弓場での回想 Ⅰ
矢が空を切る高い音が響く。
タン、と的を射抜いた矢を目視するやいなや、涼人は二本めをつがえてまたヒョウとはなった。
立て続けに三本はなったところで、涼人は手をとめた。空は澄み、高いところを細くきれぎれに雲が流れている。
頰をなぜていく風は冷気を含んでおり、わずかに汗ばむ肌に心地良かったが、久しぶりに矢をつがえても、涼人の心の内は晴れなかった。ようやく月役が済み、体の重みもなくなったというのに。
皇女の降嫁について、宰相の次にいずれ涼人にと白羽の矢が立てられたのは、幼い頃から異例にも面識があったからかもしれない。
というのも涼人は、父、権大納言の勧めもあって、
一時、童殿上として今上帝の春宮に仕えていたのだ。
そして春宮は遊びの一環として、皇女に贈り物——貝合わせに用いる美しい貝殻や、古歌を綴った和紙や絵物語——などを届けさせ、それを届けるのは涼人の役だった。
皇女も退屈していたのか、品々を届けるときまって使いである涼人を呼び寄せた。御簾のなかで一緒に物語を眺めることもあったし、差し入れの唐菓子を内緒で食べたこともある。
普通なら、皇女という立場ならば何重にも守られ、身内以外には姿を見せないものだが、皇女に仕える尚侍は、分け隔てしないよう、おそらく帝に言い含められているのか、元服した後も御簾の内に招かれることもある。
さすがにもう控えるべき振る舞いと思えたが、まわりの女房も、上童として見目、麗しかった涼人の面影がはなれないためか、皇女のそば近くに侍っても、全く無害と思われる節もあった。
事実、涼人は少女なのだから、無害といえばその通りなのだが——
涼人にしてみれば、身分差はともかく、一の皇女は慕わしい姉のようで、病と聞けばじっとしていられない。
そういう経緯もあって、宮中に出仕して最初にしたことは、病中の皇女を訪ねることだった。