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沼蛙の令嬢と竜の騎士 ~転生した令嬢は推しにジャブジャブ課金したい~  作者: 久遠マリ
第二章 そんな装備で大丈夫か。一番いいやつは主城にしかないぞ。
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6 顔面だけは残念な放送事故

 数日前からの話だが、狙われているのは私のすぐ傍にいるエリアーシュだ。彼を守らなければならない。グズグズの顔面をしたままの私だが、敵に遅れをとってはならない。

「ついてきて」

 彼の耳元にそっと囁いて、私は飛び出した。

 一頭の騎竜が、私の姿を認めて鳴く。私が砦に向かう時、少しの間だけ乗っていた子だ。

「どうしたの」

 訊けば、助けを乞うように駆けてきた騎竜は、踏み鳴らした足を曲げて背を低くしながら、何かを訴えてくる。ここで止まっていては目立つのはわかっていたが、ただならぬ様子に、放置していくことも憚られた。

「イリス」

 鋭い声と共に、鋼の光が一閃。咄嗟に振り返れば、嫌そうな、辛そうな顔をしたエリアーシュ。腕には盾を掲げていて、その向こうにいるのは、短剣を構える男。

「――何故、あなたが」

 エリアーシュが呟く。相手は答えなかった。片刃の短剣の切っ先は鋭く、研がれた刃は上を向いていた。殺意が高い。

 やらなければ、死ぬのはこっちだ。それは嫌だった。

 両端が刃となっている得物をさっと構え直して、私はその喉を突いた。くぐもった声。抜けば、迸る血。立ち上がっていた騎竜が力強い尾で薙ぎ払うと、その身体は吹っ飛んで、動かなくなった。

「……怪我は」

「いいえ」

 エリアーシュに握られた手が震えていた。涙と鼻水は依然として止まらない……壊れた水道みたいに。思わず言葉を投げ掛けるくらいだから、きっと、彼が見知った相手だったのだろう。私はその命を奪った。

 騎竜は再び私の方を向いて一言何かを鳴き、また足を曲げて背を低くした。ケロケロ。

「乗れ、イリス」

「……本当ですの、ギロゴ殿下?」

「おれが嘘を言ってどうする。蛙の王子様はいつだって同盟相手に誠実だ」

 その通りだ。

 此方に気付いた何人かが走ってくる。私は騎竜の背中にエリアーシュを追いやった。視界もままならない中で、得物を構え直し、震えを封じ込める。彼の前に飛び乗って、前足の付け根にある不思議な形をした鱗に両足を引っ掛けた。

「しっかり掴まってなさいな、アーシュ!」

 そう叫んだ直後。

 私たちを乗せた騎竜は、立ち上がり、吠え、跳躍した。

「おれは先にトンズラするぞ!」

 蛙の王子様が、どこかへぴょんと飛んで、見えなくなった。

 私が足を固定している鱗は、騎士たちも騎竜から振り落とされないように足の置き場として使っている。それを教えて貰ったのはいつだったか忘れたけれど、確か、棒を振り回すようになってからだったと思う。私たちに協力してくれている草食の騎竜は、馬とは似ても似つかない姿形だ。頭部には嘴があって、これは沼地に生えるというエルデという低木に成る固い実を千切り取り、砕いて食べる為のもの。足は四本存在しているが、前脚は短く、後脚の筋肉が非常に発達していて、足の形は扇形のお椀みたいになっている。だから、泥をザクザク掻き分けて、ぬかるみもすいすい歩いていけるのだ。固い地面の上では馬に似たような動きをする……なんて、私は狂ったように揺さぶられながら思う――エリアーシュの手は私の腰帯だけをしっかり掴んでいた――ちょっと待って欲しいロデオマシーンも真っ青の暴れ竜だ――棒を落とさないように必死で掴む――視界の端で五人くらい吹っ飛んでいった――胃が気持ち悪い――

 その動きが突然止まった。

「イリス」

 エリアーシュが私を呼ぶ声がする。彼は無事らしい。込み上げてくる胃液を無理やり飲み下し、迫りくる敵に向けて、私は棒を高速で回転させながら振り回した――格好いいからと思って取得した技が綺麗にキマって何よりだったけれど、私の顔面は大惨事である――怯んだように止まる影が八つ。騎竜の大暴れで吹っ飛んでいって、そこらで倒れて呻いている五人と合わせると、十三人。確認できていないのは、あと十六人。

