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5 推しに課金した結果がこれだよ!

「何日も掛かるようでしたら、お目覚めになっていただければよいのですわ、バルトグレイル様」

 すると、アルデレールがそう言って目を細め、口の端を僅かに吊り上げた。放たれた言葉は結構えげつないけれど、笑顔はとても素敵だ。この笑顔は私には刺激が強すぎる。だが、我が兄バルトグレイルはそれを当然のように受け止めて、何かいけないことを思いついた悪戯っ子のように、にやりと笑った。

「その通りですね」

 それでこそ私の推しカプ。結婚しろ。あ、結婚していたわ。じゃあ末永く爆発して欲しい。

 というか常々思っていたのだけれど、結構ごっついイケメンが、この国で使われている言語で丁寧なですます調の言葉を使っているということは、奇跡だ。訊けば、兄嫁に対してもこのような言葉遣いで接しているらしい。ふとした拍子に素の雄々しい言葉遣いがポロリするとかいうのはなかったみたいだ……というか、丁寧なのが素である。私の前で脱力している時だって、そんな感じだ。前世で読んでいた創作物では、親しくなった途端に口調を崩すヒーローが多くて、ちょっと残念に思っていたけれども……育ちが丁寧だと言葉遣いもこういう風になるのか、という実例がここにいた。父や母を中心にして今後の方針を話し合う中、鉄壁の貴族笑顔を顔面に貼りつけた私の頭の中で、性癖がギュインギュイン音を立てて反応している。しかし、兄と兄嫁がこうして並んでいるさまは何にも勝る尊き光景……さながら、兄嫁は熱帯の湿原を渡る涼しげな風と空の深さを静かに映が水の面。愛の熱に浮かされそうなライマーニの気候において、ひやりと冷たい全てを受けて強く咲き誇り地に根を張る、美しく可憐な花こそ我が兄。はあ、尊い。今日も推しが尊い。

「――イリスフロラもその方向性で宜しいですか?」

「聴いちゃいなかったな、イリス」

 いかん、笑顔鉄面皮のまま心がどっかへ飛んでいた。ギロゴがケロケロと笑っている。兄がちょっと顔をしかめたのが見えた。

「ええ、お兄様」

「そうしたら、後のアイデルの若君の世話は頼みましたよ。あなたであれば歳も同じですし、大丈夫でしょう」

 何だって?

「……わたくしに務まるかは不安ですが、精一杯努力致しますわ」

 考えるより先に私の舌が回り、言葉が口をついて出た。

「凄い取り繕い方だな、後で苦労するぜ」

 とは、ギロゴのコメントである。ええいわかっておるわい。後でどうにかするのが私流だ。

「何かあったら、両親に代わって私も手伝いますので、遠慮なく声を掛けてください、イリスフロラ」

「ありがとうございます、お兄様。困ったら真っ先にご相談致します」

 ああ、いい笑顔だ。じゃなくて、考えなきゃいけないのか。どうしろというのだ。

 私に嫌悪の視線を向けてきたエリアーシュを、どうしろというのだ。私だって、美形だから何でもいいっていうわけじゃない。しかし、どうにかご機嫌取りをして持ち直して貰わなければなるまい。兄でもいいのではないかと思ったけれど、兄は父について領地経営を行っているだけで最早手一杯である……やることが多いのだ、主に私の生み出した利益の処理……というか、尻拭いで。

 私がやるしかない案件の爆誕である。

「わたくしも協力致しますわ、いつもあなたには良くして頂いているもの」

「ありがとうございます、お姉様。頼りにしておりますわ」

 ああ、いい笑顔だ。やる気が湧いてきた。推しに課金する為に頑張ろう。我ながら単純だけれどこんなもんだ。現実でガンガン経済を回してジャブジャブ推しに貢ぎ、感謝と笑顔を報酬として贈られる。何たる尊さか。背中がガバっと空いていてスリットの深い蒼のドレスを贈るのだ、兄の目の保養とアルデレールの為に。自己満足でもいい。出来るだけアルデレールの好みに沿えるように、彼女とは必ず相談するつもりだ。

