表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

五、 謎が最後にやってくる

      1

 いつのまにか魔霊院は屋上に姿を現し、両手を合わせたまましばらくじっと佇んでいた。

 すでに日は西に沈みかけていた。

 やがて、静かに目を開き、両手を開くとそれを見て薄く笑った。

 「やったか。あとはもう一匹のねずみの始末ですね。」

 それは満足の笑みであった。

 そのとき、魔霊院は自分の背後に人の気配を感じた。

 急いで振り返ると屋上の出入り口の前に人が立っている。

 「おまえは…」

 「思惑通りいかなくて残念ね。」

 嘲笑を浮かべて立っている麻里江を見て、魔霊院の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 「どうやって私の手から抜け出したというのです?」

 「あなたがつぶしたのは私の式よ。」

 「式?」

 魔霊院の頭にある術の名前が浮かんだ。

 「式人交換」

 「かなり危険だったけどね。」

 そう言って麻里江はポケットからカードを取り出し、顔の前に構えた。

 「フフフ、なかなかやりますね。だがそのために気力をかなり消耗したはずです。」

 魔霊院の口の端が吊り上った。

 自分がまだ優位であることを悟ったのだ。

 実際、麻里江の顔色は悪く、手足に震えが見えた。

 「フフフ、そんな状態でこの私に勝てると思っているのですか。」

 「あなたを倒すのには十分よ。」

 「負け惜しみを。」

 魔霊院の全身から妖気が青白く立ち上った。

 麻里江も負けじと自らの気を高めた。

 二人の間に恐ろしいほどの緊張感を伴った空間が形成された。

 仕掛けたの麻里江からだった。

 手にしたカードを魔霊院に向って投げつけた。

 魔霊院の目が(あや)しく光り、一度合わせた手を左右に広げた。そして右手を迫るカードの前で払った。

 その途端、カードは四つに裂け、床に落ちた。

 「!」

 続けざまにカードが放たれた。しかし、軽く手を振る魔霊院の前でカードはバラバラに裂け、一枚も魔霊院に届かなかった。

 「もう終わりですか?」

 「まだよ!」

 麻里江は重ねたスペードのカードを左右に広げ、呪文とともにそれを剣に変えた。

 「タァァ─── !」

 裂帛の気合いとともに魔霊院の頭を狙って麻里江の剣が振り下ろされた。

 魔霊院はもう一度、手を合わせるとそれを左右に広げた。

 「キ──ン」

 金属音とともに麻里江の剣が魔霊院の頭上でピタリと止まった。

 麻里江の顔に当惑の表情が生まれた。

 一端、飛びのいた麻里江は再度、魔霊院に向って切りかかった。しかし、結果は同じく魔霊院の前で剣が止まった。

 「なぜ?」

 麻里江の疑問はすぐに解けた。

 見ると、魔霊院の左右の手の間に細い糸が張られている。

 その糸で麻里江の剣を受け止め、カードを切り裂いていたのだ。

 「ならば!」

 麻里江は身を沈めると魔霊院の足元を狙って切りつけた。

 魔霊院はすんでのところで床を蹴って切っ先を躱した。

 その飛びのいたところを狙って麻里江は魔霊院を突いた。

 必殺の突きに魔霊院の胸板が貫かれるかと思われた。しかし、またしても目の前で剣を止められた。

 糸を輪にして剣を受け止めたのだ。

 「どうしました。もうおしまいですか?」

 麻里江の焦りの表情を見て、魔霊院は口元に嘲笑を浮かべた。

 「こんどはこっちの番ですよ。」

 そう言うのと同時に、魔霊院は右手を横に払った。

 糸が鋭い音とともに空を切った。

 麻里江がそれを飛び躱すと、その後ろにあったフェンスが豆腐のように真っ二つに切り裂かれた。

 「ハハハ、いつまで逃げられますかね?」

 麻里江に向って糸がうなりをあげて襲いかかった。

 躱す麻里江の横を、振り下ろされた糸がコンクリートの床に黒い線を刻んだ。

 次から次へと繰り出される糸の攻撃を麻里江は紙一重で躱していくが、しかしそれは、麻里江の体力を消耗させる結果となった。