 目元を拭うと、敷地のすぐ向こうは暴風が吹き荒れていてよく見えない筈だったのに、青い空が見えた。父が作動させた筈の結界は存在していない。これで私たちが砦の外へ脱出できてどこかへ逃げることは可能になったけれども、いつの間に結界は破壊されたのだろうか……家族は無事だろうか。父や兄は私より強いし、騎士もいるし、砦自体が素敵な構造だから、大丈夫だと信じたい。というか大丈夫でいて貰わないと困る。兄夫婦は課金すべき推しだ。前世と違って、死んでしまった推しのグッズ展開などないのだ。二次元と三次元は違う。

 推しの為に経済を回すのが我が使命である。私は思い出した。

 そして、エリアーシュという名の新たなる至高の推しに課金するのである。どれだけ顔面が液体で乱れようとも。

 死んでたまるか。

「――推して参る!」

 私はガラガラの声で叫んだ。

 今日も生きよう、推しが為。明日も生きよう、推しが為。騎竜は、私が足に少し力を入れて上体を動かすだけで、行きたい方向を汲み取り、自由自在に掛けた。素晴らしい。

 向かってくる敵の剣を、棒の鋼で弾いて飛ばした。長い柄で胴を打った。およそ女らしくない雄叫びを上げて、竜の上から腕を飛ばし、脚を突き刺し、次々と無力化していく。飛んできた矢はエリアーシュの盾が防いでくれた。右手の中指に一本、次いで、肘の近くに一本、掠り傷。だが、リテラが受けていた傷よりはずっと浅い。なんてことはない。

 震度二で本タワーが崩れて死んだひ弱な前世が何だってんだ。それは私が私の好きなもので経済を回した証である。後悔はすれど、恥じることは一切ない。今は鍛えて強く在る、己の肉体を信じるのみ。

「我らが主城、東、イブルアームへ」

 騎竜は、わかった、とでも言いたげに、一声鳴いた。

 彼らは沼地を知り尽くした種族。ぬかるみの中からしっかりした地面を嗅ぎ取って、確実な道を選び取り、水溜まりだろうが草地だろうが構わず、あっという間に駆けていく。カン、カン、と聞こえてくるのは、エリアーシュの掲げる盾に矢が当たって落ちる音だ。

「イリス、座って」

 頭まで庇いたい。彼の声に、私は騎竜の背の上にぴったりとしがみついた。

 騎竜はどんどん走る速度を上げていく。街道に出たのだ。このまま騎竜が頑張ってくれて、主城まで一気に駆けていけるのなら、明日の朝には到着するだろう。それまでに私の体内から毒が抜けるか、どうか。

 水が飲みたかった。目と鼻から出過ぎた。今も垂れ流している。

「しっかり、イリス」

 名を呼ぶ声が聞こえる。それはとても苦しそうだった。何かを与えると言った癖に大切であろうものを永久に奪った、そんな私に掛ける言葉があるのが、不思議だ。出会って日も浅いのに。人生のどん底に落ちている時にちょっと優しくされただけでコロっと靡いてしまうような単純な男の子。精霊に愛されたであろう美しい男の子。放っておいたらあっという間に様々な人の思惑と欲望の餌食になって、食いつくされてしまうだろう。

 いや、物語としてはそういう鬱展開もアリだけれど、私としてはちょっとご遠慮願いたい。

 追手から逃げている今も、真の意味で狙われているのがエリアーシュなのは確実だろう。竜の背に立っていた時でも、矢が私を狙ってくることはなかった。

 ちらりと振り返れば、砦からはかなり遠ざかっていて、湿気が生み出す靄の中に包まれようとしていた。盾に矢が当たる音の回数が増えている。このままでは拙い。追い掛けてくる者は、別種族の騎竜に騎乗している――どこに隠していたのだろう?

 エリアーシュは私が振り返ったのに気付いて、問うてきた。

「この近辺に森か林は?」


【ネタメモ】

騎竜ですが、ラプトル系のシルエットでイメージしています。この世界には沢山の種類の竜がいるよ!

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