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押入れから、王子と名乗る人が出てきました

 



 勉強し始めると眠くなるのはなんでだろうな。


 高校に入ったばかりの一ノ瀬紬いちのせ つむぎは、始めて五分と経っていないのに強烈な眠気に襲われていた。


 よし、これ以上やっても駄目だ、と即効、結論づける。


 朝起きてやーろうっと、と思いながら、目覚ましもかけずに寝ようとしたとき、それは居た。


 いつの間にか開いていた押入れの前に、首の傾いたお内裏様が立っている。


 お内裏様というのは、本当は男女一対でお内裏様というので、男雛をお内裏様と呼ぶのは間違っているらしい。


 が、今、間違っているのは、そこではない。


 しゃくを手にした首の傾いたお内裏様がそこに立っていることが、間違いだ。


 そのお内裏様は、フェルトの人形だった。


 最近の、羊毛フェルトをぶすぶすニードルで刺して作る、ほわほわの奴ではない。


 カラフルなフェルト生地を縫い合わせて立体にしてある昔ながらのフェルトの人形だ。


 その人形は歪んだ形に笑っている口を動かさないまま言い出した。


「此処に美佐江みさえという名の、人の命を救う、優れた人形師が居ると聞いたが、お前か」


 ビーズを縫い付けた目で、口許も斜めになっているのに、声だけイケメン声だな、と思いながら、ぼんやり眺めていると、それは、ちょこちょこ歩いて紬の足許までやってきた。


「あのー、誰に聞いたんですか。

 美佐江おばあちゃんが作っているのは、交通安全の人形ですが。


 警察から頼まれて、婦人会や老人会で作ってる」


 これですよ、と自分も持っている和紙で作られた姉様人形のようなものを見せる。


 お腹の辺りから、どどん、と交通安全という垂れ幕のようなものを下げている和紙の人形だ。


「なにっ。

 しかし、先鋒隊の兵士が聞いてきたのだ。


 お前の祖母の人形に命を救われたというものが数多く居ると!」


「何処で聞いて来たんですか、それ」


 どうやら、デイサービスの施設や碁会所で聞いてきたらしい。


 ……交通事故に遭いかけたときに、持ってた人が何人か居たんだろうな、たまたま。


 お年寄りがよろよろゴン、とよく農協の朝市でぶつけているが、あんな感じだろうかな。


 はなから、大事故には、なりそうにない感じだ。


 人形のご利益かはわからない。


「ともかく、お帰りください」

と微妙に首の傾いたお内裏様に頭を下げてみたが、お内裏様は言ってくる。


「もう無理だ。

 私の身体はこの人形に入って出られなくなっている。


 余程、相性がいいのであろうな。


 まあ……事故に遭わない人形なら、流れ弾にも当たらぬやもしれぬな」

と言ってくる。


 いや、だから事故に遭わない人形は、おばあちゃんの人形で、それは私が中学のとき、学園祭で提出するために突貫工事で作った奴なんですが。


「ともかく、お前、ついて来い」

「は?」


 首の曲がったお内裏様は振り返り、

「この状態では戦えぬ」

と押入れを見た。


「見ろ。

 他の連中はあの状態だ」


 半分開いた押入れから、大量の人形の首がゴロゴロ、生首状態で転がってきた。


 自分が作ったものなのに、ひーっ、と思い、思わず、お内裏様の陰に隠れようとしたが、隠れられなかった。


 小さすぎたからだ。


 だが、何者なのかわからないがこのお内裏様。


 とてつもなく偉そうだ、と思っていると、


「何故、あれは生首だけなのだ、職人」

とお内裏様は訊いてきた。


「いや、あれ、雛人形七段飾りを作るつもりだったんですよね」

と紬は呟く。


 中学のとき、手芸部だったのだ。


 文化祭には間に合わず、作りかけの首だけが、ゴロゴロ残った。


 髪も顔もついてないのもたくさんある。


 今、その首が一個ずつ、動いては、転がる。


「お、王子……。

 これでは転がることしか出来ません」

と口のある首が訴えていた。


 それはそうだろうな。


 っていうか、このお内裏様は王子なのか、と思っていると、王子は言ってきた。


「おい、お前。

 人形を作る道具とこいつらを持って私について来い」


「えー」

と不満の声を上げたが、


「やらぬのなら、これで刺すぞ」

と縫いかけの首についていた糸のついたままの針を人形の手でつかみ、チクチク足の甲を刺してくる。


 うわー、地味に嫌な攻撃だな。


「わかりました。

 ついて行きますよ~」


 どうせ、夢だろうしな、と思い、その首の詰まった袋と針と糸を持って、お内裏様の後をついて、押し入れの中に入っていった。



 




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