黄泉の入口へ
木立の影が、次第に濃く、長くなってゆく。
夕空を旋回する鳥の鳴き声が、遠く広がる峰辺にこだました。
——もしかしたら、本当にもう手が届かないかもしれない。
焦燥にかられながら、伊吹はその考えを振り払おうとした。涼人はあの石牢の先——現実ではない次元の先にいるのだ。
取り戻すことなど、普通なら不可能に近い。
だからこそイサネも、伊吹を止めたのだ。
——でもここで、あきらめるわけにはいかない。たとえそれが、どんなに困難でも。
歯を食いしばるように伊吹はそう思い、こぶしを握りしめた。
涼人の眼差しが浮かぶ。今ここで探すのをやめてしまったら、涼人を無限に拡がる闇のなかに置き去りにするような気がした。
その存在に触れて、まだ生きていることをちゃんと確かめるまでは帰れなかった。涼人の存在自体が、この山のなかでは想像以上にずっと危ういことを、もっと考慮しなければいけなかったのだ。
そう考えを幾重にもめぐらせながら、伊吹がその場所にたどり着いた時、辺りは夕暮れに染まり始めていた。
草はらのなかで、鈴虫の鳴く澄んだ声がする。それも、もうすぐ聞こえなくなると思った一瞬、足がすくむのが分かった。
石牢の目の前で、伊吹は永遠に続くかに見える闇の入口を見た。なかは暗く、先は見えなかった。小さい頃から伊吹は本能的に、この闇に果てがないのを知っていた。
だから充分に大きくなった今も、この闇を恐れて近寄らなかったのだ。
——この先のどこかで、あいつが待っている。
自分を奮い立たせるように、伊吹はそう思った。
牢のなかの鍵は開いている。伊吹が以前、この手で開けたのだ。
あれからまだ数日しか経っていないのに、ずいぶん時が流れたような気がした。
初めて見かけた時から、目が離せなかった。山姫の血を継いでいることだけが、もう理由にならないと分かっていた。
牢のなかに入ると、伊吹は渡された石を取りだした。ほのかに淡い、緑色の光を帯びている。
暗い足元が光に浮かび上がり、地面の凹凸が分かるようになると、伊吹はためらいを捨てて歩きだした。




