弓場での回想 Ⅱ
——見目、お元気そうに振舞われていた。
心の片隅でそう思い、涼人は胸の奥が痛むのを感じた。
皇女のいる宣燿殿に忍びながら行くと、辺りはいつもよりひっそりとして見えた。
側仕えの侍女、尚侍に取りつぎをお願いすると、御簾ごしには、脇息に身を預けて起きあがる皇女の姿があった。
長い髪が青白い頰にかかり、微笑みかける様子は、春先に咲くはかない花のようだった。涼人が突然訪れたことを詫びると、半分巻きあげられた御簾の内側で、皇女はふわりと微笑みを深くした。
「あなたこそ、お体の具合は大丈夫なのですか。また寺院にこもっていたのでしょう」
涼人は、浅葱色の直衣と指貫の袴姿で深く一礼した。
「私のことなど、どうかお気になさらず。人づてに皇女さまの病状を聞いて、戻るなりお見舞い申し上げようと思ったのです」
一の皇女、桜桃は、それを聞くと声をひそめて言った。
「本当は、このようなことはしてはいけないのです。でも、あなたには会っておきたかった。最後にこうしてお会いできてよかった」
涼人は、桜桃の言葉をさえぎるように声を高くした。
「何をおっしゃるのです。弱気になってしまわれては、治るものも治らなくなりますよ」
桜桃は、口元で笑んだまま涼人にむかい言った。
「これがただの病ではないことは、私にももう分かっているのです。これは呪われたさだめのようなもの。誰かが負わなければならないのです」
不吉な物言いに、涼人は背筋が寒くなるのを感じた。登紀の言った言葉が脳裏をかすめてゆく。
それは、皇が負う呪いなのだと。涼人は唇を知らず噛みしめた。
「——だとしたら、なぜそれをあなた様が引き継がなければならないのですか。もし代われるのなら、私が代わりたい」
そこまで口にして、涼人は、それがまったくの本心であるということに突然気がついた。
皇女のためを思って——ということもあるが、涼人は、自分自身を終わらせたいと胸の内のどこかで思っているのだ。
このまま暮らすのも隠遁するのにも中途半端で、男にも少女にもなりきれない自分を。桜桃は優しく、諌めるように言った。
「私には、そのお気持ちだけで充分です。皇は、まばゆい光のようなもの。闇はふせられて、すべてなかったようにぬぐい去られてしまう。
それでもあなたが私にそう言ってくれたことで、もう少しだけ生きられる心地がします」
涼人は今にも散って消えそうな桜桃の上気した頰と、うるんだ目元を見た。自然と言葉は口からこぼれていた。
「皇女さまをお守りすることは、宮中に上がる私の務めでもあります。どうか最後まで、望みを捨てないで下さい。その穢れを祓う方法を、なんとかして見出してみせましょう」
桜桃は、涼人のその言葉には何も言わなかった。
しばらくして、皇女の様子を見に来た尚侍が退出するように言い、涼人はしぶしぶ、そこを退がるしかなかった。
いくら今上帝のご厚意があるとはいえ、誰かに見咎められるわけにはいかないのだ。ただ皇女に言った言葉だけが、胸の奥で熱を帯びていた。涼人はあの時、文字通り心を決めたのだ。
どうせ先の見えない未来なら、全力で皇女のために力をつくそう——と。それで自分が損なわれることになってもかまわないと。
どこかで終わらせたいと思う自分なら、捨て身になる前にできることが何かあるはずだった。
そうやって皇女のために行動することは、涼人自身を生かすことでもあった。