<最後の晩餐>秘話~落語風仕立て
教科書にも載っている、かの名画<最後の晩餐>をめぐるエピソードを好き勝手に料理してみました。
(実在の人物とは関係ありませんので、悪しからず)
ブログでアップしたものに、加筆修正を加えております。
ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院―――
修道院長「ちょっと、あの男は一体何をしているのよ?」
修道士「は、はあ…。ずっと一日中壁を睨みつけているばかりで」
修道院長「ここに来てからずっとじゃないのよ!何日目だと思ってるのよ!?ミラノ公のお気に入りか何だか知らないけどね、このサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院で一番偉いのは一体誰?」
修道士「は、はあ、イエス様でございます」
修道院長「イエス様は別格でしょう?!命令を聞くとしたら、まず誰の命令を聞くのかって聞いてるのよ、このトンマ!」
修道士「あの…私の名はトンマーゾではなくフランチェスコでございますが」
修道院長「何だって良いわよ!モブの分際で、むだに偉そうで長ったらしい名前して、生意気なのよ!この、この、このっ!」
修道士「いたた…そんな無茶苦茶な」
修道院長「フン。アンタ、聖書ちゃんと読んでる?」
修道士「は、はい…もちろん」
修道院長「マタイの第五章の教えは知ってる?」
修道士「えっと、…どの箇所でございましょうか?」
修道院長「『だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい』よ」
修道士「は、はあ…」
修道院長「はあ、じゃないでしょう?!全く!そんなやり方で世の中でやって行けると思ってるの?!あたしが許さないわよ!」
修道士「す、すみません…勉強不足で」
修道院長「まったくよ!…あああ、もう我慢できないわ!今日という今日はあの男にも言ってやる!」(ズカズカ)
修道院長「ちょっと!」
レオナルド「………」
修道院長「ちょっと、レオナルドさん?」
レオナルド「あ、ああ、いたのですか。……修道院長様」
修道院長「いたのですか、じゃないわよ!アンタ、毎日毎日何のつもりなのよ!?」
レオナルド「何のつもり、とは?」
修道院長「ここを何だと思ってるの?」
レオナルド「修道院の食堂ですね」
修道院長「あたしは誰?」
レオナルド「……修道院長様です」
修道院長「アンタ、名前覚える気ないでしょう?…まあ、それはともかくとして!アンタはここに何をしに来ているのよ?」
レオナルド「もちろん、壁画を描くためでございます。テーマのご希望は<最後の晩餐>。違いますか?」
修道院長「…覚えてるなら、まあいいわ。でもね、アンタがしていることは一体何?ずーっとここで一日腕組みしてるか、さもなきゃ町をふらふらしてるか。いい年して、自分探し、とかニートみたいな言い訳だけはしないで頂戴」
レオナルド「…お言葉ですが、修道院長様。私はもちろん自分の役割を忘れたわけではございません。偉大なるミラノ公のため、そしてこの修道院のために、最高の作品を描きたいと願っているのです」
修道院長「ふうん、それで?」
レオナルド「そのために、私は長く考えているのです。修道院長様、芸術という生き物は、実際に絵筆を動かしている時ではなく、考えている時にこそ最も働いているのでございます」
修道院長「アンタねえ…自分が客観的にどう見えるのか一度考えなさいよ。ダラダラダラダラ、そうやって言い訳ばっかりして!いつになったら、ちゃんと取り掛かるのよ?」
レオナルド「……実は、この<最後の晩餐>において悩んでいることがあるのです」
修道院長「何よ?」
レオナルド「修道院長様。私はユダのモデルを探しているのです」
修道院長「ユダ?あのイエス様を銀貨30枚で売ったあの裏切り者?」
レオナルド「彼をどのように思われますか?」
修道院長「そりゃあ…悪人に決まってるわね。尊敬していた師を、神の子を裏切って、しかもすました顔で他の弟子に交じってあの場にも参加して…ふてぶてしい男ねえ。おまけに欲深で、イエス様のもとに兵士を手引きした時なんか、『私が口づけする男がイエスですから、そいつを捕まえてください』なんて…もう、何て言ったら良いのかしらね。陰険というか、なんというか。イエス様のおそばに長くいたというのに、何もわかっちゃいないんだから。狭量とも言うべきかしらね」
レオナルド「そうですね。そのような極悪人にふさわしい顔、悪という悪が集結し、それがにじみ出た顔をどのようにするべきか、それが私を悩ませているのです」
修道院長「だったらさ、アンタがムカつくやつの顔でも描けば?なんでも良いから早くしてちょうだい」
レオナルド「わかりました。では、修道院長様、貴方の顔をモデルにユダを描きましょう」




