貴方のせいですよ~っ!
一回目の対戦が終わったあと、みんなで祝杯を上げたりしたので、帰ってくるのが遅くなり、更に睡眠時間を削られた紬だったが、みんなの嬉しそうな顔……いや、全部同じ顔なんだが……を思い出しながら、昼休みもひとり教室で、チクチク、人形の胴体を作っていた。
すると、誰かが上から覗き込み、言ってくる。
「へー、一ノ瀬。
そんなことしたりするんだ?
やりそうにないのになあ」
……誰だ。
微妙に毒をかましてくるのは、と思って、チラと顔を上げると、同じクラスの沢良木春馬だった。
「いや、ちょっと予備のボディを」
と思わず言ってしまい、
「予備のボディ?」
と訊き返される。
「中学時代は手芸部だったの」
と言うと、へー、意外とまた言われてしまう。
そのまま何故か、春馬は沈黙している。
どうした? と思って顔を上げたが、なにも言わない。
なんだろうな、と思いながら、またややこしいところを縫い始めたとき、春馬が言ってきた。
「いや……実は、俺、お前のことが好きなんだけど。
その、よかったら、俺と付き合ってくれないか?」
「いや、それが夕べ、王子に求婚されたところで――」
「……大丈夫か? 一ノ瀬」
そう春馬に言われて、ようやく今の会話を頭の中で繰り返し、顔を上げた。
ああ……しまった。
眠くてよくわからないことを口走ってしまった……と思ったときには遅かった。
「なんてことしてくれたんです」
夜、向こうの世界に行った紬は、例の木の下で、続きを縫いながら、横にちょこんと座る王子に愚痴る。
「学校一のイケメンで大人気の沢良木春馬は私の返事も聞かずに、じゃあな、と行ってしまいましたよ」
昨日、貴方がおかしなことを言ったからですよ、と文句をたれた。
昨日の対戦のあと、王子が言ってきたのだ。
「今日の戦で、紬の功績に目をつけた国も数多くあるようだ。
紬、我が軍の専属人形師になるのだ」
「嫌です」
あっさり断ると、王子は小首を傾げ、……いや、いつも傾げているが、
「では、私と結婚しろ。
身内なら、誰にも取られることはあるまい」
とロクでもないことを言ってくる。
「嫌です」
王子は一瞬、言葉の意味がわからないようだった。
「この私がプロポーズしているのだぞ」
「どの私だか知りませんが、結構です」
「おのれ、私がこのような姿だから莫迦にしておるのだなっ。
ああ、今、元の姿に戻れたらっ」
と王子は笑ったまま、苦悩している……らしい。
ただ、笏を持った手で頭を抱え、フラフラしているようにしか見えないのだが……。
「おのれっ」
と叫んで、王子はテントを走り出ていった。
ああっ、王子っ、と呼んだが、将軍は、
「すぐに帰ってきますよ」
と駄々をこねた子どもが飛び出していったときのような口調で笑って言ってくる。
別に本気にしたわけではないのだが、眠い頭で、そのときのプロポーズを思い出して、春馬にそんなこと言ってしまったのだ。
「あ~あ、すごい人気者なんですよ、沢良木って」
と言うと、
「でも、お前はそいつを好きなわけじゃないんだろう?」
と王子は言う。
うっ。
確かにっ。
今は沢良木とデートするより、此処でこうしてる方が楽しいかな。
王子、飽きないし、と思いながら、縫っていたのだが、そのうち、眠くなってきた。
「紬……?
おい、紬?」
と王子の声が聞こえてくる。
「誰か。
紬が眠ってしまったぞ」
「運びましょうか。
うっ、抱えられないっ」
私はガリバーか。
ちまちま人形たちが集まってくる気配を感じながら、紬は思う。
「……よい。
私が側についていよう」
そう王子が言ったようだった。
ちんまりとなにかが脚に当たる。
王子が脚に背を預けて座っているようだった。
小さな塊だが、温かい。
フェルトだから温かいというわけではないんだろうな、とさわさわと頭の上で葉の揺れる音を聞きながら、紬は眠りに落ちていった。
なんか……落ち着くな、と思いながら。