第24話:火焔魔王の御前である07
「――――――――」
魔族が襲う。
魔術学院でのこと。ピアことピーアニー=ガーデンは嘆息した。スピリットを練って呪文を構築する。
「大体・斬撃・火焔」
安心安全設計。倍化した火焔が斬撃となって魔族を打ち払う。
「しかし」
自覚はあった。もともと自滅願望を持って生まれた身。その因果の為すところは知っている。
「――――――――っ」
「――――――――ッ」
「――――――――!」
今度は魔人だ。人が魔によって変質した存在。ではその原因が那辺にあるかと言えば、
「まぁピアだよねー」
そういうことになる。
「「「――――――――」」」
咆吼にも似た呪文構築。魔人が火焔を発した。
「甘い」
呟くところから流麗に呪文を構築する。
「強盾・蒼炎浄」
炎の盾が具現化する。それらは魔人の炎を受け止めていなす。
「大体――っ」
さらに攻性呪文を唱えようとして、
「――――――――」
魔人と目が合う。
――殺していいのか?
――人類の因果で変質した存在だぞ?
――それこそがこの世の理ではないのか?
「――・暗黒・火焔」
火焔が坩堝のように逆巻いて魔人を襲う。焼き尽くされる人体。脂肪の燃える特有の匂いがして皮膚がべたつく。圧倒的な魔性の火焔は魔人を容易く灰燼に帰した。
「ぐ……げ……」
人類の業とは分かっている。今までも色んな魔性を具現した。だがその上で、個体がソレを願っているかと言えば、そんなことはなかった。
――なぜ自分だけがこんな業を背負わされたのか?
考えるだに目眩がする。
「……………………」
死体の焼かれた瞳が彼女を捉える。学院に居る以上、魔的災障に関しては自己責任だ。いつ隣人が魔物となり、魔族に殺されるか分かった物ではない。だがソレにも増して彼女の聖術は酷かった。なんの罪も無い人間を破滅に走らせる。霊長そのものを卑下する呪い。こと人が人のために滅ぶという観念で言えば、あるいは魔族以上に魔族だろう。
「――――――――」
「――――――――」
魔人と化した無辜の民が文明を襲う。だから霊長は嫌いなのだ。とても弱々しく。とても儚げで。
「ああ。だから自己滅亡なんて抱えるんだ」
人間だけが持つ矛盾。人としてのスピリットが抱える欠陥。
「大体・暗黒・火焔」
火焔が踊り狂う。そんな矛盾を抱えるように人が人を焼き尽くす。
「――――――――」
魔人が吠えた。風が鳴く。けれども火はソレすらも食い破る。
「喝ぁ!」
スピリットが魔術に乗る。迸る火焔はそのまま魔術学院都市を焼いた。とはいえ傍目には自衛行為だ。その根幹が何にしろ。
――だから嫌いです。人間なんて。
言葉に出来たらどんなに良いだろう。けれどそのことだけは自己の裁量では言えなかった。炎が荒れ狂う。肉が焼け、タンパク質が異臭を放ち、骨が焦がれて土に還る。
「――許さない」
そう聞こえた気がした。誰からか。あるいはピアを囲む全ての人か。
「……………………」
悪役は慣れている。恨まれることも。でも、それならどうすればよかったのか。対案を示して欲しいのも事実で。
「この化け物がぁ!」
魔人が吠える。呪文の構築。それはピアも一緒だ。
「大体・落天・火焔!」
魔人が放つ魔術ごと、ピアは魔人を焼き払った。天より注ぐ火焔はソレを為した。焼死体が出来上がる。今までやってきて、これからやっていくこと。そのことに軋みを覚えるのは錯覚なのか何なのか。けれどもガラスを擦るような感覚が心を摩耗させるのも事実。
「この外道が」
分かっているのか。彼女が魔人に変質せしめたことが。
「地獄に落ちろ」
最後の力で唾棄するように言葉を述べて、魔人は息を引き取った。空虚な瞳が瞳孔をこちらに向ける。独り相撲だった。自分で見知らぬ他者を魔人に貶め殺す。マッチポンプという言葉すら置き去りの醜悪なグランギニョル。
「あ……あ……」
虚ろな瞳がピーアニーを……ピーアニー=パウダーガーデンを責め射貫く。
「許さぬ」
と。
「自己の罪を知れ」
と。
「お前は生まれてきてはいけなかったのだ」
と。
自滅願望。
