第四話「夏の終わりの長い夜」第5節
学校帰りのバスの席で揺られながら、藍はローリィとのやりとりを思い返していた。
「離れたほうがお互いのため」とローリィは告げた。あれはどういう意味だったのだろうか。
「あたしなんかがマイブリットさんのお仕事の役に立たないことはわかってるけど……何か迷惑かけちゃっているのかなぁ」
そんなことを考えているとバスが停留所に停まり、藍は何の気なしに窓の外へ視線をやった。
展望公園へもつながっている峠道脇の停留所のひとつだ。数台の車が停められる広さの待避所が隣りにある。近くには、畑での作業やハイキングなどで山の中に入っていくための細い道が伸びていた。
その道の奥、山の中に複数の人影がある。
藍は違和感を感じ、目をこらした。
畑仕事やハイキングを目的としたような雰囲気ではない。作業着を思わせる地味な格好の男性たちで、何人かは大きな機材のようなものを抱えていた。山の中での工事かと藍は予想したが、業者のトラックや車が見当たらないのが不思議だ。
そのうちの一人と目が合った。威嚇するような険しい目つきで、こちらを睨んでくる。
藍は慌てて目をそらし、カバンから取り出した文庫本を目の高さで開いて誤魔化そうとした。
藍は不自然な姿勢のまま、早くバスがこの場を離れるよう強く願うしかなかった。
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佳波は廊下の角から顔だけを覗かせて、カフェスペースの様子を確かめた。
カフェスペースには誰もいない。20席ほどの中から、佳波はお気に入りの窓際のテーブル選んだ。
夏用のスーツの上着を隣の椅子の背もたれにかけ、トートバックから取り出したノートパソコンを起動する。作業を始める前に佳波は長い髪を後ろでまとめながら、窓の外を眺めていた。
外には、明見市市の森林公園の濃い森が広がっている。
佳波がいるカフェスペースは、明見市市の商業施設ロカーラのオフィステナントビルの一区画だ。フロアに入っている会社に属する者であれば誰でも利用できる。ビルの正式稼働は先のため、今はロカーラを運営管理している佳波の父の会社のスタッフだけの空間だ。
「さて、と。やりますか」
佳波は気を引き締め、プレゼンテーション用ソフトのファイルを開いた。表示されたスライドを一つ一つチェックし、気になる箇所を修正していく。
唸りながら作業を続けている佳波の視界の端に人影が引っかかった。
チラリと目をやると、ダークスーツ姿の年配の男性が飲み物の自動販売機に硬貨を投入しているところだった。
「迫田さん?」
佳波が尋ねると、年配の男性は反応して驚きの表情となった。
「佳波さん? ああ、ひょっとして今日の会議に出るのかな?」
「はい。出さないといけない企画があって、その追いこみです。迫田さんがいるってことは……父さんももう来てるんですね」
佳波が探りを入れると、迫田は苦笑した。
「先に会議室にこもって仕事しているよ。早めに到着した時ぐらい、のんびりして欲しいんだけどね。何か飲む?」
「ありがとうございます。じゃあ、ミルクティーで」
迫田が買って席まで持ってきた小さなペットボトルを、佳波は受け取った。佳波のお気に入りのミルクティーだ。佳波はお礼を述べた後、迫田に企画のスライドを見てもらえないかと頼みこんだ。迫田から出てきた質問や指摘を佳波はノートに書き留めていく。
ひととおり終わると、迫田は缶コーヒーを2本持って去っていった。
佳波は、ノートの内容を確認しながら、企画書のスライドを修正し続ける。
「やっとできたー」
佳波は椅子に体重を預け、長く息を吐いた。時計を見ると、そろそろ会議が始まる時間だ。パソコンや筆記具を片づけていると、どこか遠くでパトカーと救急車のサイレンが鳴っていることに気づいた。
佳波の脳裏に、最近藍の近くによくいる外国人の金髪少女----マイブリットの顔が浮かぶ。
また何か問題が起きているのではないか。そんな不安を、佳波は強く頭を振って払った。
今から行なわれる会議はロカーラの正式オープンに向けての重要なもので、スタッフとして籍を置いている佳波個人としても企画の最終審査がかかっているのだ。
明日は藍と遊びに行く約束もある。夏休み最後のイベントを楽しむためにも、今は余計なことを考えている余裕はない。
佳波はペットボトルを開け、ミルクティーを大きく一口、二口と飲んだ。疲れた頭に心地よい甘さだった。
「さーて、いっちょ頑張りますか」
ぱんっ、と自分の両頬を軽く叩き、佳波は席を立った。
--つづく--