 肩で息する麻里江に向って、魔霊院の糸がフェンシングの剣のようにまっすぐ伸びた。それを躱し切れず麻里江の肩が切り裂かれた。

 肩に激痛が走り、思わず傷口を手で押さえた時、麻里江の頭上から糸が振り下ろされた。

 持った剣で受け止めようとしたとき、その糸が剣に絡みついた。

 「しまった!」

 糸の絡みついた剣はすさまじい力で麻里江の手から引きはがされた。

 「フハハハ、もう守る術はありませんね。」

 麻里江から取り上げた剣を手にして、魔霊院は勝ち誇ったような笑いをあげた。

      2

 麻里江と魔霊院が戦いを始めた頃、美樹は校舎にもう一度入ろうと玄関のガラスドアを思いっきり叩いていた。

 「くそ!開けろ!」

 しかし、叩いても蹴ってもドアはビクともしなかった。

 頭上からはすさまじい殺気と闘気が届いている。

 「早くしないと麻里江があぶない。」

 麻里江が“式人交換”をしたとなれば大幅に体力と気力を喪失しているはずであった。そんな麻里江を一人で戦わせられない。

 「そうだ、麻里江がやった方法で。」

 美樹はガラスドアの角々に五本の鏢を突き立てた。

 そして少し離れて、呪文を唱え始めた。

「万物を形作る五つの精霊よ。盟約に従いてその姿を現し、相克の力をもって我が示しし門を打ち破れ!」

 とたんに五本の鏢は震えだし、それぞれが緋色(あけいろ)に光りだした。

 光は線となって頂点と頂点を結び、それは五芒星の形を作った。

 やがて全体が緋色に染まったかと思うと大音響とともにガラスドアが砕け散った。

 「よし!」

 砕けたドアを抜け、美樹は殺気と闘気があふれる屋上へと駆けた。


 麻里江は絶体絶命の危機に立っていた。

 剣は奪われ、気力も体力も底をつき、立っているのがやっとの状態であった。しかし、闘志だけはその目から消えてはいなかった。

 それでも魔霊院の有利は変わらなかった。

 魔霊院は手にした麻里江の剣を放り投げ、ゆっくりと彼女に近づいた。

 麻里江はこの状況をなんとか打開しようと模索しながら後ずさりした。

 だが、すぐにフェンスが背中に触れた。

 万事休す。

 魔霊院は勝利を確信した。

 ゆっくりと右手があがる。

 「これでおしまいだ!」

 右手が振り下ろされると同時に魔霊院の死の糸が猛烈なスピードで麻里江に襲いかかった。

 そのとき、別な方向から一本のロープが飛んできて、魔霊院の糸にからみついた。

 「なに!?」

 突然の出来事に驚いた魔霊院は、ロープの飛んできた方向を見た。

 そこにはロープを握った美樹の姿があった。

 「間に合った。」

 「美樹」

 「貴様!」

 麻里江は九死に一生を得た安堵感を、魔霊院は邪魔をされた怒りをその顔に表した。

 魔霊院は自分の糸に絡みつくロープをもう一方の手の糸で断ち切った。

 「わっ」

 美樹はその反動で尻餅をついた。

 「死ね!小娘!」

 両手を振ると死の糸が美樹に襲いかかった。

 美樹はすばやく横に逃げると、後ろにあった屋上のドアが粉々に切り裂かれた。

 魔霊院の怒りに満ちた目が美樹を追う。それは麻里江から意識がはずれたことを意味した。

 麻里江は床に落ちている剣をすばやく拾い上げると、残る力で魔霊院に切りかかった。

 魔霊院の左の上腕部が切り裂かれ、鮮血が迸った。

 「ぐお!」

 その機を逃さず美樹は鏢を投げた。

 鏢は魔霊院の右手に深々と突き刺さった。

 「ぐわ!」

 両腕に損傷を与えられた魔霊院は屋上の端まで退いた。

 今度は魔霊院が追い詰められた。

 「その手じゃあ印も結べないわね。」

 そう言いながら麻里江は切っ先を魔霊院に向けた。

 「ふ、これで勝ったと思ったら大間違いですよ。」

 魔霊院は不敵に笑うと静かに呪文を唱えはじめた。

 麻里江に不吉な予感がよぎった。

 「妖法、館憑き」

 すると魔霊院の身体から青白い妖気が立ち上り、徐々にコンクリートの床にその身が沈み始めた。