自滅願望。
自滅願望。
およそその行き着く先は死だ。
滅死だ。何も生みださず消費するだけの現象。悲哀と忌避と絶望をこそ賛美する現象。そこに文明としての発展は如何ほども無い。本当に有害無益に順ずる概念。
「こんな人類……大嫌いだ……!」
殺したかったわけじゃない。傷つけたかったわけじゃない。燃やしたかったわけでも、弑したかったわけでもない。ただ人類じゃない個体が許せない。なのに「ごめんなさい」と謝る言葉さえ死者には無意味で。
「あぁ……あぁぁ……」
どうしようもなく終わってしまっている。そのことが彼女には酷く哀しい。
*
「うーん」
アリスは城で昼を迎えた。別段何をするでも無く。単に迎えられたから此処に居るだけのこと。
「紅茶を一杯」
そうも言う。
「美味しいですね」
「ええ」
ストレリチア陛下に一応頷く。あれから距離感が変わった。どうにも積極的に陛下はアリスを気に入ったらしい。
「そのことに文句は無いんですけど」
「なにか?」
「いえ。何でも」
まさか迷惑だとも言えないわけで。今の陛下の格好はドレスだった。ただし胸元が露出した。かなり叡智……エッチな衣装だが、それでも王威を纏っているのは生まれの業か。
「うーん」
彼としても彼女の親事情には悩みもする。
「殺して欲しい」
と陛下は言った。それが現実だとしても本心とは思えないのだ。
紅茶を一杯。
――きっと陛下は。
懸念はすれども問う事はできない。不敬と言うよりむしろ暫定の感情で。
多分強がっているのだ。陛下もピア嬢も。
「では自分がどうするか」
という話にもなって。
「うーん」
「お悩みですか?」
「そこそこに」
「エッチなことで」
「そっちはよく知らないんですけど」
「教えて差し上げましょうか?」
「勉強として」
「実地訓練もかねて」
「陛下はソレでよろしいので?」
「陛下におかれてもよろしいかと」
やはりストレリチア陛下はアリスを陛下と呼んでいた。
「然程でも無いんですけど……」
他にしようもなく頭を掻く。
「アリストテレス陛下は謙遜が過ぎます」
「今は人間ですしね」
「マテリアルは」
スピリットは魔王のままだ。だからややこしいのだが。
「人間の身体はどうですか?」
「まぁ中々に刺激的ですよ」
呼吸。食事。排泄。睡眠。およそ魔王には必要のなかった事柄だ。
「アリストテレス陛下はそう仰るんですね」
「おかげで生の実感も得てるんですけどね」
其処は違えない。アリスにとって人の生は魔王とはまた別次元の勉強だ。
「じゃあセックスについても?」
「セックス……」
今更聞けない人間の事情。
「ちょっと人間の営みですよ」
クスリと未亡人が笑う。
「人の営み」
「アスター夫婦もそうやって陛下を産んだのですから」
「えーと?」
正に無学の徒だった。
「それは第二次性徴に期待するとして」
どうにも未亡人としての身体を持て余しているようにも見える。もともと人の営みで王族が処理するのはかなり高位だ。夫が居れば幾らでも出来るが、今の彼女は未亡人。そうであっても欲求の満たし方はやはり限られる。
「陛下が愛を知るのが楽しみですね」
「愛……」
魔族のマスソフィアには難しい問題。
「何だかなぁ」
などと思いつつ紅茶を飲んでいると、
「失礼します!」
王城の兵士が駆けつけた。
「何事で?」
「報告します!」
魔メールを兵士は手に持っていた。
「学院に魔神が降臨しました!」
「――――っ!」
「――――ッ!」
アリスとストレリチア陛下が絶句する。嫌な予感は当たるもので。しかも最悪を超えて事態は推移しているらしかった。
「聖術師で?」
「然りであります!」
バッと兵士は敬礼する。
「陛下!」
ストレリチアがアリスを陛下と呼ぶ。
「陛下?」
飛び勇んできた兵士が困惑する。それは王様が客分を陛下と呼べば疑問に思うだろう。
「ここからなら……まぁ然程の時間は要しませんけど」
アリスは呪文を構築した。人を超えた魔王としての領分で。
「大概・比翼・灼火焔」
まるでジェット噴射の様に彼の背に炎の翼が現われた。




