紅葉の賀
宮中にある紅葉はあざやかな紅に染まり、早くも風に吹かれて落ちてゆく木の葉もある。当日は、日差しのある暖かな日になった。船を浮かべた池の上に、ひとつふたつ、落ち葉が波紋を描く。
白木で組まれた舞台の上では童女が稚児舞を踊り、それに合わせて雅楽が鳴り渡った。
遠い空に吸い込まれるように、さまざまな音色が響き渡るのを聴いて、涼人は侍従の身ながら笛を取りたくなった。予定されていたおおよその催しが終わり、祝宴が無礼講のありさまになった折、涼人は懐に持っていた横笛をひとり細く吹いた。
秋の澄んだ空気に呼応するように、笛の音は遠い場所まで届くようだった。
——あの、いっせいに並ぶ御簾の内側で、桜桃姫もこの音を聴いている。
なんとなくそんな気がした。だからこそ、なかなか吹きやめることができなかった。
笛を高く鳴り響かせながら、涼人は初めて横笛を吹けるようになった時のことを思いだしていた。
およそ十年前。涼人が七つになったばかりの頃だ。
舞い落ちてゆく紅葉にまぎれるように、記憶の底で、誰かの声がした。
そなたの笛の音色を聴いていると、遠く置いてきた故郷を思いだす——と。
涼人はその言葉を、今になって思いだせる自分が不思議だった。今までずっと忘れていたというのに。
それが誰だったのか思いだそうとしても、曖昧な輪郭しか脳裏に浮かばない。
——長い髪の、綺麗な人だった。いつもかなしげに微笑んでいるような。
その姿が、皇女に重なった。いっそう高く吹き鳴らしていたところへ、いつのまにか背後に控えていた惟親が話しかけた。
「お前は笛を吹く趣味もあったのか。むこうで歌合わせをやっているが——そっちの方には参加しないのか」
皆が紅葉に合わせて真紅や蘇芳色の直衣を身につけるなかで、惟親の明るい萌黄色の直衣は、パッと目を惹きつけるものがあった。
着るものに頓着しない涼人は、いつもと同じ薄青の直衣のままだ。
博士や高官が集まって歌を詠み合う遊びをしている様子を涼人も視界の端に入れていたが、そこに交わるつもりは初めからない。涼人は笛から口をはなして言った。
「歌が苦手なことを知っているくせに。お前は参加してきたんだな」
それを聞くと、惟親はからかう口調で言った。
「武に秀でていても歌が詠めないと、のちのち苦労するぞ。お前が笛を吹くのは、その代わりに女性を射止めるためか」
「ばかを言え。歌を詠まない宮人だっている。それより、この前の話の続きだが——」
涼人が話をもちかけようとすると、惟親はその言葉をさえぎって言った。
「権大納言さまが、ひと足先に自邸に下がったそうだ。お前に話があると言っていた」
「父上が?」
涼人は出鼻をくじかれたような気がした。この父娘は、涼人から出向いて話すことの方が多いのだ。余程のことがあるという予感がした。
「ありがとう。では私も退出させてもらう」