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前編 10位~5位

10位荊軻 9位ラザラス 8位ディー判事 7位シロクマ 6位ランバ・ラル 5位班超

 ヒーローランキング。

 

 本来は実在人物は不可でしたが、いろいろ質問していると、歴史書でもいいよ、となまこ様が言ってくださったので(うざくてごめんなさい)、お言葉に甘えることにしました。


 自分の選んだヒーローのラインナップを見て、基本的には「漢」が好きなんだなと。

 歴史では「漢」帝国が好き。漢字が好き。天の川は、古典だと「天漢」と言うし。

 何より「漢」と書いて「オトコ」。「好漢」(ハオハン)とか「悪漢」とか、「漢奸」、なんて言葉もありますねー。……というわけで、かなりの割合が歴史上の中国人で占められていますが、それ以外もそこそこおります。

 前回の、「ヒロインランキング」を知らなかったので、今、慌ててリサーチしたけれど、人それぞれみたいなので、私は10位から行くことにします。


**********


第10位。荊軻けいか

『史記』刺客列伝(司馬遷)、歴史書


 いきなり実在人物かよ! って怒られそうですけど、『史記』の荊軻の伝、たぶん、漢代に演じられた劇か講談か、とにかく物語的に脚色されたものを、司馬遷が採録していると思われますので、ここで挙げても問題ないかなと。漢代の画像石にも描かれ、当時、盛んに演じられていたようです。日本で言えば、歌舞伎の『忠臣蔵』みたいなもの。だから荊軻や、荊軻を始皇帝暗殺に駆り立てた人々は、いわばドラマの中の人物(キャラクター)と言っていいと思います。


 刺客列伝の荊軻。有名な、始皇帝暗殺の場面。

 燕国の使者荊軻が秦王の暗殺を試みて失敗した実際の事件を元にしていますが、登場人物がとにかく死にます。しかも自刎(じふん)

 まず、秦に送る刺客として荊軻を推挙した田光(でんこう)先生。燕国の太子旦に、「くれぐれも他言は無用」って言われただけで、荊軻に、「光は既に死んだ。秘密は守られると伝えてくれ」と言って、自刎。

 ここまでされてしまえば、荊軻は暗殺を引き受けるしかありません。秦王に近づくためには、手土産として、秦からの亡命者である樊於期(はんおき)将軍の首が必要だと思い、なんと将軍本人に言いに行く。話を聞いた樊於期将軍、「それこそ私の望むことだ!」と言い、自ら首を掻っ切って死ぬ。

 出発前に早くも犠牲者二人。いずれも自刎。


 樊於期将軍の首を箱詰めにして、督亢(とくこう)の地図に匕首(あいくち)を隠し、太子旦は燕国一の勇士で、十三歳で人を殺した秦舞陽(しんぶよう)という男を副使に任じますが、荊軻は信頼する友人が来るのを待つと言い、一向に秦国に向かいません。焦れた太子が秦舞陽を先に派遣しようと言えば、荊軻は怒って、友を待たずに出発を決めます。事情を知る者は皆、喪服である白い衣冠で見送り、友人の高漸離(こうぜんり)(ちく)(楽器)を撃って歌い、別れを惜しみます。


 「風 蕭蕭(しょうしょう)として易水(えきすい)寒し。壮士一たび去りて、復た還らず」


 哀愁を帯びた筑の音色と、物悲しい男たちの歌。易水は河北省保定市、つまり北京の南方を流れる川です。陰鬱な北国の空、まるで挽歌のように、悲痛な歌が響きます。

 秦の攻勢に追い詰められた燕国。何もしなければ滅びるしかなく、起死回生の策としての、秦王暗殺。たとえ無事に成し遂げても、実行犯の荊軻の命はない。それは死出の旅路でした。

 

