いい性格をしています
暫くして始まった魔術の勉強は、ちんぷんかんぷんだった。
「どうしたの?ファティマ、読んで使っていた魔術よ?」
母の言葉に冷や汗をかいた。魔術を使う時の独特な文字が認識出来なくなっていた。
ごちゃごちゃとした落書きにしか見えなかった。
簡単な生活魔術も読めなかった。その事実に気付いた時、家族の皆が私を気の毒そうな顔で見ているのに気付いた。沢山の医者、魔術師に診てもらったが魔術に関すること以外は問題なかった。
人々の暮らしに魔術は根付いている、となると魔術の使えない私が魔術を使うには媒体が必要だった。領地で暮らす魔力が多くない民が使う魔術札や、魔石に魔力を流し込んで魔術を発動する方法だ。
魔力が多いから、媒体に魔力を流して使うことは出来ても自身の力では無理だった。家族は懸命にフォローしてくれたが、駄目だった。魔術が駄目ならとその他の勉強は人一倍頑張ってみたけれど、ロイエンタールの名が邪魔をした。
「ファティマは、頭もいいし、そこら辺の生徒より獣ちゃん達の気持ちが分かるじゃん、サイモンにあんたは勿体ない!」
モモは慰めてくれた。
幼い頃から動物、魔獣達と暮らしていた私は、何となく彼らの心が分かった。それはテイマーの才能の1つと言われていたものだったから、将来はどんな魔獣をテイムするのかなんて家族で楽しみにしてたことを思い出した。けれど、学園に入ってもテイマーの才能の花は咲かなかった。ロイエンタール辺境伯爵家の特徴である灰色の髪もお母様に似た顔も、ロイエンタールである証明のようで気に入っていたけれど、周囲の反応の裏を感じると重い枷のように感じた。
ロイエンタールから逃れたかったのかもしれない。
藍色の瞳は眼鏡で、灰色の髪は編み込みして結って出来るだけ靡かないよう工夫した。
「ファティマ様、灰色の髪で良かったですね、」
ある日、学園のカフェテラスでお茶をしているとそんなことを言われた。言葉の裏には嘲笑が含まれているのに気付いたけど黙っていた。顔半分を大きな瓶底眼鏡で隠しているから表情は悟られまい。
学園の制服を少し着崩して自分のクラスの刺繍ワッペンを胸に付けている。
「どういうことですか?」
直接言ってくる者など居なかったから尋ねただけなのに相手は怯んだように見えた。
しかし、気を取り直したのか腕を組み座っている私を見下ろしてきた。
「言葉の通りよ、あなたの髪の色がもし灰色ではなかったら、ってこと。」
彼女の後ろには同じような嘲笑が似合う令嬢が2人。
「獣医科のカナリア・ショーン子爵令嬢様、シチリア・ガルド男爵令嬢様、タチアナ・ルルド様ですよね」
違う科の人の名前をフルネームで言ってやった。
「どういうことですか?私の髪が灰色ではなかったら、どうなっていたと言うのです?」
立ち上がった身長は私の方が高いから見下ろすようになっていた。令嬢方は驚いて一歩さがった。
「まさか、私が魔術をうまく使えないことやテイマーの才能に恵まれないことで、母の不貞を疑っておられる?だから、私の髪の色は私がロイエンタールの家系である証明になってよろしいですわね、と仰りたい?」
自分のことはいいが、家族のことは悪く言われたくないのです。言った相手は、ここに来て己の発言の影響を悟ったらしい。
「え、あ、あの……、違っ、」
「では、どういう意味で?私の母の前でも同じことが言えますの?そうだわ、今夜、我が辺境伯家にご招待しますから、是非、いらっしゃって母に先程の私への言葉の意味を教えて差し上げて下さい。正式な辺境伯家からの招待状です。受け取らないなんて選択ありえませんよね?」
背筋を伸ばす。カナリア様は真っ青だ。
「何をしてるんだい?」
掛けられたのは、幼馴染みエリックの声。モモが呼びに行ったのだろう。彼は、我が辺境伯家の遠い親戚にあたり、銀髪だ。どうして本家が灰色で、親戚には煌めきがあるのだと幼い頃泣いたな……。
私は、理路整然とカナリア様との会話を説明した。
カナリア様は、エリックの登場に顔色を元に戻したが、まだ早いと思うわよ?
「それは、ちょっと軽率だね、一度、御両親を連れて辺境伯家に弁明と謝罪に来た方がいいな。公明正大な夫妻だから、君の軽率な発言は不問にしてくださるだろうけど、獣医科の教授達は、皆さん、辺境伯夫人のファンだから、これだけ多くの人の前で、夫人の名誉を傷付けたとなれば耳に入るだろうね。私欲で君に何かするとは思わないけれど、ボクは許さないよ。」
カナリア様はへたりこんだ。
「今日は帰って、王都にいる御両親に手紙を書くといい。」
カナリア様はフラフラしながら去っていった。
エリックとモモは、椅子に座る。
「ごめんな、」
苦笑するエリック。
「本当だわ、」
エリックはもてる。将来的には我が領で獣医として働くので令嬢達にとって優良物件だ。ただし、相手はモモであって、私ではない。
その日の放課後、馬車止まりへ向かっているとサイモンが仁王立ちしていた。
「カナリア・ショーン子爵令嬢を苛めたそうだな。」
何を言うやら。
「君が無能だから、夫人の不貞が疑われるんだ。相手を責める前に魔術の一つでも使えるようになれ、本当に君は辺境伯家の恥だな。」
呆然とする私を置いてサイモンは去っていった。制服のポケットを探る。指に当たったモノを引き出した。これは最近流行りの魔道具で王都に出ていた次兄のお土産だ。
周囲の物音を録音出来るらしい。魔力さえ流せば作動するのだから、私にも使える。教師の講義を録音して、後で書き取りするのに使おうと思って持っていた。もちろん、作動を止めてなかったから先程のサイモンの台詞は録音されているだろう。流した魔力によるけど、私なら丸一日大丈夫らしい。
にしても、サイモンの本性だね、これ聞いたら愛妻家のお父様も動いてくれるかな?