第119話:火焔魔王とソフィアの在処13
爆発の余韻。
明滅する赤光。
それらがあまりに不安を呼ぶ。
クラリスはベランダからそれを眺めていた。学友三人の実力は知っている。神造心臓を持つ自分にも匹敵する才能。魔王と勇者と魔神だ。どう考えても人間が霞む。なのに同じように不安も苛む。それは錬金魔王への賛辞かもしれなかった。
「大丈夫でよ?」
「どうでしょうね。実際」
アリスがいつの間にか部屋にいた。
「帰ってたの?」
「どうでしょうか」
クスリと笑う。
結界に反応はあった。だが捕捉はしても抵抗はしなかった。仮に敵対者が侵入してきたら結界が阻んでいるだろう。
「クラリス嬢。御身を預からせていただく」
「アリスっち? 本当に?」
「違うと言えば信じて貰えますか?」
それはむしろ独白に近い物言いだったが、けれども不自然な点は無い。
「???」
ますますクラリスは困惑する。
「敵ですよ。吾輩はね」
「アリスっち……。笑えないよ」
「ですから敵対しましょうぞ」
拳銃に似た器物がアリスの手に握られていた。短針銃。ただし火薬は使っていない。バネ仕掛けのものだ。
「何を――」
「別に貴方を欺くための擬態では無いのですよ。どちらかといえば回収に辺り周囲に言い訳するためのものですから」
「敵!」
「ですね」
偽アリスは短針銃のトリガーを引いた。
魔術より格段に早い。針がクラリスを襲う。突き刺さって、動脈に先端を潜らせる。
「毒?」
「いえいえ。ちょっとしたクスリです。貴方を死なせるわけにはいかないので」
「何故?」
「さて何ででしょう?」
偽アリスは穏やかに笑っている。
「ああ。アリスっちはそんな笑い方はしない」
「そうなんですか? まぁ完全なコピーでもありませんしね」
「ぐ」
「あとは結界のクラッキングについては……また別の機会に」
「ぁ……ぅ……」
グルンと思考が淀む。おそらく針に塗布してあるクスリが効いたのだろう。
「それにしても……趣味の悪い……」
「ええ。その点思わないでもなかったんですけど。勝てば官軍ということで」
アリスを模したマテリアルは、忍びやかに笑っていた。
***
「結界だけでは不十分でしたか」
アリスとカオスとピアが寮部屋に戻ると、そこにクラリスはいなかった。当然なんの安全も取らずに出かけたなんてことは思えない。であればさらわれた……これが最も合致する。
「にははー。クラリスの結界を抜けたので?」
「そう捉えるしか在りませんね。有り得レス」
「ていうかそんなこと可能なの?」
「私には無理ですけど……アリス様はどう思われます?」
「吾輩にも無理かな。でも相手は錬金魔王だし」
それを論拠にされるとあらゆることがマイナスに傾くのだが。だが実際に錬金魔王は容易くクラリスをさらってのけた。その行いがどれだけの神業に依存するかは考えないでもなかったが、なんにしろ今は手段より、その結果に目を向けるべきだろう。
「カオスならクラリスを辿れます?」
「可能か不可能かなら可能ですよ。一応不測の事態に備えて香りも付けておきました」
「頼もしい」
「向こうがその対策をしていなければ……という理屈にも為りますけどね」
「今は他に手掛かりないですし」
まさかクラリス探して駆けずり回るわけにもいかない。
「師匠は錬金魔王に勝てる?」
「どうでしょうねぇ。互いに属性は悪くないんですけど」
名称の階位であれば同一だ。魔術勝負でなら勝ちの目はあるが、向こうが乗ってくるとも思えない。
「では辿りますか。時間が経つほど消えていきますし」
「そつなく着ければ万々歳ですね」
「にははー。でもピアだったら警戒するんだよ」
「大丈夫ですよ。私でもアリス様でもそうします」
「大丈夫? なんなら吾輩一人でもいいんだけど」
「匂い。辿れないでしょう?」
「ぐ……」
まさに正論。
「じゃあ行こ行こ。クラリスだって師匠を待ってるよ。きっと」
「そこまで信頼されていますか」
「というか自分だけって思っていたはずですし」
「何せ恋敵が勇者と魔神だからね」
「???」
「そこでわかんないから正妻戦争なんだけど」
カオスとピアが溜め息をついた。
「面倒事は嫌いなんですけど」
「にははー。よく言うよ。ピアとカオスを救っておいて」
「事情が事情だったので」
「私なんて前身の仇ですのに……」
「だからソレ気にしなくていいって」
「アリス様は寛容に過ぎます……」
「辛いこと抱えても面白くないじゃん。なんなら吾輩を恋に落としてよ。ソレを理解できればむしろカオス嬢を好きになるから」
「覚悟なさってください」
「ピアも。ピアも。師匠が好き!」
「ええ。知っていますよ」
「エロ本とか読もうね!」
「エロ本?」
「叡智の所産です」
「叡智……」
「叡智と愛が人の許された能力です」
「マススピリットね……」
「で、クラリス追っかけないの?」
「あ」
「あ」
話が脱線して本気で忘れているアリスとカオスだった。




