表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

アントラクト(間奏曲)

          1

 深夜の森の中、暗黒のカーテンはその隅々まで降りていた。

 天空には満月が浮かんでいたが、その光は森の底までは届かず、墨のような闇は森の底に沈んでいた。

 その鬱蒼(うっそう)と生い茂る森の中のけもの道を歩く一人の男がいた。

 ギリシャ彫刻のような堀の深い顔立ちの美青年は、一寸先も見えない闇の中をまるで真昼の道を歩くがごとく、先に進んでいった。

 しばらくして闇の先に小さな光の点が見えてきた。

 近づくに従い、その点は大きくなり、やがて目の前が開けると、小さな御堂が姿をみせた。

 その御堂の周りだけが、月明かりに照らし出され、闇が退(しりぞ)いている。

 青年は迷わずその御堂に近づくと、扉を開けて中に入った。

 中は何もなく、床に枯葉とホコリが落ちているだけであった。

 その奥まったところに燭台が立っており、一本のろうそくが点っていた。その燭台の元にひとりの老人が座っている。

 痩せ細り、灰色の髪を無造作に肩まで垂らしている老人は、入ってきた青年に気付いたのか、ニヤリと不気味に笑った。

 「おいでなさいませ。史郎様。」

 老人は地の底から響くような声で、目の前に立つ青年に語りかけた。

 「こんなところに呼び出すとは悪趣味だな。無明(むみょう)。」

 史郎と呼ばれた青年は、口元に苦笑いを浮かべながら無明と呼んだ老人の傍らに座った。

 座った途端、ホコリが舞い上がる。

 それを史郎は手ではらった。

 「もっと、ましなところはなかったのか。」

 「申し訳ありません。二人っきりになるためにはこのような所しかなく。」

 無明は素直に頭を下げた。

 「で、用件は?」

 「魔霊院が死にました。」

 その言葉に史郎は何の反応も示さなかった。

 「で、相手は?」

 「どうやら陰陽師(おんみょうじ)のようです。」

 それにも史郎は興味をしめさなかった。服につくホコリのほうが気になるようだ。

 「鬼龍八部衆もたいしたことがないな。油断したか?」

 「相手の力を見くびったのは確かでしょう。相当の使い手のようで。」

 「いいわけか。」

 史郎は無明を睨み付けた。

 無明は無言でそれに答えた。

 「計画に支障はないのだろうな。」

 「それはもちろん。左京様も史郎様の意に添うべく全力で事にあたっております。」

 「左京に言っておけ。計画の遅れは許さんと。魔霊院の分は他の八部衆でカバーせよと。」

 そう言って史郎は立ち上がった。

 「おおせのままに。」

 頭を下げる無明を尻目に、史郎は御堂を出ようとした。

 「お待ちを、史郎様」

 「ん?」

 立ち去ろうとする史郎を無明が引き止めた。

 「なんだ、無明。まだ用があるのか?」

 「今一つ、お知らせしたきことが。」

 「なんだ。」

 史郎は半身を無明に向けた。

 「私の占いに妙な卦がでております。」

 「妙な卦?」

 その言葉に史郎は関心を示したのか、全身を無明に向けた。

 「はい、我らの前に立ちはだかる光の群れが現れます。」

 「光の群れ?」

 史郎は無明の言う意味を考えた。

 「その中でもより輝く三つの光が、我らの行く手を(はば)みます。」

 無明は痩せ細った顔を史郎に向け、白く濁った眼を見開いて語った。

 「私の計画の邪魔をするというのか?」

 「おそらく」

 無明は見開いた目を閉じ、そのまま黙り込んだ。

 二人の間にしばらく沈黙が流れた。

 「それだけか?」

 史郎がポツリと漏らした。

 それを聞いて無明の肩が動いた。

 「それだけではないようだな。」

 無明の動きを見て史郎は追及した。

 「その三つの光ですが…」

 無明は口を重くして、なかなか続きを話そうとしない。

 「早く話せ。」

 史郎はなかなか話そうとしない無明にじれて、続きを急かした。

 「その光の中に史郎様の存じよりの者がおります。」

 「存じより…」

 その言葉に史郎の脳裏にある女性の姿が浮かんだ。

 「その存じよりの者が他の光と共になると、史郎様にとって非常にやっかいなことになるかと。」

 「計画が破綻すると?」

 その言葉に無明は黙ってうなずいた。

 史郎は無明から目を離し、御堂の扉に歩み寄るとその扉を開け放した。

 天空に浮かぶ満月の光が御堂の中に差し込む。

 それとは対照的に無明の座る場所は暗闇に沈んでいた。

 「そうか、あいつが…」

 史郎の口元に笑みが浮かび、やがて声を出して笑い始めた。

 無明は無表情で史郎の笑いを聞いていた。

 史郎が突然振り返った。

 「無明、残りの八部衆に伝えろ。邪魔する者は誰であろうと全て消せ。」

 「かしこまりました。して、存じよりの者については?」

 「それは私が対処する。心配するな。」

 「は、我ら鬼龍八部衆におまかせを。」

 そう言うと無明の身体は闇の中に溶け込んでいき、その姿を消していった。後には燭台のろうそくだけが弱々しい灯りを残していた。

 史郎は御堂から外に出ると、満月を見上げてニヤリと笑った。

 「奈美、待っていろよ。」

 そうつぶやくと黒いベールに覆われた森の中に消えていった。

          2

 北陸にも同じ月が出ていた。