「それでは、わたくしは先に色々片付けて参りますわ」

 私は席を立った。そうと決まれば早速行動である。ギロゴの籠を引っ掴んで持って行くのも忘れない。

「行きますわよ、相棒殿下」

「そうこなくっちゃな」


 エイサル湿原やイブルアーム沼地に建設される建築物は、ヴェネツィアの建築の土台に似ている。ぬかるんだ地面に木の杭を無数に埋めて、その上に石材を基礎として置く。そして、その上に建てる家や砦には、建材として丈夫且つ湿気に強いイヴェルタ檜の材木を使用するのだ。砂漠に近いバルタール領の南西部にはイヴェルタ山地が存在しており、元々はそこに自生していたらしい。それに目をつけて増やし始めたのが三代ほど前のアイデル辺境伯だとか。我がハンセルの三代前は、なけなしの金をアイデル辺境伯に出資して、湿原や沼に中継地点を作り、人が行き来しやすいようにして、領地を豊かにするべく努力していた。

 砦は、金属を使わず、イヴェルタ檜のみで組み上げられた丈夫な木造建築だ。どっしりと温かみのある淡褐色、削り上げられて芳香を漂わせる黄色みがかった美しい木目。裸足で触れる床は冷たく、心地好い。

 八十年前にサルディーア王国に併合されたライマーニだが、文化は色濃く生き残っている。ライマーニの住宅や砦においては、土足は厳禁だ。建物の入り口……つまり玄関の床は建材の基礎となる石のみで、そこに靴箱が設置されている。そこで靴を脱ぎ、敷物の上に避難して靴を仕舞ってから、私の中指から手首までの高さがある一段……木の床に上がる。上がり框というやつがこっちの世界にもあるのだ。日本の玄関とちょっと似ている。

 木製の扉と枠だけの窓の外に広がるのは、夜のエイサル湿原。星々の光が水辺に落ち、夜行性の昆虫を呼び寄せるシャクリアの花がほのかに燐光を放っていて、とても幻想的で美しい。綺麗、と呟けば、そっと囁いて同意してくれるのはお供に選んだ素晴らしい騎士たち。イヴェルタ檜の柱を撫でながらそれを見て、様々なことに思いを馳せるのが好きだ。私は異世界で生きることを満喫している。

「行かなくていいのか、イリス」

 おっと、ギロゴが私を急かしている。

「それでは、参りましょうか」

 私が微笑むと、二人の騎士は頷いた。ギロゴはグワッと一言。

 砦の螺旋階段に設置されている灯りはくるくる回転していて、その中に組み込まれているのは光の魔石だ。沢山の灯篭には世界中のありとあらゆる生き物を象った美しい透かし彫りが施されていて、足元を照らすのは光の動物園。先々代のハンセル家当主の頃に作られたものらしい。この砦に宿泊する客人は皆これを気に入ってくれるようで、沼地の主城へ辿り着いた暁には、この灯篭が一つ欲しい、と、必ず口を揃えて言うのだ。

「灯篭の準備はできていて?」

「倉庫にございます。使用人のリテラにお尋ねくださいませ」

「流石ですわ。透かしはどうしようかしら……」

 私はエリアーシュの傍で息絶えていた竜と、彼の衣装に施されていた家紋のことを思い出していた。竜の遺体は、水魔石を敷き詰めた大型の冷蔵倉庫に保管している。幾ら暑い地方とはいえ、普段の衣装のまま入室したらあっという間に凍えてしまうような倉庫であるので、おそらく当分腐ることはないだろう。本来は食料保管用の倉庫だが、私は敢えてそのように取り計らった。誰も反対しなかった。色々と地球知識チート的な何かを駆使したおかげで、こういうことの裁量権を与えられるようにまでなっていたようだ。何よりである。

 というよりも、目覚めたエリアーシュがどう思うか……というのを考えてしまったのだ。もし魂獣でなくとも、自分を守ってくれたであろう竜が研究の為に解体されていたとか、悲劇以外の何物でもない。

 私たちは玄関に一番近い部屋の前まで降りてきた。そして扉についている木琴――前世で見た楽器としての存在よりも小さいが美しい音が鳴る――を叩いて、中の様子を窺おうとした時だ。

「アヴァンティア、アヴァンティア、アヴァンティア!」


【ネタメモ】

建築様式については、ヴェネツィアと日本とアムステルダムを混ぜたと思います。多分。魔改造しすぎたけど建材とか沼地とか建築様式は調べてた記憶。

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