 「待て、逃げる気。」

 その場へ駆け寄ろうとしたとき、コンクリートの床が大きく揺れた。

 「キャア」

 「うそだろ!」

 硬いはずのコンクリートの床が大きく波打った。

 その震動にふたりは立っていることができず、思わず床に這いつくばった。

 しばらくして震動が治まったとき、今度はコンクリートの床が流砂のように流れ始め、麻里江の身体を押し流した。

 剣を突き立て流されまいとしたが、麻里江はどんどん流され、やがてその体が床に沈み込みはじめた。

 「麻里江!」

 フェンスにつかまりなんとか流れから逃れた美樹は、麻里江の名を呼びながら残ったロープを麻里江のほうへ投げた。

 しかし、切られたロープは短く、麻里江に届かない。

 「ハハハ」

 高笑いとともに魔霊院が床から姿を現した。

 「どうです、我が妖法の力は。」

 魔霊院はサディスティックな目で麻里江を見つめた。

 麻里江はすでに体半分まで床に沈み、その中でなんとか脱出しようともがいていた。

 「ハハハ、無駄だ。そのまま地獄の底まで沈むがいい。」

 魔霊院は再び甲高く笑った。そして、その目が美樹に向けられた。

 「小娘、あなたもじっくり料理してあげますよ。」

 その目が怪しく笑う。

 美樹の背筋に冷たいものが走った。そのとき、美樹の脳裏にあることが思い浮かんだ。

 「もしかしたら…」

 美樹はフェンスから手を放し、胸の前で印を結ぶと呪文を唱え始めた。

 「大地を流れる地の龍よ。我が言霊(ことだま)に応えてその力を見せたまえ。」

 「無駄なことを。死ね!」

 魔霊院から再び妖気が立ち上った。

 美樹のいる場所も流砂と化し、麻里江の沈む場所に押し流した。それでも美樹は印を結んだまま念じ続けた。

      3

 そこは例の紋様がある倉庫の前。

 美樹が呪文を唱えた時、倉庫の前に5角形に突き立てた鏢が反応を始めた。

 それぞれが緋色に輝きだし、5本の鏢を頂点に五芒星が地面に描かれた。それにあわせて地面が揺れだし、一本の筋のような土の盛り上がりが生じた。

 筋は倉庫に向ってまっすぐ走り、倉庫の下に潜り込むと、倉庫の中からまばゆい光が迸り始めた。

 次の瞬間、その光は倉庫の屋根を突き破り、天へまっすぐと伸びていった。

 その現象は屋上にいる3人の目にも届いた。

 「何事です?」

 魔霊院は戸惑いながらその光の源に目を向けた。

 「まさか!?」

 「すごい」

 麻里江はもちろんだが、術をかけた美樹自身もこの現象に驚愕の目を向けた。

 光は一定の高さまで上ると、傘が開くように広がりながら周辺を覆っていった。

 すると、屋上に異変がおきた。

 流砂の流れが止まり、麻里江の身体が元のコンクリートの床の上にもどっていた。

 魔霊院の妖気もいつのまにか消え去っていた。

 魔霊院は再度、妖法を唱えたが、術は発動しない。

 麻里江の剣もカードに戻っている。

 皆がこの現象に戸惑った。

 「なにが起こったんです?」

 魔霊院は何度も妖法を唱えたが、結果は同じであった。

 これを好機と見た麻里江はカードを拾いあげると、魔霊院に向って投げつけた。

 突然の攻撃に魔霊院は反応できず、カードはその両肩、両足に突き刺さった。

 「ぎゃあ!」

 激痛に魔霊院は床に倒れた。そこへ駆け寄った麻里江は手にしたカードを魔霊院の喉元に突き付けた。

 「どうやら、形勢逆転のようね。」

 後ろでは美樹が、魔霊院の額に狙いをつけて、残った鏢を構えていた。

 ふたりのするどい眼差しに睨み付けられた魔霊院は、身動きができなかった。

 「さあ、なにかもしゃべってもらうわよ。」

 「私がしゃべると思っているのですか?」

 魔霊院はのろのろと立ち上がった。

 「無理にでもしゃべってもらうわ。」

 麻里江はカードをさらに突き付けた。

 「この()なら、たとえあなたが呪法を使ってもその喉を掻き切れるわ。」

 「あたしの鏢もね。」

 いつの間にか美樹は麻里江のすぐ後ろに立っていた。

