第32話:火焔魔王と正義言語04
「で、今日はクラリスと」
「ケタタタタ。たまには良いでよ?」
ゴッドフリートの寵児。魔術の英才だ。
「アンタレス嬢ね」
そうも相成る。
「うきゅー」
で、目的のレストランに向かう最中。生き倒れを見つけた。カソックを着たシスターだ。女性で、綺麗な濡れ羽色。嫌な予感満載だ。
「えーと?」
「あーと」
アリスとクラリスもちょっと何と言って良いか。
「大丈夫で?」
「同情するなら何か食わせて」
たしかにご尤もだ。なわけでそんなわけ。
「アリスっちとデートだったのに」
「失礼をば」
「はぐはぐ! がつがつ! んぐんぐ!」
生き倒れのシスターは予約したレストランで食事を取り、牛飲馬食を示して見せた。どれだけ食っていなかったのか。アリスとクラリスがドン引くレベルだ。
「凄いですね」
とは追い詰められた人の食欲について。すでにパスタを食べ終えて、アリスは食後の茶を飲んでいる。それはクラリスも同じだった。
「フォアグラのソテーとアンチ牛のシチュー!」
そして容易く注文を追加するシスター。
「もぐんぐ! はむはむ! あぐあぐぁ!」
色々と思うところはあるようで。
「それで貴殿は?」
茶を飲みつつアリスが問いかける。
静謐な建築物の中で、どうにもシスターだけ浮いている。高級感漂うレストランなのでそこはしょうがないが、アリスよりもシスターの方が憂き世からは離れていた。そこを指摘する店員でも無いにしても、ちょっと敷居が低くなることを恐れている側面は確かに有って。
「洗礼名はミカエリと申します!」
シスター……暫定ミカエリは生き返った様子で吐息をついた。
「奢ってくれて感謝。ここ一週間、塩と砂糖しか舐めてなかったモノで」
それで今生きているのも凄いが。
「それであなた方は?」
ちょっと遅い気もするが、まぁ必然として名乗りもある。
「アリストテレス=アスター」
「クラリス=ゴッドフリート」
「あのゴッドフリート卿!?」
大げさにミカエリが驚いていた。
「そっちは?」
「単なる学院生」
アリスは両手を挙げた。間違ってはいないが正確でもない。
「あー」
しげしげとミカエリが見つめる。
「どこかで見たような……」
「でしょうね」
二度ほどニアミスしている。
「それでミカエリは使徒なの?」
「使徒です!」
「認可得てる?」
「得てません!」
在る意味清々しい。
「教会は?」
「私ほど信義に厚い使徒も居ないんですけど」
「そーゆー問題かなぁ?」
クネリと首を傾げるアリス。
「ていうか魔術使えるのでよ?」
「使えますね!」
フンスとミカエリがふんぞり返った。
「異端でよ?」
「時代が某に追いついていません」
――ソレもどうよ。
アリスとクラリスは同時にそう思った。
「とにかくご馳走様でした! このご恩は二分半忘れません!」
「かなり短いね」
どうにも清々しい性格らしい。
「虚無が使えるんだよね?」
「それなりに」
「四属性は?」
「不器用なので」
「ていうか何者よ」
「正義の使徒です」
それで済むなら傭兵は要らないわけで。
「あ、デザート頼んで良いですか?」
「構わんでよ」
穏やかにクラリスは勧めた。
「じゃあアップルパイとアイスクリームとフレッシュジュースと……」
彼女に遠慮は無いらしい。
「今の内に食べておかないと次は何時か分かりませんからね!」
正々堂々と言うことでも無い。
レストランの個室にデザートが並ぶ。
「はわぁ」
キラキラとミカエリは目を光らせた。本当に食事が久しぶりらしい。この日和見が今までどうやって暮らしていたのかもアリスには疑問だ。別段飢餓の果てに死なれても線香を立てるほどでもないのだが、それにしても彼女の不幸体質が那辺に立脚しているのかはちょっと興味も出る。
