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13 想像してみよう、何故磨かれているのか


 こういう時にどういう顔をしたらいいのか、私にはわからない。

 前世で付き合っていた彼氏は、恋人というよりも、読むものを共有し、心置きなく感想を喚き散らし合える素晴らしき同志だった。また、全世界(?)の人類における永遠の課題……きのこたけのこ戦争、つぶあんこしあん戦争、ビアンカフローラ論争、好きな機動戦士シリーズ、全てにおいて派閥は違えど、喧嘩することもなかった。人は、相手というものにはなれないから、他人の気持ちを己も味わうことなど出来ないが、対話によって理解を深めていくことは可能だ、という希望をくれたのが彼だ。奇跡みたいな人だった……性的な繋がりがなかったことだけが少し寂しかったけれど。一緒にいるしかないね、くらいしか、お互いの気持ちの確認をしていない。同棲しようかどうしようかと相談していたところで私が人生からログアウトしてしまったのだけれど、元気だろうか。私がいなくてもそれなりの幸せを感じることが出来ているだろうか。或いは、いただろうか。何で私は今更感傷に浸っているのだろうか。

 日も沈んで、砦にいる騎士と使用人の半数がハンセル家の者について警護にあたる、夜。鼠の侵入を防ぐ為に木の窓は閉めきってしまったので、エイサル湿原の美しい景色は見えない。リテラに竜の透かし彫りが入った灯篭を準備するように言いつけて、早く寝てしまおうかと思っていたとろ、私は母の部屋に呼ばれ、何故か浴室に連行され、母共々全身を磨かれていた。

「気を付けなさい……でも、この機会を逃してはなりません、イリスフロラ。アイデルの若君にはなかなか興味深い違和感がありますからね。常に身体を清めておくのです。あなたの素晴らしい美容泥をたっぷり使いましょう。無駄な毛も剃りましょう。頭の瘤はもうどうもありませんか? 白粉も紅も必要ありませんわ、あなたは見た目に関しては言うことがありませんから」

 母が私の容姿に関してそう言うのなら、事実なのだろう。魂獣は蛙だし、熱病の時に口走った諸々は私が領内で頑張ったことと混ざって、変な噂になって国内を飛び回っているから、プラスマイナスゼロみたいなことになっていると思うけれど。

「わたくしたち、このようなことをしていてよいのでしょうか、お母様」

「あら、良いのですよ、イリスフロラ。今頃イブルアームの主城にある広い寝台でゆっくりしている筈でしたのに、やんちゃな方々のおかげでここに何日も逗留しているのですわ、充実した日々を送ってやきもきさせてやるのが筋というものでしょう」

 母は愉快そうに、且つ毒を多分に含んだ声で笑った。

 ところで、一糸纏わぬ姿で俯せになっている我々だが、使用人の扱う垢擦りが非常に痛い。ライマーニの垢擦りは古代ローマで使われていたようなものとは少し違って、ギギルという名の植物の実を乾燥させて海綿体だけ残したものを擦り付けるのだ。あ、ヘチマの利用方法のひとつに似ている。他の用途にも使えそうだが、残念ながら、乾燥させていない状態の実には、肌がかぶれる成分が含まれているのだ。無念。

「……それにしても、あなたが隙を見せるのは珍しゅうございましたわね」

「押し倒されたのは不覚でした、お母様」

「いいえ、その後ですわよ」

 ちらりと母を見れば、にやにやと笑っている。ところでこの母、地方や王都の噂話がとても大好きな人だ。とりわけ好んでいるのは幸せな恋愛方面の話。誰と誰がくっついた、どこの夫婦が何十年目、駆け落ち、何でもかんでも。ついでに私の蔵書である物語本にも手を伸ばしている。自分だったらこういう展開がいい、ああいう状況がいい、なんていうことをよく零しているから、そのうち自分で書き始めそう。今から出資しておいたら、近い未来において、二次元の推しに出会えるだろうか。

 背中を擦られて真っ赤にされているにもかかわらず、母は平気な顔をしてくすくす笑っている。

「最初は本当に、アイデルの若君の不興を買うとは、何ということをしてくれたものかと思っていましたが……とにかく、あなたのことを気に入って頂けたようで、母は安心しました」

