを分かっているためか。
「大羅――」
あっさりとピアはギガラ級を唱える。メガノ級の四倍……通常魔術の十六倍の威力だ。破格といって差し支えない。
「――・落天・蒼炎浄」
「大体・圧縮・虚無」
それをミカエリはメガノ級で処した。圧縮のエネルギーが一部の炎の落天を吹き散らす。
「覇ぁ!」
その奔流が大気を叩いて震源を深く察知させる。
「いくぞ魔王の弟子!」
「応とも」
アリスが頭を抱えた。
「「大羅・圧縮――」」
同時に呪文を構築するピアとミカエリ。
「――・火焔」
「――・虚無」
濁流するエネルギーが高みに達する。圧縮された熱量がそのまま暴発した。それも人知の及ばない範囲で。ミシィとピアとミカエリの踏んだ地面がひび割れ、圧縮呪文が猛り狂う。
「雄雄雄ッ!」
「弑威威ッ!」
あまりに恐怖を煽る炸裂音が周囲を揺るがし振るわせる。
余波だけで博物館の庭を破壊し、その樹木を折る。
「あのね。二人とも」
場を収めようとするアリスはともあれ。
「雄雄雄ッ!」
「弑威威ッ!」
ピアとミカエリは止まらなかった。
ズバン! ズドン! ガドン!
およそオノマトペとして不穏な音だ。
「覇ぁ!」
そしてピアの掌底がミカエリを捉える。炸裂が鳴り響き、吹っ飛ばされるシスター。
「殉教」
すっ惚けるようにアリスが呟く。
「いえ。死にませんし」
「よくもやりますね」
「ほらね」
「いや。そこで当たり前のように立ち上がられると魔王としてもどう反応して良いのか」
「死にませんし」
吹っ飛ばされたまま、埃を払って彼女は生き返る。
「大体・爆裂・火焔」
さらに爆裂呪文がミカエリを襲う。
「ええと」
「大体・奔流・火焔」
「えー」
「大羅・落天・蒼炎浄」
「そこまでやる」
おもむろにドン引きするほどピアは容赦がなかった。そして焦げ付いた焼死体が一つ。
「は……は……は……」
マギバイオリズムの関係だろう。ちょっと息の上がったピア。
「それでも貴方は人間ですか!?」
なのに不条理を叫ぶ不条理を体現したミカエリの不死性。アレだけの熱量を受けながら、それでも無事息災なのははたして人間としてカウントして良い物か。彼にもよく分からなくなってきた。
「で、結局どうやったら死ぬので?」
ギガラ級の熱量で死なない彼女をどう捉えるべきか。哲学だろう。
「うーむ」
「本当に厄介ですね」
「魔王ほどではありません」
「いや。吾輩より余程なんですけど」
その言葉にだけは嘘は無かった。というかこれだけ燃やして死なないと言うことに魔王以上の不条理を覚えずにはいられないわけでもあり……。
「にゃー?」
やっぱりよく分かってなさげなミカエリ。ピアは疲労の嘆息を吐く。さてどうしたものか……アリスも少し頭痛を覚えた。




