後編 4位~1位
続き
第4位、アッシュ・リンクス
『BANANA FISH』(吉田秋生)、漫画
これは所謂るボーイズ・ラブってやつなんでしょうけど、昔はBLなるものの存在自体に気づいていなかったので、ただの友情モノだと思って読んでいました。最初の方は絵がちょっと苦手で……大友克洋って少女漫画も描いてるの?って。アッシュが美少年と言われても……って感じだったのですが、途中で絵が劇的に変わって、なんかめちゃくちゃかっこよくなった。
ニューヨークのストリート・キッズのボスで、美少年で射撃の名手でIQ200の天才だけど、性被害を受けたことで相手の男を撃ち殺し、家出してニューヨークで男娼して、コルシカ・マフィアのボスに見初められ、ストリート・キッズのボスに成り上がったアッシュ・リンクスが、兄の死の原因になった《バナナ・フィッシュ》の謎を追って、大きな陰謀に立ち向かう――という壮大さと、たまたま関わることになった日本人大学生の友情というには濃厚な、恋というには儚い関係。少女漫画ではあまり見ないハードボイルドなストーリー展開に、少女漫画ならではの繊細な心理描写が絡んで、夢中になって読んだのを憶えています。
ゴルツィネのオッサンに反撃していく部分、設定モリモリは無駄ではなかったと思わせるかっこよさ。そしてニューヨークの地下鉄の中で、対立するグループのメンバーを次々と屠りながら、宿敵オーサーとの一騎打ちに向かう場面。圧倒的なカリスマと知恵、容赦しない殺戮を繰り返す冷酷さと、自身の手を見下ろして罪深さに怯える繊細さ。ヒーローのすべてを詰め込んでいるようなアッシュ・リンクス、しかし、ようやく手に入れた平穏な日常の中で訪れる、突然の死。
ハッピーエンド至上主義者としては、物語としては「えええええ?!」って思ったけれど、そんな幕切れもまた相応しい、鮮烈なヒーローでした。
第3位、アシタカ
『もののけ姫』(ジブリ)、アニメ
正直に申し上げると、なぜこれを3位に入れたのか。もはやよく覚えていません。なんでかな?
確かにカッコイイとは思うんですけどね。一族を守るために身に呪いを受け、故郷を離れ、遥か遠い土地を旅する流浪の貴公子。見るからに育ちのよさそうな風貌で、めちゃくちゃ優しそうで、めちゃくちゃ強い。たぶん、すごい美男子設定なんだろう。……どうしても「世界名作劇場」に見えちゃうんだな。もうちょっと劇画調の絵だったら、もっと好きだったと思うのですけど。
初めてこの映画を見た時は、「ナウシカやり直しだな」と。ナウシカって思うに、最初の予定ではアスベルがヒーローだったんでしょうけど、ナウシカがスーパーヒロイン過ぎて、アスベルじゃあ釣り合わなくなっちゃったんだろうなと。アスベル役の声優がアシタカを演じているのも、そのせいだろうと。
故郷を旅立つ時、カヤから黒曜石の小刀を貰うけれど、これは結婚の約束の証で、その小刀をあっさりサンにくれてやるクズ男なところも、クズ男スキーの私の琴線に触れるのかもしれません。
世界観は日本の中世史をものすごく勉強して作られていて、網野ワールド的な、定住民でない者の世界、聖と俗の関係、差別される癩患者たちの存在、などが絶妙にストーリーに絡んで、今の日本とはまるで異なる、「中世の日本」という異世界を描き出しているところもすごいと思う。そしてアシタカ自身はエミシという、中世日本よりもさらに遅れた、古代的な社会から来た貴公子であるところも、日本という国の重層性を象徴しているのかも……と思ったり。ヤマトタケルの逆バージョンのような、古代英雄叙事詩的な、滅びゆく者の美しさがアシタカにはある……ので3位(なのかな?)。
第2位、カイル・ムルシリ
『天は赤い河のほとり』(篠原千絵)、漫画
カイル・ムルシリは紀元前14世紀のヒッタイト帝国の第三皇子。実在のヒッタイト皇帝ムルシリ二世をモデルにしています。エジプトのツタンカーメンとだいたい同じ時代の人ですね。
異世界や過去へのタイムスリップってなろうでもお馴染みですが、紀元前14世紀のヒッタイト、しかも皇子を呪い殺すための生贄として召喚って、すんごいハードモード。しかも主人公のユーリはまだ15歳の中学三年生。これ、なぜかカイル様とキスしたことで、言葉が通じるようになったけれど(なぜキスで言葉が通じるのか、理由の説明は何もない)、そうでなければ言葉もわからない場所で、意味もわからず殺されていたと思うと、少女漫画ハード過ぎ(笑)。そこは皇子であるカイル様に出会い、保護されることで物語が進行するのだけれど。
とにかくこのカイル様は一言で言えばスパダリである。皇子様で、美青年で、金持ちで、権力があって、戦争も強い。しかも魔法まで使える。何しろ紀元前14世紀だから、神官でもある皇子は絶対で、やりたい放題が許されるご身分。ユーリごとき、きっと500人殺しても無罪に違いない。にもかかわらず、カイル様は性格までいいときた!
