救出
伊吹が予測した通り、石牢の前には見張り番と思える人影があった。少し離れた木陰に身を隠しながら、伊吹は知らず爪を噛んで前方を見据えた。先ほど風汰に言われた言葉が脳裏をよぎる。
そう、あんな宮人のことなど放っておけばいいのだ。野垂れ死のうと知ったことではない。
遠くから吹く風の冷たさを感じながら、伊吹は無理やりそう思おうとした。でも何かが——伊吹を駆り立てた。
山のなかで姿を見かけた時から、無視できないものを感じていた。登紀があそこまであいつを気にかけるのは、それ相応の理由があるはずなのだ。
たっぷり数分時間をおいてから、伊吹はおもむろに手に持った小枝を横に放った。その音に気をとられ、見張りの少年が背中を向けた一瞬、伊吹は拳ほどの石を 切りつけるように鋭く、その背めがけて打った。
ドサッと見張りが倒れる音を聞くか聞かないかのち、伊吹は木陰からすべり降りていた。
完全に気を失っていることを確認し、懐を探ると金属の鍵があった。それを持っているかは一か八かだった。
伊吹は鍵をそっと抜き取ると、見張りの少年をうつ伏せに横にした。名前は覚えていないが、おそらく風汰と同じくらいだろう。
見張りがのびているところを誰かに見られたら、面倒な事態になるのは分かりきっている。なるべく早く事を済ませなければいけない。
伊吹は音をたてないようにして、薄暗く湿った洞窟に足を踏み入れた。ひやりとした空気が肌を覆っていく。
夜のような薄闇にすぐに辺りを見渡せなかったが、目が慣れてくると、その奥にひとつの輪郭が淡くにじむのが分かった。
「——誰だ」
声は小さかったが、少なくとも怯えてはいなかった。それはただ、純粋な問いに聞こえた。
伊吹はそれを面白く思う自分を感じながら、気づいた時にはもう名乗っていた。
「俺は伊吹。助かりたかったら、そこで大人しくしてな」
「さっき、森の木の上にいた人か」
落ち着いた声で、相手はそう言った。
肝が据わっているようにも思えたが、今度は震えているようにも感じられた。
「分かっているじゃないか」
視界が悪いなか、触覚だけを頼りにカチャカチャと手元を動かしていた伊吹は、ようやく手応えを感じて鍵を回した。カチャン、と錠が外れる小気味良い音がする。




