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第21話:火焔魔王の御前である04


「越権?」


「謁見な」


 もちろん団長が先に述べた様に陛下がアリスを求めている。とはいえ「どうもこんにちは。良い天気ですね」は通じない。謁見の間で平伏する必要がある。


「あー」


 しばし部屋で歓待されつつ、彼は天井を見上げた。職人による渾身の天井画が描かれている。神話と宗教の織りなすテーマだ。


「お腹が痛くなったので今日はコレまでと言うことで」


 さっそく彼は弱音を吐いた。


「我慢しろ。陛下への謁見だぞ」


「病人に無理させるんですか」


「仮病限定でな」


「普通に胃が痛いんですけど……」


 そもそも自分が何をしたのか。そこから分からない。もちろん犯罪に手を染めてもいないし、逆に王室に利することもしていない。本気でワケが分からず、それこそ比翼で逃げたい気分だ。


「うーむ」


 振るわれたチョコレートを飲む。ミルク砂糖ありありだ。


「お前様は威力的にもありえんしな」


「えーと……」


 リッチの件は聞いていないはずだ。ピアと部長には言い含めてあった。


「本当に何もしていないんですけど」


「とはいえなぁ」


 別に騎士団長が差配したわけでもないので、そっちとしても今更「じゃあ今日は帰っていいぞ」とは言い難いのも事実で。


「ちなみに女王陛下はどんな御方で?」


「凜々しく優しく知的で寛容に富むと」


「心から言ってます?」


「肯定しても虚しいよな。こういう場合」


 そもそも王城で王様批判が出来る騎士が居るならソッチが問題だろう。


「にゃーにゃー」


 他に述べようも無く彼はチョコを飲んだ。


「騎士団員に陛下自ら謁見を融通ってのもちょっと知らんがな」


「ですよねー」


 そこは彼にも頷ける。


「何かはあるんだろうが」


「何か……ですか」


 王都は今日も平和だ。まさか今から火焔魔王グランギニョルを討伐とも行かないはずだ。仮にするなら一国と戦う羽目になる。もちろん『負ける気も無い』のだが、穏便に暮らせるならそっちの方が良いわけで。


「色も香も同じ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける」


「?」


「いえ。何でもないんですけどねー」


 スピリットの具合だけ確かめる。


火焔フレイヤ


 ボッと火が点く。


「放火する気か」


「さすがにソレは両親に迷惑が掛かるので」


 やって出来ないわけでもない。


「ふむ」


 炎をスピリット通りに動かしてみる。鬼火のような炎がフヨフヨと待機室にて浮いて泳いだ。


「器用なもんだな」


「こと火属性に関しましては」


 一極魔術師の御業だ。


「青田買いの甲斐あったな」


「あー。そう言ってくださればコッチとしても」


 パチンとフィンガースナップ。鬼火が消えた。


 次の暇潰しを考えていると、


「臣民アスター」


 声が掛けられた。大臣クラスだ。ちょっと彼を見る目が怖い。


「はい」


 ひょうと彼は応えた。


「陛下より御言葉を賜りし栄誉を授ける。着いてこい」


「相承りました」


 団長は部屋で待機だった。そのまま大臣に連れられ謁見の間に入る。彼は知らないことだが将軍やら大臣やらが立ち並んでいる。その一人一人が彼の無礼を見逃すまいと張り詰めている。普通に圧迫面接も同様だが、その根幹はともあれ表面的には彼に負の側面を与えない。陛下の不興を買った場合におけるマイナス面は畏れても、将軍や大臣の評価に関してはむしろ我関せずだ。


「平伏せよ!」


 檄が飛ぶ。ザッと宰相以外の人間が残らず平伏す。


「えーと?」


 一応彼もしていた。その意味はよく分かっていなかったが。


「王国の支配者。ストレリチア=パウダーフィールド陛下のおなり!」


 もちろん床を見ているので彼には分からない。その間にも陛下は玉座に腰を下ろし、辺りを睥睨した。一応演出なので玉座は謁見の間で最も高位に位置し、王様専用の裏口から出入りする。その事に意味があるのかはかなり怪しいが、伊達で食っているのが王侯貴族というモノだ。


「皆の者。面を上げよ」


 鮮烈な声が響いた。女性のモノだ。


「臣民諸氏。面を上げよ」


 ついで宰相が命令してから全員が頭をあげた。


「……………………」


 初めて見る王様。ストレリチア=パウダーフィールド陛下。まぁ希少性で言えば客寄せパンダよりやや上辺りだ。この辺にパンダはいない。そもそも出会ったことの無い人間の方が多いので、一庶民より王様の方が今出会っているだけ普遍ではある。


