圭との時間
圭と初めて会ってから一ヶ月ほど経った。
何も変わらず、いつもの穏やかな日々を過ごし続けていた。
「ねぇ、和樹くん。前にウァンパイアのこと知りたいって言ってたじゃない?」
「え?あぁ、うん」
「その後、何かわかったことあった?」
「いや、これといって・・・」
まぁ、最近は調べる時間もなかったしなぁ。
「そっか・・・じゃ、ちょっと私が調べたこと・・・ってわけでもないんだけど、聞いてくれる?」
圭から思いもよらないことを言われて、ちょっと驚いた。
「え!?聞きたい!」
そんな俺を見て、圭は笑いだし、話し始めた。
「ウァンパイアってね、群れることはなくて、群れがあるとすれば女王の僕らしいの。で、その女王っていうのは、始まりは最初に生まれたウァンパイアだけど、それ以降は女王が認めたものがやることになっているんだって」
そこから、ウァンパイアの女王について、圭は話を膨らませた。
「でもね、女王に認められるためには女王に出される試練を乗り越えなくてはならないの。その試練は、その時々の女王によって違うみたいだけど・・・でも、物理的にできないことは絶対に出さないらしいわ。女王を継いでいくことは、たぶん暗黙のルールで義務なんでしょうね」
なるほど。普通に考えれば、ウァンパイアの寿命はものすごく永く、不死に近いのだから、ずっと一人でやっていればいい。
それなのに、そうはせずに女王を継がせていくということは、ルールや義務、あるいはほかに何か理由があるということだろう。
それにしても────・・・
「すごいな。どこで調べたんだ、そんなこと?」
圭の情報に、俺は感嘆の声をあげた。
「え、えっと、知り合いがウァンパイアにすごい興味を持ってて、それで・・・」
「へぇ・・・」
こんなウァンパイアが出没しなくなった今の世でも、案外興味を持ってる人っているものなんだな。
「えっと、また何か聞いたら教えるね」
「あぁ、頼むわ」
それからも、圭との会話にはウァンパイアについて多く語ることがあった。
圭の情報は、どれも俺が見た本には載っていないものばかりで、俺は終始驚きっぱなしだった。
圭の知り合いのウァンパイアに興味がある人って、一体どんな人なんだ。よっぽどウァンパイアのことが好きだろ。マニアか?
それにしても、最近は本当にウァンパイアの話ばかりしているな。
まぁ、はじめは俺から言い出したんだし、今も知りたい対象なのは変わらないのだから、全然いいのだが。
「そういえば、今の世にウァンパイアが出没しないのは、ウァンパイアの力を消滅させる薬があるからなのよね?」
「あぁ、よく知ってんな。このことはほとんど知られてないことなのに」
圭の言葉に、またもや俺は驚く。
ウァンパイアの力を消滅させる薬の存在は、ほとんど出回っていない情報だ。
その薬によって人間として生きているウァンパイアがいることを知って、混乱を招くのを避けるためだと、以前母さんは言っていた。
まぁ、今じゃウァンパイアを信じている人も少ないし、そんな心配はほとんどいらないのだが、念には念をということだろう。
「一体、どれほどのウァンパイアが人間として生きているんだろうね?」
「さぁ・・・そもそも、どれほどのウァンパイアが人間として生きていきたいと思うかわからないしな」
ウァンパイアにとって、人間は家畜のようなものだと本には書いてある。おそらく、間違ってはいないだろう。
だけど、それは一般論。ウァンパイアの中にだって、違う意見を持っているものはいるはずだ。
普通のウァンパイアが人間に持っている興味と、普通とは少し違うウァンパイアが人間に持っている興味とは違うだろう。
もっとも、普通のウァンパイアというものがどういうものか、俺はちゃんとわかってはいないだろうが。
俺が持っている普通のウァンパイアのイメージは、本や資料に載っているよく聞くようなもの、物語などで描かれるものといったものだ。
これが本当の意味で正しいかどうか、いや、普通かどうかは俺たち人間にはわからない。
ウァンパイアについての話ばかりになったとはいえ、圭との時間はとても楽しいものだ。
むしろ、ウァンパイアの話をして、より楽しくなったかもしれない。共通の話題だから、ついつい盛り上がってしまう。
よくよく考えてみれば、今の時代にウァンパイアの話で盛り上がっているというのは不思議な感じだが、楽しいからまぁいいだろう。
だけど、ウァンパイアの話をするようになってから、気になることがある。
それは、圭が時折見せる寂しそうな悲しそうな、そういう表情だ。今まで、そんな表情を見たことはなかった。
見せるのは一瞬で、すぐにいつもの穏やかな表情になるのだが、それが気になって仕方ないのだ。
何が圭にそんな顔をさせているのか。
どうして、最近そんな表情を見せるようになったのか。
考えても仕方がないことだが、訊いたところで何でもないと言われるのが目に見えている。
もしそう言われなかったとしても、何かが終わってしまうような、ただ漠然とした不安が俺の中にあった。
だから、何も訊かずに過ごしていた。
ずっとずっと、この関係でいたいから。このまま過ごしていたいから。