「教会の使徒なんだよね?」
「ええ」
「未認可の」
「……ええ」
世の中は世知辛い。
「でも大丈夫です!」
「何が?」
「今に信者が増えます!」
「はあ」
どうやって、は聞かないことにした。
「なのでそうなってから教会協会がこっちを認可しようとしても遅いって事を突き付けて差し上げます!」
「信者を」
「はい!」
朗らかな笑みだが先行きは暗い。
「なので今は雌伏の時!」
「雄飛は来るのでしょうか?」
やはりアリスは首を傾げた。
「とにかく今は信者を集めるとき。あなた方も信者になりませんか?」
「不信仰なので」
「不信心なので」
「この外道め!」
ビシィとミカエリが指をさす。
「主はいませり!」
「いるんだろうけどさ」
「いるだろうけどでよ」
茶を飲む二人。
「だから我々は此処に居ます。既に世界は聖書で紐解かれ――」
グダグダ。
説法が続いた。
「なわけで神への恩顧こそ我々の使命にして本義だと思う次第!」
「単語の意味分かって使ってる?」
「どうでしょう?」
そこはミカエリも疑問らしい。
「なので私は神の愛を証明する! ついで教会を繁栄させる! 私という教祖にお捻りがいっぱい飛んでくれば……うへへ……」
「かなり俗っぽいね」
アリスの感想が全てを物語っていた。実際に教会は信徒のお布施で成り立っている。あとは王国と帝国の国家予算。宗教が人の業で有る限り、この仕組みは永久に変わらないだろう。
「なので真の教えに帰依なさい!」
「面倒」
「不徳」
あっさりと二人は切り捨てた。
「うーがー!」
「ていうかまず認可されるべきでは?」
「だってぇ」
「何か問題でも?」
「働かずにお金を貰いたいって言ったら……死ねって」
「ケタタタタ。そりゃそう云うでよ」
仕事がないから教会を運営しようは確かによく聞く。だがそんな理由で教会を認可する国家は存在しない。というか審議の談でそんなことをぶっちゃけたのか。
「ううぅ。苦労せずに御飯を食べたいだけなのに」
「よく今まで生きて来られたね」
彼にしてみれば感服もする。どうにも餓死していないことが奇蹟だ。
「ゴッドフリート卿!」
「はいはい」
「政治的策謀を」
「無理」
そもそも貴族としては非認可の教会に出入りも出来ないだろう。
「そんなー。お慈悲を」
「普通に就職なさい」
「でも安全に生きたいですし」
気持ちは分かるアリスだった。
「とはいえ非認可ねぇ」
「信者募集中!」
一般人ならまず認可された教会に行くだろう。その方が確実だし、信頼も厚い。というか認可されていない教会に行ったところで一銭の得にもならなければ、信仰心の面で自分と欺瞞にぶつからなければならなくなるのだ。
「どうすれば解決します?」
「うっちはどうでもいいでよ」
「そこを何とか」
アリスの前で恐ろしい会話が為されていた。非認可の使徒と、国家大貴族の令嬢。混ぜるな危険をまことに表わし申していて。
「アリスっちはどう思うでよ?」
「認可を得るところからかなぁ?」
「でよ」
身も蓋もない現実論が目の前に横たわっていた。
「某も餓死寸前で」
「カソックは良いの?」
「まぁ怒られるだけですし」
それが最もマズいのだが。教会の威光は無視できるというのだから彼女……ミカエリが何者為るや。
「あと、アイス三段重ねとレアチーズケーキを」
そして無遠慮にデザートを重ねて注文する。
「よろしいので?」
「ここで餓死されても寝覚めが悪いし」
アリスのツッコミに妥当な返しをするクラリスだった。
「んー。美味しい」
そして久方ぶりの人間らしい食事にご満悦のミカエリで。