「……気に入られているように思えますか?」

 今はいないギロゴの見立てでは欲情したということしかわからないけれども。相棒の蛙の王子様が下した評価のことは、母には黙っておく。

「あら、あなたは気付かなかったのですか? 彼、あの後で旦那様とお話をなさっているあなたをじっと見ていたけれど、とても優しい目をしていたのですよ」

 私は仰向けにひっくり返されて、ちょっと言葉にはしづらい箇所の無駄な毛を剃られながらそれをぼんやりと聴いていた。一本試合が終わった後に、父とは、アーシュ・イヴェルタという名でエリアーシュをハンセル家の騎士とすることを話した。母は彼を見ていたのか。

「一本勝負が始まるまではとっても冷たい顔をしてらしたのに、何があったのでしょうね……打ち合いながら何かお話をしたのかしら、イリスフロラ?」

「いいえ、特には」

 そこまでの余裕は、私にはなかった。エリアーシュは強かった。あの後、彼は父に連行されて何処かへ行ったままだが、普通に騎士として振る舞っているのだろうか。

「それにしても、お母様が仰る、アイデルの若様に対して抱かれた、なかなか興味深い違和感や素質とは、一体どのようなものなのですか?」

「イリスフロラも、辺境伯爵様と奥方様に会えば、きっとわかると思いますよ」

「教えては頂けないのですね……お会いしないとわからない、ということで、間違いないのでしょうか……今、わたくしたちが身体を清めている理由にも繋がるのですか?」

 エリアーシュの両親について、私は一切紹介されていなかった。招宴の時、私が彼に冷たい視線を向けられただけで、ハンセルの家はアイデルの家の者と何も話すことがなかった……三代前からの木材に関する繋がりが存在するからこそ、一人息子の失態を許せなかったということなのだろうか。しかし、その一件だけでアイデル家が彼を見放すなどありえない話であるし、何か裏があるような気がする。両親はそれに気付いているということなのだろうか。母は何やら含みのある笑顔だ。私が質問をする度に、口角は上がる。

「あなたの指摘は正しいですよ、イリスフロラ。そもそも、身体を清めることに関しては、旦那様がそうせよと仰ったのです……気分転換も兼ねて。さあ、美容泥を寄越して頂戴な」

 解き放った騎士たちは戻ってくるのだろうか。エイサル湿原のこの砦から王都までは竜車で十日、イブルアーム沼地の主城までは二日だ、片道で。ギロゴが帰ってくるまで、後どのくらい掛かるのだろうか。エリアーシュが持っていた鱗のようなものは、竜族の何かが変化した姿なのだろうか。付着していた血は本当にエリアーシュが流したものなのか。

 母は彼に違和感を抱き、父はバルタールの家紋について言及していた。

 私も知っている。家紋に竜を取り入れるのは。王族或いは力の強い貴族の証である。国境を守護する辺境伯の力が強いのはサルディーア王国においては周知の事実であるし、力ある竜を魂獣として抱く子が産まれたことを理由として、バルタールの家紋の意匠が変化したと考えていいだろう。

「ゆっくり致しましょう、イリスフロラ。まだまだ時間はございますわ」

 母は笑う。ただ、気になった。頭の隅で、誰かが言うのだ……気を付けなさい、と。

 一介の騎士の身に、何故かあっさりとおさまった、エリアーシュ・アイデル=バルタールという存在に。


「姫様、お部屋にお戻りでしょうか」

 砦の自室に戻って暫く、扉の向こうで声がした。エリアーシュのものだ。ハンセルの家に仕えている騎士の言葉遣いになっている、ちょっとだけそれを惜しく思った。

 もうそろそろ眠りにつこうとしていたところだった私は、ちょうど灯篭の中の光魔石を取り外そうと手を伸ばして透かし彫りの木枠を持ち上げたところだった。こんな時間に何の用だろうか。そして、何処へ行っていたのだろうか。色々と気になったので、私は返事をした。

「ええ、おります」

「……夜分遅くに申し訳ございません。お顔を拝見しても?」


【登場前世ネタ】

ネタとして出しておいてアレなんですが……

・ドラクエ5:未プレイです。ごめんなさい。

・ガンダム:未視聴です。ごめんなさい。ターンAのノベライズは多方面からめっちゃオススメされてる。読むべき?

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