普通、少女漫画やハーレクイン等、女性向き恋愛小説のスパダリと言えば、傲慢な俺様と相場が決まっている。すべてが高スペックなのに、性格だけは超低スペック。意味不明な理由でヒロインを虐待し、それを「幼少期の不幸な生い立ち」や「不器用」の言い訳で誤魔化し、結局ヒロインがやはり意味不明な理由でヒーローの横暴を許す……みたいなのが多過ぎる。「不器用っすから」で許されるのは高倉健だけだ!
この物語において、むしろむやみに暴れているのは、主人公のユーリである。大人しくしとけ、というカイル様の言いつけを破って飛び出し、殺されそうになる。日本に帰れる最後のチャンスも自分から潰す。カイル様は、そんな猪突猛進できかん気なユーリを宥め、窘め、振り回され、あくまでユーリを守り、ユーリを愛しながらも、日本に帰りたいというユーリに協力してくれる。欠点があるとすれば、浮気者のプレーボーイで、次から次へと昔の女が出てくることくらいだけど、スパダリの上に性格までいいんだから、モテるのも当然だ。紀元前14世紀に、他に娯楽もないだろうし。皇帝になってユーリと本当に結ばれていからは、文字通りユーリ一筋。
……書けば書くほど、「こんな男、この世にいねぇよ!」みたいな、史上最強のスパダリなのです。
第1位、漢宣帝(劉詢)
『小説十八史略』(陳舜臣)/漢書(班固)、小説・歴史書
漢の宣帝の生涯、一言で言えば「事実は小説より奇なり」。私はこの人に関しては、小学生のころ、まだ漢文が全く読めない時に陳舜臣の小説で読んだのが最初なので、それも加えましたが、基本的な人物像はその後、班固の『漢書』より得たものです。若い頃の(即位前の)宣帝を題材にした漫画もあるようですが、生憎、未見です。宣帝の生涯そのものが強烈過ぎて、小説にしにくいのか。……あっても読まないかもしれませんが。
宣帝は、皇太子の孫、という直系の皇族に生まれながら、生後数か月で皇太子の一族が皆殺しになり、お情けで命を助けられて、その後は宦官たちの庇護に頼って育つ。皇太子の冤罪は晴れ、皇族の籍には入れてもらえましたが、身分は平民のままでした。
18歳の時、当時の皇帝・昭帝が突然死亡し、その甥・昌邑王劉賀が即位します。これがとんでもない素行不良で、道中、そのへんのかわい子ちゃんを無理矢理攫ってきたりとか、無茶苦茶しよる。皇帝だからって、何でも許されるわけじゃあないので、即刻、皇帝を廃位されてしまう。が、そうなると他に跡継ぎもおらず、民間にいた先帝のひ孫、つまり宣帝が即位するはめになります。
死んだ皇帝21歳、不良廃帝18歳、宣帝18歳、そしてその廃立劇の矢面に立った皇太后は、なんと15歳でした。もちろん、バックには黒幕として権臣の霍光がいて、宣帝は数年、霍光の傀儡として隠忍自重の日々を送ります。
18歳の宣帝は、すでに妻子持ちで、妻は宦官・許広漢の娘、許平君。しかし、廷臣は霍光の末娘を皇后に迎えよと宣帝に迫ります。
「市井に暮らした時に愛用していた、古い剣を探して欲しい」
宣帝のこの発言に霍光が折れて、許平君が皇后に立てられました。どうしても娘を皇后にしたい霍光の妻が、皇后・許平君を毒殺。この時、宣帝は21歳でした。犯人はわかっているのに、力のない彼には処罰することができない。翌年には、霍光の娘、霍成君を皇后として迎えますが、宣帝は表向き、新しい皇后に夢中なフリを装い、霍氏を油断させ、ひたすら時を待ちます。――彼が待ったのは、権臣・霍光の死。
