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第28話:プロローグ



「ダンカンコノヤロー!」


 ビシィと、勢い余った指の突き付けられ方。


「またですか」


 彼の方としても嘆息せざるを得ない。普通に考えて厄介事以上ではなかった。


 赤い髪に赤い瞳。血とも炎ともとれる鮮やかな色合いの少年は、そのパーソナルカラーが示すとおり火の属性の特化している。


 アリストテレス=アスター。


 通称アリスと呼ばれる。


 場所は何時もの学院だ。騎士団の奨学金をもらってそこに彼は滞在していた。ことさら何がどうのでもないのだが、ちょっとした一件でアリスの抱える問題が露見され、その意味でこうやって絡まれる。霊長教会にとってはまさに不倶戴天の敵だ。国政にすら反映されるほど発言力を持つ教会にとって彼の一挙手一投足はそれだけで面白くないはずだった。


「だからって倒してしまえ……はどうなんでしょう?」


 首を傾げるアリス。


 彼に友人は多くない。そのカルマが那辺にあるかは置いておくとしても、今は都合上一人だった。コーヒーを味わいつつケーキを食べて、麗らかな午後の時間。服装は喪服の姿だが、ジャケットは袖だけ通して着崩している。


「お前だけは許さん!」


「とは申されても」


 先んじて言っておくと、彼は何も悪いことをしていない。


 周囲の目もどこか怯えが在った。それはアリスの存在と言うより、アリスに絡んだ男性の持つ覇気に呼応した形だ。魔神すら制してのける魔術技量がアリスにはあるのだが、逆説的にその炎の魔術の災害は抑えたところで街を焼く。もちろんそんなつもりはないにしても、こうまで因縁を付けられるとソレは自衛も必要と相成り。


「で、どうしろと」


「成敗してくれる」


「はあ……」


 ぼんやりと感動詞を呟いた。


「行くぞ」


「カマン」


 ケーキをフォークで崩してハムリ。


斬撃グラディオ流水ウィータ


 先に呪文を唱えたのは男性の方だった。水の属性。そこに斬撃を付与している。超密度の水が三日月のような形をとってアリスに襲いかかった。


強盾シルド火焔フレイヤ


 で、アリスの方も呪文を唱える。防御のソレだ。


 魔術。


 この世の魔を技術に落とし込んだ御業を指す言葉。その呪文によって構成される奇蹟は人の域を超えた福音ですら在る。


 ボシュッと音がして水の斬撃が炎の盾によって蒸発する。


 火は水に弱い。基本四属性は各々に相性を持つ。普通なら水属性……男性の魔術の方が勝るはずなのだが、アリスの火属性は伊達ではなかった。単なる同位魔術ならその理屈だけで属性の相性すら問題にしないほど。


「世の中って奴は上手く行かないんですねぇ」


 またケーキをハグリ。


「大丈夫ですかお客様?」


「それなりに」


 店員も慌ててすっ飛んできた。そりゃ客が襲われれば客商売は干上がるだろう。


「ここでは止めてください」


 ウェイトレスがまことご尤もな意見を言う。麗らかな午後。道行く人は魔術師だったり教授や生徒だったり……あるいは傭兵だったり。特異点として存在する学院なので魔導文明にも明るくついで魔導産業も活発だ。


「魔族を庇い立てするか貴様!」


 男性の方の意見も頷ける部分は少しある。


 アリスはマテリアルこそ人間だが、スピリットは魔族だ。どうしてこう因果なことになったのかは親から聞かされていないが、あまりそこに引け目も感じない。コーヒーを飲みつつ今日の青空を眺める。


「良い天気ですね」


 四つ星の輝く空を眺めつつ。


「貴様から死ぬか!」


「ギルドに抗議しますよ?」


「教会からも討伐を奨励されている!」


「王国は保護を国政にしております」


 なんの話かと言えばアリスの立場だ。


 火焔魔王グランギニョル。


 今より数えて数千年前。勇者に討伐された魔王が居た。そのスピリットが人間のマテリアルに転生してアリストテレス=アスターと名付けられたのだ。そこから少し、いざこざがあって彼の背景は少しバレている。全部が全部……ではないにしても。


 もちろん教会が面白かろうはずもない。魔族と言うだけでアレルギーを引き起こすのは業界人の常でもある。魔族の方も言ってしまえば人間に対するアレルギーなのだが。この場合はどっちもどっちだとアリスは思っている。殊更魔族の肩を持つわけではないが、だからといって人間の魔族廃絶主義を応援しようとも思わなかった。