 蘆屋の屋敷に戻った麻里江は、その月を見上げながら何度目かのため息をついた。

 なぞが多すぎる。

 地脈と紋様のつながり。

 鬼龍一族のかかわり。

 魔霊院が最後に言った「サキョサマ」の示すもの。

 それがえにしの会の篠神左京を指すのか。

 また、ため息が出た。

 「麻里江、いるか?」

 蓮堂の声に麻里江はハッとした。

 「はい、義父様(おとうさま)。」

 その返答に障子があいた。

 立っている蓮堂の前に麻里江は正座した。

 「ため息ばかりしてどうした。麻里江。」

 「申し訳ありません。」

 恥ずかしそうに頭を下げた。

 「いや、よい。いろいろなことが起こりすぎた。」

 「一体何がおこっているのか、皆目見当がつきません。」

 麻里江は眉間にしわを寄せて、悩ましげに言った。

 「麻里江、えにしの会のことを調べれば何かわかるやもしれぬ。」

 「しかし、それは翔がすでに。」

 「三人官女がそろって調べれば、なお真相に近づこう。えにしの会がかかわった施設、学校、モニュメントなどに紋様がないか、まずはそこから調べる必要があろう。やってくれるか?」

 「わかりました。ただ…」

 「なにか気になることでもあるか?」

 「鬼龍一族のことが。」

 その名前に蓮堂も眉間にしわを寄せた。

 「鬼龍一族もかかわっているということでしょうか?」

 「そう考えるのが妥当じゃろ。」

 二人の間に沈黙が流れた。

 「戦うことになりましょうか。」

 麻里江の目に不安が浮かんでいる。

 「なるじゃろな。勝てるか?」

 「わかりません。」

 麻里江はうつむいた。その肩に蓮堂が手を置いた。

 「わしは麻里江を信じておる。」

 そう言って麻里江に笑いかけた。

 「今日はもう休め。」

 「はい」

 蓮堂が部屋を出るまで、麻里江は頭を下げ続けた。

      3

 剣持は自分の机の前で書類に目を通していた。

 外務省を通してアメリカのFBIからの要請の書類であった。

 「人探しか…」

 特別捜査局は大幅に縮小され、かつての勢いはない。

 人員も減った。

 その中でFBIからの依頼を、剣持は不思議に思っていた。

 「FBIもどういうつもりで、うちに捜査を依頼してきたんだ?」

 その書類にはFBIから派遣される捜査官も記載されていた。

 『キリコ・ダテ・エッシェンバッハ』

 年齢は二十二歳。

 「しかし、捜査官にしては若いな。まだ二十代とは…」

 よほど、優秀な捜査官なのだろうと剣持は想像した。

 書類を机の上に置くと、剣持は机を離れ、窓に近づくとそれを開けた。

 夜の空気が流れ込み、見上げると満月が見えた。

 気持ちのいい夜だ。

 「ひさしぶりの仕事だ。せいぜい気張るか。」

 剣持の中に気力が湧き上がってきた。

 もう一度、机の上の書類に目を落とした時、剣持の脳裏にひとりの少女の姿がうかんだ。

 「奈美、いまどうしている?」

      4

  「もう間もなく、成田国際空港に到着いたします。シートベルトをお締めください。」

 機内アナウンスに乗客たちは、思い思いにシートベルト締め始めた。

 母親と一緒に同乗していた小さな女の子も、母親に手助けされながらシートベルトを一生懸命に閉めようとしていた。

 そのとき、女の子の腕から小さな人形が零れ落ちた。

 「あっ」

 人形は軽く弾みながら隣の席の足元に転がっていった。

 その席にすわっていた女性がそれを拾い上げる。

 ネイビーのジャケットにタイトなスカート姿の女性は、自分の座席から立ち上がると、女の子に歩み寄り、サングラスの奥から笑顔を見せながら拾った人形を差し出した。

Thank You(ありがとう)

 碧眼に感謝の気持ちを溢れさせて、少女は金髪の頭を下げた。

 サングラスの女性は、そんな少女のかわいらしさに微笑みながら、自分の椅子に座り直し、シートベルトを締めた。

 窓から外を見ると、一面の青空と浮かぶ雲。その下には日本の海岸線が見えている。

 女性は背もたれに頭を預けると、静かに目を瞑った。

 脳裏に初老の紳士の姿が浮かぶ。

 アメリカを出立する前に、女性に一つの命令を与えた紳士だ。


 「キリコ、これは最重要で、最優先の指令(ミッション)だ。」

 そう言いながら一枚の写真を差し出した。

 それには、青年と並んで笑顔を向ける少女の姿が写っていた。

 「よく、こんな写真、手に入りましたね。」

 「苦労したがな。」

 老紳士は笑みも浮かべず、テーブルの上に両手を合わせて置いたまま、キリコをじっと見つめ続けている。

 キリコはそんな老紳士を無視するように、写真の少女を脳裏に焼き付けるようにしばらく見つめた後、それを内ポケットにしまった。

 「くれぐれも悟られるなよ。」

 用事をすましたかのように立ち上がったキリコの背中に、老紳士が声をかけた。それに対してもキリコは反応を見せることもなく、その場を立ち去った。


 キリコは、窓の外の風景に目をやった。

 旅客機が旋回をしながら大地に近づいていく。

 成田空港の滑走路にその巨体が轟音を立てながら降りてくる。

 キリコの探し求めている少女のいる日本に。


エンジェル伝説 第二部 紫の少女の章 了

 

エンジェル伝説 第二部 黒の少女の章につづく


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