或る路地裏での物語
夜の路地裏。
人工灯はなく、時折雲間から覗く細い月明かりだけが辺りに色を与える。
色といっても色彩はなく、味気ないセピア色なのだが、私にはこの時間が一番愛おしいと感じる。
すぐ両脇に立ち並ぶ、埃と油まみれの雑居ビルの肌を撫で夢想する。
あまりにも情報の多いこの社会。コンピューターもろくに使えない私のようなアナログ人間には、とかく生きづらい世界。
嗚呼、神よ。と心の中で手を合わせる。
なぜ故、わたくしめをこの時代に産み落としたのだと。
「そりゃあ、お前のおとーさんとおかーさんが、交尾をしたからだろう」
目を開くと、数メートル先に人影。
月明かりを背にしているため、その顔を拝むことはできないが、ガタイの良い背格好、野太い声質から成人男性と判別できる。
「なあ、あんた」
言葉を投げかけられる。
その言葉が自分に向けられたものだと判断するのに数秒時間を有した。
男は無視されていると思ったのだろう、苛立たしい、と舌打ちをした。
「自分が置かれている状況が分かっているのか? こんな夜更けの路地裏に男と女。ヤることはひとつ。わかるよなあ」
にちゃり、とその口角が耳まで伸びる。
わかっているさ、と私はため息交じりに答えた。
男は不気味な笑みと上気した息を吐きながらこちらへ近づいてくる。
嗚呼、神よ。と私は目を閉じ心の中で再び手を合わせた。
今日という日は何ていい日なのだろう。何という巡り合わせ。何という運命。これで、この男で三人目だ。
両目を開き、目の前の男を見据える。セピア色の世界にその男は赤黒いシルエットとして映っていた。
「お前の魂は、何色だ?」