「ほ」


 コーヒーを飲んで吐息。


「カフェラテおかわり」


 店員さんに追加注文。


「舐めてんのかテメー!」


「その気になっていれば既に十三回は殺せていますしね」


「上等!」


 さっきからイチャモン付けている男性は眼を燗と輝かせた。


斬撃グラディオ流水ウィータ!」


 テラス席が切り裂かれる。アリスは普通に避けていた。範囲魔法すら、その領域を見切って躱すほどの能力だ。グラディオ程度は魔術に頼らなくても避けられる。ただ店の方はズタズタになった。


「あー」


「あー」


「あー」


 店員が飛び出し、店長が出張って、


「傭兵ギルドですか」


 そして襲ってきた男性はメタメタに叩かれた。


 残念に破壊された店の一部は、どう考えても改修が必要で、そのための金銭にも都合がいる。もちろん一傭兵が金を持っているはずもなく、請求書は傭兵ギルドに送られた。そこから少なくない補填金額が支払われ、そのままギルドは傭兵に借金を与える形になる。


「ぐ! 魔王め!」


 とは男性の悲鳴だったが、殊更何もしていない。


 たしかに男性は不幸になったが、自業自得だ。彼の方はケーキを食べてコーヒーを飲んでいただけである。


『魔王がまた』


 とは風聞になるのだった。


「吾輩が何をした」


 とはアリスの思うところ。魔メールを読みつつ次は店内でお茶にする。


「あの……陛下」


 怖ず怖ずと学院生がアリスに話しかける。人間にとっては不倶戴天の敵であっても、魔術師にとっては別の側面も持つ。シックでクラシックな店内での雰囲気はとてもよく、場違いに魔術を暴発させるのは間違っても許されない。というかその場合は加害者が補填金を支払う羽目になるのは既に立証されたとおり。


「何か?」


「魔術を教えては」


「くれません」


 そこまで大層な存在ではない。とはアリスの自己評価で。もちろん謙虚の一側面だが、人間がそもそも魔術を使っているのが間違いだ……とは思うところ。


「シリウス嬢には教えてるのに」


「アレは例外」


 にははー、と笑い声が聞こえてきそうだった。


 マススピリットによって構築される魔神だ。こっちは部外秘で秘中の秘でもある。魔神そのものは禍根を残しているが、どっちかといえば件の例は魔王グランギニョルの体裁の方が強く奉じられていた。


「ズルい」


「ですよね」


 思ってもいないことを平然と彼は口にした。


「あまり魔に取り憑かれないことです」


「でも。魔術師だし」


 スピリットを魔に変容されるのが魔術だ。


「吾輩の場合は生まれつきスピリットが魔でしたしね」


 ぶっちゃけ人間であるだけタチが悪い。


 教会の意向と王国の意向が激しくぶつかり合っている。ストレリチア陛下の御恩情も賜っているが、なんにせよ近くに魔王が居て「噛まないから安心して良いよ」は人間には通じないだろう。


「勇者を!」


 そんな叫びも少なくない。


 伝説に曰く。


 四大魔王を倒した人間の究極。人の可能性の頂点。


 ソレが勇者だ。


 火焔魔王グランギニョルも勇者と戦い破れていた。


「で、何故か此処に居ると」


 ケーキをハムリ。


「少しだけでも」


「とはいいますけど精神変容は地道な努力が一番ですよ」


 手に灯りを点しつつ疲れた笑みを覗かせる。


「じゃあ――」


「にはは! 師匠! お待たせ!」


 そこで一人の少女が快活かつ唐突に現われた。


 白金色の髪に碧眼の美少女だ。シリウス嬢である。


「店員さん! 私ショートとガトーショコラとモンブランと苺タルト! 飲み物は紅茶でお願い!」


「承りました」


 店員さんが会計に筆記する。


「シリウス嬢……」


「誰?」


「知りません」


 アリスに話しかけていた学院生だが、正体は彼も彼女も知らない。


「師匠に何か用?」


「魔術を教えて貰いたくて」


「あー。無理無理。師匠の魔術は人間業じゃないから」


 まぁそれはアリスも否定できない。


「先に教授らから学んだ方が得だよ。メガノ級くらい使える下地が出来てないと、むしろ師匠の魔術教訓は技術的に有害だから」


「そこまで言う」


 半眼になるアリスだった。


「まぁメガノ級を呼吸するように使う師匠が何なんだって話で」


「だからおまいう」


 シリウス嬢……ピーアニーも普通に使える。


 こと魔術の領域ではアリスにすら劣っていない。一極魔術師としての高みにあるが、それでもピアはアリスより強いとは思ってもいなかった。実際に人間の身でオメガ級を使うのだ。本来なら勇者や一部特権にしか許されていない階位の呪文で、しかも人間の身に過ぎた魔術でもある。


「だからマギバイオリズムも最悪になるよ」


 脅しではなくピアは脅す。


「魔王!」


 そこにまた自称正義の味方が現われる。


「はぁ」


 嘆息。


 最近の彼の悩みは正にソレだった。


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