「貴方がアリストテレス=アスターですね」


 穏やかな声。そこで振るわれる空気。打つ大気に流れる風。


「は」


 萎縮して彼は一礼した。


 女王陛下は美女だった。白金の髪が眩しく、白磁器にも似た白い肌が麗美に整えられている。王族としての能力か。その尊貌すらも相手に威圧感にも似た敬服を与える。


「楽になさい。ここで不敬を働いても大目に見ますから」


「は」


 やはり芸の無い答え。というか楽にしろと言われて楽に出来るなら苦労も無いわけで。


「臣民アスター。楽にしたまえ」


 何のトラップか。宰相に言われて肩の力抜く仕草を彼は見せた。もちろんあくまで対処的にだ。精神は心底強ばっている。


「あのアスター夫婦の御宝。それだけで貴方は敬服に足りますわ」


「畏れ入ります」


 というか他にどう述べれば良いのか。


「ていうか何の用だ?」


 と聞ければ良いのだが、そこまでやってしまうと首が胴から離れかねない。


「なんでも古典魔術クラシックを伝えるとか」


「微力ながら」


「ではそうですね。宮廷魔術師になりませんか?」


「陛下。お戯れを」


 答えたのは彼ではなく宰相だった。玉座と同じ高位に立っており、王に寄り添っている。


「彼の者はまだ学院生。宮廷に勤められる器ではありませぬ」


 ――というかこっちから勘弁だ。


 言葉にせねどもアリスは心中愚痴った。そんな重い立場はノーセンキューだった。


「いいではないですか。アスター殿は何でもその年でメガノ級が使えるとのこと。もちろん将来的にはギガラ級すら使えるようになるでしょう。それも遠くない未来」


 ギガラ級を使えれば、それは歴史に名を残す大魔導師の実力だ。


 ――うーん。無念。


 ギガラ級程度なら普通に使える。マギバイオリズムの調整も出来た。


「しかし」


「アスター殿? 貴方はどう思いますか?」


 直言を彼は賜った。


「よろしいので?」


 これは宰相に問う言葉。


「直答を許す」


「では。畏れ多い評価は嬉ながら辞退させていただきます」


「何故。と聞いてもよろしいですか?」


 どうにも陛下は謙遜気味な口調らしい。臣民に対しても敬意を忘れていない。


「名誉を求めていないからです」


 彼は他に言葉を尽くさなかった。そもそもそんな人間のしがらみは彼をして嫌うところだ。言い訳ではなかったが結局言い訳になる。


「残念です」


「申し訳ありません」


 さらに深く礼。これで終わり。そう思っていると、


「宰相?」


 ちょっと悪戯っぽい声が陛下から発せられる。


「は」


「アスター殿と二人きりで話があります。場を提供していただける?」


「なりませんぞ陛下。そのような栄誉を下賜しては王室の品位にも関わってきます」


「そういうだろうとは思いましたけどね。女王として我が儘を言わせて貰います。彼と二人の場を作ってください」


「意思の那辺を問うても?」


「王族に関わりがある……としか」


「陛下……」


 宰相も少し狼狽えていた。


「アスター殿? 何処に行くので?」


 ビクッと彼が震えた。少しずつ後ろに下がっていたところを見咎められる。


「いえーそのー。あまりに畏れ多くございまして」


「そう言わず」


 言いたくもなる。穏やかな陛下の笑顔が何処まで本気かはとても覚れない。


「なんでしたら城に泊まっていってくださいな。歓待しますよ」


「えー」


 さすがに素が出る。陛下の意思がどこにあるかも分からない。


「なので琥珀の間を用意なさい。そこにアスター殿を歓迎しますわ」


「陛下……」


「少しぐらい我が儘を聞いてくださってもいいのでは?」


 執務が辛かったのだろうか?


 なんとなくそんなことを思う。


「それとも勅命を下さないといけませんか?」


「相分かり申して」


 最終的に宰相が折れた。こうしてアリスの王城一拍が決まるのだった。


「えー」


 謁見の間を辞して団長と合流。ついで状況を説明すると団長は固まった。


「琥珀の間に?」


「ええ」


「他国の王族を歓迎する部屋だぞ」


「そうなので?」


 そこら辺の知識は彼も明るくない。当然だが。


「何か気に入られるようなことをしたか?」


「特には」


 ガチで心当たりが無い。


「しかも宮廷魔術師?」


「ええ」


「そっちは分かるが」


「分かるんですね」


 アリスにはさっぱりだ。


「とかく何とかなりません?」


「まぁ野良犬に噛まれたと思って諦めるとか」


「万事シャレになっていませんが……」


 それは嘆息もしようというもので。


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