疑惑
惟親は、少しあきれたように言った。
「お前は目が良いから、あいつが待ち伏せていることくらい、すぐに分かっただろう。面倒なことになると分かっていて、どうして相手をしたんだ」
その言葉に、涼人は曖昧に答えた。
「なんとなく、逃げてはいけない気がしたんだ」
「その志は立派だが、あまり命を粗末にしてくれるなよ。下手にまわりを悲しませるだけだ」
涼人は頷いたのち、考えるような調子でつぶやいた。
「私は、どうしてあれほどまでに恨まれているんだろう」
「そんなことまでいちいち気にするなよ。皇女のことで頭に血がのぼっているんだろう」
そう。涼人もそう思っていた。
だが左衛門督の言葉には、他に含むものもあったのだ。その正体のわからない模糊としたものが、かすみのように胸の底に滞っている。
涼人の憂いをよそに、惟親は話題を変えた。
「山師がどうの、とかこの前から話していただろう。皇と山師はひと昔前から折り合いが悪いんだ。何でも、御所に招かれながら戻らなかった山師の女がいたという話だぞ」
急な話の展開に、涼人は一瞬声を失った。
「戻らなかった? いったいその時何があったんだ」
惟親は首をわずかにすくめてみせた。
「くわしい話は知らない。ーーが、主上の期待を裏切ったことは確かだ。山師の力が必要などと、間違っても口にするものじゃない」
その時、渡殿の奥から矢の鳴り響く音が聞こえてきた。惟親はその方角を見据えて言った。
「蟇目役のものたちが鳴らす音だ。お前も宿直人なら、早くあちらに行った方がいい」
涼人は、それに軽く頷いた。
「ひとまずそうしよう。私はあの山寺にまた再びおもむくことにする。どういうことか、理由を知りたいんだ」
惟親は否定もせずに、ただ頷いた。
「お前がそうしたいなら、そうすればいい。でもあまり危険なことに首をつっこむなよ」
その言葉に対し、涼人はうすく微笑んだだけだった。惟親が肩をすくめるのを背後に、涼人は自分の持ち場へと駆け急いだ。




