第31話:火焔魔王と正義言語03
「使徒の魔術師ね」
およそ日の暖かい平日。魔術の講義は在ったが、なんにせよクラシックにはむしろアリスの方が明るい。研究室からも懸案が来るくらいだ。失われた古典魔術の有益性はかなりのものだし、そうでなくても魔術の発展性に温故知新は必然だ。
ハムリとビターショコラをアリスは食べていた。
ちょっと際どい衣装のウェイトレスが横行する男性に流行りの喫茶店。
メイド喫茶だ。
風俗法にかなりギリギリらしく、その点も男性諸氏は感服奉る。魔族の感性を持つアリスがどう思うかはちょっと測れないが、ピアの方がこの店を気に入っていた。
「あ、ケーキお代わり。ついでに紅茶に萌え萌えセット」
存分に楽しんでいるピアだった。
「存分! 糖分! 萌え萌えキュン!」
「どうも!」
何が楽しいかは彼にもよく分からず、けれど値段相応のケーキは美味しかった。
最近はピアやカオスとも一緒に居る。というかいないと面倒事に巻き込まれるためにっちもさっちも。ちなみにこのにっちもさっちもにはピアの事情もある。
何のことかと言えば
「――――――――」
殆ど暴走にも近い横暴が現われた。
「はー。さすがピア嬢」
「嬉しくないんだよソレ」
にははー、と笑う。ちょっと異文化寄りの店内。そこで魔族が発生したのだ。殊に文明の何処にでも湧くのでそれなりに脅威ではある。スピリットの具現化が魔族なので、どうにもスピリットの相としてはかなり不確定だ。
「もちろん件ので?」
「かもねー」
人類の自己破滅。ピアはその象徴だ。いるだけで迷惑なのはアリス以上に厄介と相成る。
「――――――――」
爪をギラつかせて周囲を威嚇する魔族。さほど強いタイプじゃない。ランクこそ無いが、およそ魔術師がどうにか出来るレベル。それこそ一節呪文でも敵うだろう。白亜の色をした全身はのっぺりと光沢が間広に伸びている。純粋に生物から乖離している装丁だが、魔族に関して常識は通用しない。
「成敗されるがさだめなれば……か」
「師匠がやるんだよ?」
「忍びないしね」
そんなことを言っていると、破裂の音がした。ガシャーンと器物の割れる音が鳴り響き、
「はーっはっはっは!」
そこに哄笑がついて回る。
濡れ羽色。カソック。高笑い。そして可愛い女の子。
あまり忘れるのが難しい概念だ。
「はーっはっはっは!」
メイド喫茶の窓ガラスを打ち破って現われた使徒は、そのままビシッと魔族を指差すと、
「人の世に悪の居場所が無かりせば! 何を憂きにさ奉るほど!」
意味不明な和歌を読む。
「さあ行くぞ! 教会の使徒! ここに在り!」
「――――――――」
さすがに登場が派手すぎたのだろう。魔族も使徒を視界に入れていた。
「あー。この前の……」
子猫と相争っていた残念系シスターだ。
「斬撃・虚無!」
虚無の斬撃が店内に奔る。
「うわ!」「きゃあ!」「ひい!」
全体的に巻き込まれかけた客が悲鳴を上げる。そりゃ魔術の延長戦上にいればそうもなる。
「――――――――」
吠える魔族。ギラつく爪をシスターに振るう。
「疾!」
その爪を受け止めて、呪文。
「爆裂・虚無!」
「ちょ!?」
さすがに慌てるアリス。こんな狭い場所での爆裂だ。当然威力によっては、
「あああぁぁぁ」
店が粉砕する。しかも魔族とは打ち合っていたシスターが自分の魔術にかなり巻き込まれる形だ。爆砕音が鳴り響き、木材が木片に変わってメイド喫茶が崩壊する。
「あー……」
で、それをどうしたものかと考える横で、ピアは安全域に離脱し、立ったままケーキを食べていた。さすがに爆裂の魔術に席に座ったまま茶請けが出来るとも思わなかったのだろう。その判断こそ正解だが、何にせよシスターの乱暴ははた迷惑で。
「はーっはっは!」
その一番爆発に巻き込まれたシスターは元気全開だった。
不死身か。
そうツッコもうとしたが、あまり意味は無いだろう。屋根から落下して地面と頭突きをしても死ななかった御仁だ。そこら辺の頑強さはおそらく魔以上に魔と言える。
「思い知ったか人の敵! 正義が私を導く限り! このシスターに負けは無い!」
どうやら七五調が好きらしい。
「これで夕ご飯にありつける!」
中々苦労が忍ばれた。
「教徒様」
そんな彼女の肩にポンと手が添えられる。店主だ。
「なに。魔族の討滅は教会の仕事。恩を感じる必要はありませんよ?」
