第120話:火焔魔王とソフィアの在処14
夜。燦然と照らす三千の星。およそ満天の星でそれくらいだという。意外と無数からは程遠い星の数だが、その輝きの鮮やかさまでは否定できない。そんな星々を眺めやってアリスは少し深慮した。
カオスが匂いを元に辿り着いたのは先にもそうだった倉庫街だ。
暗い中で不気味にたたずむ倉庫が建ち並び、その陰から人形が飛び出してきてもおかしくはない。もともとクスリは錬金魔王グラジエルの手によるものだろう。
というのも魔法薬の作製も現代魔術だ。
中々にモボな魔王である。とはいっても件の魔王が何を考えているやらも彼には予想も付かないことで。クスリを広めてどうしようというのか。人類鏖殺には迂遠すぎる。
そんなことを考えつつ倉庫街を歩く。
シンと静かな人の気配を感じさせない領域で、まるで闇が人を拒絶しているような印象すら受ける。大きい倉庫はただ其処に在るだけで威圧し、中に有る物をちょっと考えさせるような特別すらも持っていて。
しばらく歩いていると、カオスが苦虫を……な顔をした。
「ここで匂いが途切れていますね」
となると既に場を移したか。あるいは此処に居るのか。待ち構えているのか。
「光明」
ポッと明かりが灯る。敵さんにも見つかるが、一応視覚は確保して。
ザワザワと揺れるような音の風。
アリスとカオスとピアは三手に分かれた。カオスは一刻も早くクラリスを見つけ出す。ピアも同様。アリスだけが陽動だった。
「にしても以前も思いましたがこんなに広いと」
どうにもならない。どうしても駄目だったら頬を掻いて誤魔化す程度しか出来ない。
「クラリス=ゴッドフリート……か」
「こんなところまでお探しに来たのですの?」
「……………………」
とっさに掛けられた声に沈黙で返す。
カソックをきた少女。どこか此方を覗き込むサファイアの瞳。スラリとした肢体はしなやかで強そうだが、どうにも自然とは程遠い。その根幹が那辺にあるかはともかく、彼としては少し対応に苦慮する。相手がガブリッチならなおさら。
彼女は聖剣を担いでこちらを見ていた。その表情は無機質めいているも、意思の光は損なわれていない。ただそこに自尊心が乗っていなかった。
「貴方ですか。よりによって」
「さて。魔王には此処で滅んで貰いますわ」
「可能ですか」
「どうでしょうね」
「ミカエリ嬢はどうしました?」
「殺しました」
「なるほどね」
何の因果がそこにあるかはアリスは問わなかった。ガブリッチがミカエリを殺した。有り得ないと言うほどのことではないが、彼女が不安定であるのは危惧していたことだ。聖族としてスピリット体である彼女なら基本何でも在りではある。そこに錬金魔王の化合が加われば、それは愛すべき人への殺戮という化学反応にも発展するだろう。
「そういえば。全力で戦うのはコレが初めてですね」
「ふむ」
ガチャリとガブリッチが聖剣を構える。
アリスはスッと半身を引いて面積を小さくする。
「影装・火焔」
両手に装甲を付ける。完全武装ではない。だが彼としても完全な敵対は望んでいない。これは手加減とは別次元の問題だ。ミカエリだって望んでいないだろう。
「負ぅ!」
一歩。そこでトップスピードだった。ガブリッチの加速は。真横から一閃。薙ぎが振るわれるが、アリスは影装で受け止める。衝突音は澄んでいた。軽やかな音が両者の耳に届く。その物騒な現実が無ければ福音に聞こえたかもしれない。
クンと剣の軌道が変わった。頭上に掲げられる。
「弑!」
全力で振り下ろされる。強烈に尽きる斬撃がアリスの残像を切り裂く。そのまま唐竹に割って地面すらも裂いてしまう。その勢いのままザックリと地面に切り傷を与え、止まること無く疾剣がアリスを襲う。さながらソレは星の輝きを散らす神秘にも思えた。金属光が星の光と魔術の光で乱舞する。聖剣と言うことを差し引いても、その持つ芸術性は全く損なわれない。まったく光と言うだけで人を魅せるのは何時の時代も変わらないらしい。
倉庫街を暴風が吹き荒れる。
およそ人間業とは思えない剣と打撃が地面や壁を斬って砕く。もはや他のことにかまけている余裕は無い。一寸間違えば首が胴から離れるとなれば、楽観論は水に浸した障子紙だろう。
「まだまだぁ!」
「過足加速」
音が攻撃に遅れる。
一手。二手。三手。剣を打ち払い、間合いを潰し、そこで漸く拳がガブリッチを捉える。吹っ飛ばした後で、音が追いついた。
ズバン!
と音が鳴ったときにはアリスの拳は既に撃ち放たれている。
だがガブリッチも止まらない。こちらも音を置き去りにして加速した。速度は疾風だ。颶風逆巻いて突進する。
「愛別離苦!」
斬撃が多段的に襲った。高速の連撃だ。しかも重みまで乗っている。
「っ」
受け止めたアリスの手。その纏っていた装甲にヒビが入る。魔術で出来た影装がだ。どれ程の威力だったのか。だがその手のしびれで大凡は把握できる。彼女の持つ速く重い剣の威力の真価は。
「さすが」
そこに賞賛は惜しまない。こと戦闘という極限状態に於いては相手の強さも褒める対象となる。人柄を知らなくても剣に込められた思いは本物なのだ。
「粉骨砕身」
さらに凶暴な剣がアリスを襲う。受け止めるのは無理そうだった。多分一撃で斬鉄くらいはやってのける。冷や汗を覚える程度には鮮やかな一閃。咄嗟に避けるのもギリギリで、ついで切り裂かれた空間の上げた悲鳴が彼に不安と安堵を同時にもたらす。
「殺す気ですか」
「別に死んでも誰も悲しみませんしね」
実はそうでもないのだが。
「大羅・妖精・火焔」
今度は魔術を飛得物として行使する。無数の火球が現れ、ガブリッチに殺到した。一気に場が明るくなる。火焔の一つ一つが光源だ。その熱量も大概で一発でも当たれば火傷どころか細胞ごと焼却されるだろう。
だがソレにも増して理不尽なのが否定剣カーリオーズ。あらゆる事象を否定してしまう聖剣だ。すでに火球はガブリッチを襲っているが、それらは聖剣が斬って否定を突き付けている。まさに外道。絶え間なく移動と姿勢を繰り返し、周囲から襲い来る無数の火の玉を彼女は斬撃だけで、斬って、切って、伐った。
「うーん。不条理」
まぁそれはアリスに言う資格があるかも怪しいところだが。
超常的な速度は時に視認すらも凌駕する映像を見せる。アリスが瞬きをする間にガブリッチは三度剣を振るっていた。およそ少女が繰る剣の速度限界を容易く超えている。それこそ神業と表現するのが妥当な領域の斬撃だ。最後の火球を斬り散らして、キッと彼女はアリスを睨む。
「ブラボー」
アリスは拍手を送った。