 結果として、荊軻の刃は秦王に迫り、あと一歩のところまで追い詰めるものの、命を奪うことはできません。燕国一の勇士として副使に加えられた秦舞陽、土壇場で怖気づき、役に立たなかったのです。震え蹲るだけの秦舞陽が、画像石にも描かれています。彼が荊軻とともに秦王を追い詰めていれば。荊軻が信じ、待っていた者が間に合っていたならば、あるいは――。

 

 当然ながら荊軻も秦舞陽も、太子旦も殺されて燕国は滅び、高漸離は鉛を仕込んだ筑で、始皇帝を殺そうとして失敗し、殺されます。

 登場する人すべてが、破滅に向かって全速力で駆け抜け、そして命懸けの目的は果たせず、天下は秦に飲み込まれていく。壮士、荊軻は男の意地と滅びの美学を背負い、二度と戻らぬ旅の末に、始皇帝の前で犬死に。しかも、結果的に燕国の滅亡を早めたかもしれない。絶望に抗いながらも、時代の流れに押し潰された、破滅的で血まみれのヒーローです。 

 



第九位、ラザラス(ギマール・ド・マサール)

修道士カドフェルシリーズ 『死を呼ぶ婚礼』(エリス・ピーターズ)、小説


 エリス・ピーターズの修道士カドフェル・シリーズは、12世紀のイングランドを舞台に、十字軍帰りのオッサン修道士、カドフェルが豊富な経験と薬知識をもとに事件を解決する推理小説シリーズ。ドラマではデレク・ジャコビが演じていましたが、そもそもテレビを持っていない時期が長く、未見です。

 オッサン修道士のカドフェルもいいんですが、このシリーズで一番、鮮烈な印象を受けたのは、5巻の『死を呼ぶ婚礼』(新しい版では『死への婚礼』になっているかも)に登場した、老いた(らい)患者で巡礼者の、ラザラスです。

 

 癩、というのは日本では何かと差しさわりがあるのか、もともと原題はThe Leper Of Saint Giles(セント・ジャイルズの癩患者)だったのを、邦訳する際に改めています。訳語でも常にハンセン病とされているんですが、らい菌の発見はwikiによれば1873年だそうですから、12世紀イングランドでハンセン病はなかろうよ、と思うのですけど、いろいろ面倒くさい問題があるのでしょう。


 超ネタバレになっちゃうけれど、この老いた癩患者、実は聖地で死んだとされる十字軍の英雄、ギマール・ド・マサールその人でした。彼は癩病を患ったことを隠し、故郷には死んだとして、聖地で療養しますが、その後、故郷の家族を思い、密かに故郷に戻ってくる。身分を隠し、忌み嫌われる巡礼者となって。そこで彼は、ただ一人残った孫娘が狡猾な後見人に財産を奪われ、虐待に近い扱いを受けて不幸な結婚を強いられていると知り、復讐を果たし、孫娘の幸せな未来を確信して、人知れず去っていく――。


 癩にかかり、名誉も全て奪われた悲劇。にもかかわらず、常に高潔であり、そして騎士であり続けたラザラス。崩れた容貌を隠すための頭巾の下には、中世の騎士の美学と黒々とした中世の深い闇が広がっている。そんな老人ヒーローでした。


 

第8位 ディー判事(狄仁桀(てきじんけつ)

ディー判事シリーズ(ロバート・ファン・ヒューリック)、小説

 

 作者のファン・ヒューリックはオランダ人外交官で、東洋学者です。戦前、日本にも赴任して、江戸川乱歩らとも交流がありました。

 ディー判事シリーズとは、唐代の実在人物、狄仁桀を探偵役とした推理小説シリーズ。狄仁桀は特に唐の女帝・則天武后の信任厚い辣腕の宰相ですが、物語はその(比較的)若い頃、まだ駆け出しの県令を務めていた時代を舞台にしています。中国では地方官が裁判権を持っていたので、狄(Di)判事、というわけです。実在の人物ですが、小説は、中国の『狄公案』などの公案小説をもとにした、フィクションです。全編、ファン・ヒューリック自身が描いたエロい挿絵付き。


