一体、君は
宮田に告白され、それでも圭に会いに行った昨日。
複雑な心情で、あまり寝つけなかった。今日は少し寝不足だ。
とはいえ、学校があるので行かなければならないと、頑張って登校した。
昼休み、若干顔色の悪い宮田が俺を呼び出した。
「あのさ、こんなこと言ったらストーカーみたいだけど・・・昨日、あんたがいつも会っているっていう女の子が気になって帰り道つけてたの」
人気のない廊下の隅で宮田は話し出した。
「それでさ、あんたが誰かと話してるらしい現場を遠目に見てたんだけど」
一体、どのくらいの距離で見ていたのだろうか。
昨日は宮田のことで頭はいっぱいだったが、つけられているのに気づかなかったとは。
それにしても、宮田は何でこんな顔をしているのだろうか。何か、言いにくそうにも見える。
俺は黙って宮田の言葉を待った。
宮田はやがて、覚悟を決めたように拳を握りしめ、やはり言いにくそうに言った。
「一体、誰と話していたの?」
宮田の言っていることがいまいちわからず、俺は一瞬、思考が停止した。
「え・・・それは、どういう────・・・」
「で、でもね、か、角度の問題かもだし。私が、ちゃんと見えてなかっただけかもしれないし・・・けどっ」
宮田は動揺する俺に対し、気を遣うようにそう言ったが、それでも、こうも言った。
「私には、佐川が一人でいるようにしか見えなかった」
まさか、そんなことがあるか?
ありえないだろ。圭はたしかに俺のとなりにいた。俺と話してたんだ。
だけど、宮田が顔色変えて、わざわざ俺に言いに来た。
相当ためらったはずだ。そう簡単に口にできることじゃない。
それでも言いに来たのは、俺のことを考えたからだ。
だから、俺はもう、圭に聞かなければならない。
宮田のために。そして、俺の中にある不安のためにも。
これで確実に何かが終わるかもしれない。
もしかしたら、これが別れかもしれない。
だけど、それでも、聞かなければ。言わなければ。
ただ一言、だけど、重い一言を。
放課後、俺は走って圭のもとへと向かった。
教室を飛び出し、階段を駆け下り、全速力で走って、いつもよりずっとはやく圭のもとへとたどり着いた。
「圭!」
きっと、あまりにも必死な顔をしていたのだろう。
いつもは笑顔で俺を迎えてくれる圭が、不安そうな顔をした。
「和樹くん?どうしたの・・・?」
俺は息を整え、覚悟を決めて訊いた。
「圭・・・一体、君は何なんだ?」
その言葉に圭は、はっとした様子で、真剣な表情になった。
「・・・気づいてしまったのね。私が、普通の人間ではないと」
圭の言葉に、俺は顔を歪めた。
不安は気のせいではなかった。
宮田の言葉は正しかった。
「私はね、和樹くん。この世の人間じゃない。ううん、人間ですらない」
圭はすべてを語り始めた。
「私はウァンパイア。私の本当の名前はK。だから、圭と名乗った。そして、六十年ほど前からここへとやって来た。来れる時間は限られているから、この夕方の時間だけだけど」
圭から出てくる言葉は、俺にとっては衝撃的、というか、頭が追いつかなかった。
「どのみち、そろそろ真実を話すつもりだった。もう、ここにはいられないから」
悲しそうに微笑む圭に、俺はやっと口を開いた。
「何で・・・!何で、ここにはいられないんだよ!」
俺の叫びに、優しい口調で圭は言った。
「ごめんね。ここにずっといられたら私も嬉しい。だけど、ここにいたら過去が変わってしまう。私にはもとの時代でやらなければならないことがある」
「何だよ、やらなくてはならないことって・・・」
「あなたの曾祖母を守ることよ。そして、それはあなたを守ることでもある。彼女に何かあれば、あなたは生まれてこない」
圭はずっと、俺のことを考えていた。
「私は、和樹くんがこのさきも幸せに暮らせることを願ってる。だって、私は和樹くんが大好きだから」
「・・・っ!」
圭のいつもの穏やかな、優しい笑顔に、俺は何も言い返すことができなかった。
「もう、お別れの時が来たみたいね」
圭の言葉に顔をあげると、圭の体が透けているのが見えた。
「今までありがとう。本当に楽しい日々を過ごすことができたわ」
「っ・・・!俺も、楽しかった。圭、俺も、圭が好きだったよ」
俺の言葉に、圭は満足げな笑みを浮かべて、消えていった。
「圭・・・俺は前に進むよ。お前の分まで、幸せになるよ」
もうそこにはいない圭に、俺はそう呟いた。
決して、圭のことは忘れない。
圭のことは心の中に大切に仕舞って、それを糧に俺はこのさき生きていく。
それが、俺が圭のためにしてやれる唯一のことだ。