正義の味方らしい言い分だった。
「いえ。家屋損壊罪。それから破損の保障による損害賠償を請求させて貰います」
真っ当な言葉だった。たしかに魔族も唐突に現われるが、だからといってその討滅に庶民を巻き込んで良いかは別の議論だ。もちろん損害も出るが、仮に使徒や傭兵なら教会やギルドが保障をする。この場合はシスターなので教会か。国からの援助も期待できるが、ここまでやられればそもそも責任の有無から入る形だろう。裁判レベルの問題だ。
「教会には一言申し添えておきます」
「えーと……あのー……」
シスターはツンツンと両手の人差し指を胸元で相つついた。
「教会には……保障が……」
「どういう意味です?」
もちろん使徒なら教会が後ろにいるはずだ。
「国には認められていない教会なので」
かなり有り得ないことを聞いた気がした。
「そんなことあるの?」
立ったままケーキを食べているピアにアリスが問う。
「ないわけではないんだよ」
なんでも教会はヤクザ商売なので看板を見せびらかして傲慢に振る舞う連中も出るらしい。なので教会として国に認められた承認が必要となり、正式に霊長教会を名乗るには手続きがいる。故に非公認教会というモノも存在し、場合によっては詐欺罪や詐称罪を適応される……とピアは述べた。
「では貴女に払って貰いましょう」
笑顔の店長に、
「お金無い……」
ツンツンと指先で指先をつつくシスター。
「なに。内蔵を担保に借金すれば一応の体裁は取り繕えます」
「よし!」
受け入れるのか。
そう思ったアリスの疑念を裏切り、
「爆裂・虚無!」
爆裂呪文をシスターは唱えた。術式も完全。威力も相応。炸裂した力がそのまま爆発を生む。
「あーと」
そして爆発が収まると、そこにシスターは居なかった。
「逃げた?」
「逃げただよ」
「犯罪では?」
「まーそうだよー」
モグモグとケーキを食べているピア。
「どうします?」
「マテリアルの補填が欲しいかな? クラリスを呼ぼう」
その辺りの塩梅はアリスやピアには出来ない相談だ。火の属性は最もマテリアルから遠い。
「なわけで此処は穏便に」
と何故かアリスが店長を宥めていた。
「しかし無免許使徒など……」
さすがに店を爆砕された店長の怒りはご尤もで。
「さもありなん」
彼も否定は能わなかった。
「それでうっちでよ?」
他にやり様もなくクラリスに出張って貰う。彼女は眠そうにホケーッとして粉砕されたメイド喫茶を見ていた。
「お願いできますか?」
「構わんけどよー」
そもそも何故こうなったかも彼女には他人事だ。
「補填・虚無」
あらゆるモノが修復される。
「さすが」
「だよー」
こと現代魔術においてはかなりの上位に位置する魔術師だ。およそ学院でも飛び抜けた優秀生として知られる。その威力は宮廷魔術師すらも道を譲る。
「じゃあアリスは?」
と言われると、火の属性に限り上回っているのだが。
「結局何なんでよ?」
「あー。話すに奇っ怪ながら」
「無許可使徒が」
と一部始終を話す。
「はー。そんなシスターが」
「知っているので」
「知らないなー」
というか魔術を使うシスターは良いのかという話で。教会としてはかなり憤懣やるかたない。
「まぁいいんでよ。で、アリスっち」
「はあ」
クラリスは紅茶色の髪をかき上げる。
「ここは奢って」
と修復されたメイド喫茶を指差す。
「それくらいならまぁ」
彼としても助かった意味はある。もちろん責任は感じることもないが。
「ていうか何でしょうね」
ハムハムとケーキをがっつくピア。
「虚無を、でよ」
クラリス以外では珍しい毛色だ。しかも手段として確立している。術式への理解に限って云えばかのシスターは本物だろう。無駄に限りなく近い振る舞いだが。
「ケタタタ」
紅茶を飲んでクラリスが笑う。
「嫌な予感」
虫の報せ。第六感。
「ピアはどう思う?」
「魔族が現れた事まではピアの責任かなー?」
「あくまで前後即因果で云えば」
彼女の聖術は業が深い。
「だからまぁ正義の味方は要るわけで」
「アレが?」
あの横暴シスターの残念加減はちょっとヒーローと呼ぶにはブッ飛びすぎている。元より信仰心がないので使徒の是非はともあれ、あのハチャメチャぶりはどうにも人間としての通念すらも及ばない領域だ。
「どうしろと?」
ちょっと嫌な予感が彼の首筋を奔った。
 