二年後、霍光が死んで、24歳の宣帝は親政を開始します。そして徐々に霍氏一族を追い詰め、とうとう、霍氏を謀反の疑いで誅殺、霍皇后も廃位し、妻の復讐を成し遂げる。宣帝26歳。
政変と運命に翻弄され、運命の変転で皇帝に祭り上げられた青年は、権力者の身勝手によって妻を殺されてしまう。機会をうかがいながら権力を手に入れ、妻の復讐を目指す――。こんな小説をもし書いたら、「嘘くさ過ぎる」「リアリティがない」とか言われてしまいそうな、なんともダークで、嘘みたいな人生です。
で、なぜ彼が一位なのか、と言えば、私が卒業論文で前漢の宣帝時代を中心に扱ったからかもしれません。ある意味、人生を変えたヒーローであるから(論文に宣帝自身はほぼ登場しないけど)、ですね。
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さて、このようにダラダラと書いてきたわけですが、改めてラインナップを眺めると、
1、歴史モノが多い。
2、オッサンが多い。
3、漢と漢の友情・主従萌え。
4、とりあえず「漢」が好きらしい。いろんな意味で。
という謎の性癖が垣間見えることに。
歴史モノは好きで、中国古代、とくに「漢」が好きなんですが、小説としてほとんど読みません。たまたま読んだのが、「『史記』『漢書』そのままやんけ!」みたいなのだったせいでしょうか。
私が歴史小説をあまり読まないのも、たぶん、「現実の方がすごすぎる」から。現実のすごさを超える想像力に、なかなか出会えない。
歴史考証はこの際、どうでもよくて、「過去」という異世界に運んでくれる、そういう小説が好きなんですね。タイム・スリップ、転生、別に構わないのですが、「なろう」の歴史ジャンルは、現代知識を使って歴史を改変する方向に想像力を発揮したがる小説が多くて、個人的にそれはいらないわ、と思うのです。
歴史を変えて欲しいわけではないのです。むしろ歴史の荒波になすすべもなく飲み込まれて欲しい。そして史料ではわからない、歴史の裏側を見てきたように描く、そっちの方向に想像力を働かせてもらいたい。
今回、企画の趣旨とは合わないヒーローを出してしまったかも……とちょっと反省しましたが、自分の推しヒーローは誰か、今まで考えてもみなかったので、こういう機会を与えてくださった、なまこ様には感謝です。ありがとうございました。
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1、漢宣帝(劉詢)、小説十八史略(陳舜臣)/漢書(班固)、小説・歴史書
2、カイル・ムルシリ、天は赤い河のほとり(篠原千絵)、漫画
3、アシタカ、もののけ姫(ジブリ)、アニメ
4、アッシュ・リンクス、BANANA FISH(吉田秋生)、漫画
5、班超、後漢書(范曄)、歴史書
6、ランバ・ラル、機動戦士ガンダム ジ・オリジン(安彦良和)、漫画
7、イオレク・バーニソン、黄金の羅針盤(フィリップ・プルマン)、小説
8、ディー判事(狄仁桀)、ディー判事シリーズ(ロバート・ファン・ヒューリック)、小説
9、ラザラス(ギマール・ド・マサール)、修道士カドフェルシリーズ 死を呼ぶ婚礼(エリス・ピーターズ)、小説
10、荊軻、史記・刺客列伝(司馬遷)、歴史書
ありがとうございましたm(__)m