 作者のファン・ヒューリックがかっこよすぎて目が眩みそうですが、ディー判事もなかなかです。立派な髭に、奥さんは三人。先祖代々の「雨龍」という名剣を佩刀し、馬栄(マーロン)喬泰(チャオタイ)という二人の、山賊上がりの腕っぷしの目っぽう強い家来を従え、時には身分をやつし、時には自ら剣を振るって、王朝に巣食う悪を暴いていきます。この性格が正反対の子分二人や、スリ上がりでこすっからい陶侃タオガンら、個性あふれる配下の者たちと、ディー判事の交流がいい味です。部下が個性的というのは、わたしの萌えポイントの一つかもしれません。

 ディー判事の舞台は唐代、ってことになっているけど、挿絵その他から窺われる時代の雰囲気が、まるっきり明代で、だから犯人はたいてい変態です。……たぶんですが、基づいている公案小説が明代のものだからでしょうね。ファン・ヒューリックは、清は女真族だから正統な中国じゃないと否定しますが、明は爛熟(らんじゅく)と言うよりは、要するに変態の時代だから。あ、でもエロいと思って読むとがっかりすると思います。「なろう」に十分、掲載可能な程度です。


 ちなみに、「ディー判事シリーズを元にした」と銘打っている映画「王朝の陰謀:判事ディーと人体発火怪事件」は、たぶん、「ディー判事」が主役、ってことしか合ってないから。この映画を見て、「へー、こういう小説なんだ」と思わないように。



第7位、イオレク・バーニソン

ライラの冒険シリーズ『黄金の羅針盤』(フィリップ・プルマン)、小説


 イギリス児童文学で映画化もされたけど、北米のキリスト教団体からの反対もあって続編がぽしゃったライラの冒険シリーズ。我々の世界によく似た、でも人が「ダイモン」と呼ばれる分身を持つ異世界を舞台にし、様々な異世界を股にかける物語。第二作目の『神秘の探検』からは、我々の世界のイギリス出身のウィルという少年が、言わばヒーローとして登場しますが、第一作目の『黄金の羅針盤』のヒーローは、間違いなくイオレク・バーニソンであり、作品全体を通しても、一番男らしいというか、かっこいいキャラクターだと思う。……シロクマだけど。

 イオレク・バーニソンはパンサー・ビョルネ(ホッキョクグマ)とも呼ばれる「鎧グマ」の王になるはずだったのに、嵌められて追放され、さらに人間に騙されて魂とも言うべき鎧を奪われ、酒浸りになっていた、……シロクマです。優れた金属加工技術を持つのだそうです。シロクマだけど。


 ライラの助けでボロボロの鎧を取り戻し、王位を奪還するために、偽の王・イオファー・ラクニソンとの戦いに向かうイオレク・バーニソンのかっこよさ! シロクマだけど!

 映画も、19世紀末から20世紀初頭の雰囲気に、謎の機械文明が発展した異世界で、映像は素敵でした。スチームパンクってのとは、ちょっと違う? 雪原を走る鎧をつけたシロクマ、私も乗りたい。シロクマ好きの方は是非!


 

第6位、ランバ・ラル

『機動戦士ガンダム ジ・オリジン』(安彦良和)、漫画


 ガンダムは子供のころ、いつも夕方の再放送を見ていました。「ガンダム」と「トムとジェリー」、「一休さん」のヘビーローテーション。もう何度目だよ、またコレ?、みたいな。

 ガンダム、敵の方がいい人が多いと子供心にも思っていました。どう考えても、上官にするならブライトよりランバ・ラルでしょ、って。まあ、ランバ・ラルについては私が語るまでもないと思うので、手短に。


 あえて漫画を選んだのは、やはり過去篇含めての、ランバ・ラルとその部下たちが本当にカッコイイと思うから。ランバ・ラルの不遇時代から支え合った男同士の繋がり、部下それぞれの個性。それらを踏まえた上で、アニメ版の特攻シーンを見るとさらにグッとくるというか。

 部下のクランプがホワイト・ベースに子供がいるのを見つけ、驚いて避難させるアニメのシーン、すごく印象的な場面ですが、彼が戦争に行かない時は、ハモンの店でずっとバーテンしていた、そういうキャラクターそれぞれの人生が背後にある、まさに、宇宙世紀の「歴史」を描いている部分で、ガンダムは名作であるなと、改めて思うのです。




第5位、班超(はんちょう)

『後漢書』(范曄)、歴史書


 たしか井上靖の「異域の人」っていう短編が、班超を扱っていたと思うのですが、今、それがどこにあるかわらず確かめられません。でも、私が班超がまさしく「(オトコ)の中の漢」であると気づいたのは、上の小説でなくて、『後漢書』を読み返していたときです。だからここに加えるのはあんまり相応しくないかもしれないのですが、これを英雄(ヒーロー)と言わずして誰を言うかと。


 班超はもともと学者一家の出です。兄・班固は、言わずとも知られた『漢書』の作者。彼も若い時は書物を読み漁り、官のアルバイトで写字生をしていた、文系人間でした。しかし、隠されていた体育会系の能力が、匈奴(きょうど)との戦いで開花。見どころがあると、彼は三十六人の部下を付けられて、西域への使者に送られます。

 

 場所は長安を去ること六千里の彼方、鄯善ゼンゼン国。かつて楼蘭(ローラン)と呼ばれた国です。班超ら一行は、鄯善王から歓待を受けますが、その後、突然、素っ気なくなります。どうも、匈奴からも使者が来て、鄯善王は匈奴に寝返るつもりのようです。

 班超は、部下の三十六人を集めました。


「どうやら、鄯善王は俺たち漢の使者を手土産に、匈奴に寝返るようだ。匈奴なんかに連れて行かれてみろ、いずれ狼の餌にされてしまうぞ。虎穴に入らずんば、虎子を得ず! 匈奴の使者は俺たちの人数を知らない、火攻めにして脅して、皆殺しにしてしまえ!」


 折からの大風に、太鼓をたたいて人数を多く見せかけ、「火事だ!」と叫んで、匈奴の使者が慌てて出てきたところに火を放ち、百三十人以上を殺戮。翌朝、鄯善王に匈奴の使者の首を見せれば、鄯善一国は恐怖して、王子を人質に差し出し、漢に忠誠を誓いました。

 

 この大功に、当時の明帝は歓び、さらに兵を増員しようとします。しかし、班超は、


「もともといた三十数人で十分です」


と、なんと増援を断り、その三十六人で西域諸国をめぐって、漢の支配下に入れていくのです。三十六人って、乃木坂なんちゃらよりも少ない人数で、屈強過ぎるでしょ。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず」――危険を冒さなければ、大きなリターンは得られない。現代でもよく使われる言葉ですが、三十六人で匈奴の使者を全滅させ、さらに鄯善一国を掌握しようぜ、ってのは、虎穴よりもよっぽど危険じゃなねーか! 喩えの方が現実より温いという、絶望的な状況下で、絶望をひっくり返して鄯善国まるごと手に入れた班超と、その配下たち。熱い信義と忠誠に結ばれた、男と男。これぞ男のロマン。きっととても汗臭くて、筋肉ムキムキで、砂漠だからジャリジャリするに違いない。でも好き。


 もっとも、最後まで三十六人だったわけではもちろんなく、後に班超は西域都護となり、長く西域経営の要として、三十年以上、西の絶域に暮らします。妹・班昭の懇願によって洛陽に戻って一月後、七十一歳で逝去。班超のいなくなった後漢は、瞬く間に西域をも失うのです。

 班超とは、西域を支えた「漢の中の漢」、だったのです。


 


長くなったので、ここで切ります~

興味のない人はここで読むのをやめられるという、親切仕様。


ひとまず切ります

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