 「おどしても無駄ですよ。」

 魔霊院はそっぽを向いた。

 「そう、じゃあ、しゃべるようにしてあげる。美樹。」

 麻里江に促されて美樹は持っていたロープで魔霊院を後ろ手に縛った。

 麻里江は懐から白紙の紙を取り出し、それにペンで何かを書くと魔霊院の額に貼り付けた。そして、その場に座らせると、紙に指を当て、小声で呪文を唱えた。

 「これであなたを封印したわ。」

 「それでどうします。拷問でもかけますか。」

 「そうね。でも、もっといい方法があるの。」

 魔霊院には麻里江の意図が見えなかった。

 「この()はこう見えても読心術の大家なの。あなたがしゃべらなくてもこの娘があなたの心の内をすべて読んでくれるわ。」

 麻里江は顔を近づけ、ニヤリと笑った。

 魔霊院の中で不安が渦巻く。

 それは麻里江にもはっきりわかった。

 「あたしの前じゃあ、無言は通用しないぜ。」

 美樹も顔を近づけ、魔霊院を脅すように言った。

 魔霊院に焦りの色が表れた。

 「私も鬼龍一族のはしくれ。そんなはったりは通用しませんよ。」

 強気で言った言葉に魔霊院がハッとした。

 「鬼龍一族?」

 その言葉に麻里江もひっかかった。

 「おまえは鬼龍一族なのか。」

 麻里江は魔霊院の胸ぐらをつかんだ。

 そのとき、さっきまでの光の傘が消えていることに美樹は気づいた。しかも日が落ちた空に暗雲が広がっていることにも。

 暗雲の間に光が瞬く。

 それを見て、美樹の全身に危険の信号が貫いた。

 「麻里江!」

 叫ぶと同時に美樹は麻里江の腕を引っ張った。

 次の瞬間、暗雲から稲光が走った。

 それはまっすぐ魔霊院の頭上に落ちた。

 「ぎゃあぁぁぁ── !」

 絶叫とともに魔霊院の全身が炎に包まれた。

 炎の中でのたうちまわった後、魔霊院はその場に倒れた。

 ふたりは突然の出来事に呆然とその光景を眺めた。

 「サ……キョ…サ……マ…」

 途切れ途切れに聞こえた言葉を最後に魔霊院は動かなくなった。

 静けさが屋上に広がる。

 そのとき、人の気配に麻里江はふと視線をあげた。

 その先には体育館があり、その屋根の上に人の姿が見えた。

 「えっ」

 しかし、その姿はすぐに消えた。


 その高校の裏門。

 そこに突然、人間が降ってきた。

 体のがっちりしたスポーツマンタイプの男だ。

 魔霊院が鳴神と呼んだ男である。

 「悪く思うな。魔霊院。あの方の指示だ。」

 そうつぶやくと鳴神は、闇の降り始めた道を歩きはじめた。

      4

 それから数日後、麻里江と美樹はその町を離れる日を迎えた。

 事件はうやむやに処理され、麻里江は転校という形で高校を離れた。

 校舎を臨む高台に立ったふたりは、いつもと同じように始まる高校の様子をだまって見ていた。

 「あの倉庫、跡形もなく取り壊されたって。」

 美樹はぽつんとしゃべった。

 「そう」

 麻里江は無表情のまま校舎を見つめていた。

 「あれは一体なんだったんだろうね。」

 「わからないわ。」

 「これからどうするの?」

 「いったん戻るわ。」

 「そう、じゃあ、私もおじさまのところに報告に戻る。」

 ふたりは高校に背を向けると、駅に向って歩き始めた。そのとき、麻里江は店先に貼られているポスターに目が止まった。

 「えにしの会?」

 「ああ、最近はやりの新興宗教でしょう。」

 美樹は関心なさそうに先に進んだとき、麻里江がついてこないことに気がついた。

 「麻里江?」

 振り向くと、麻里江はポスターをじっと見つめていた。

 「どうしたの?」

 「見て。」

 ポスターを指差すが、『えにしの会』の講演のことが書いてあるだけで、美樹には麻里江がなにを気にしているのかわからなかった。

 「ただの講演のポスターじゃあない。」

 「下の名前。」

 「名前?」

 見ると講演者の名前が連なっており、その中に『篠神左京』という名前があった。

 「篠神左京(しのがみさきょう)

 「サキョウ」

 つぶやいた名前に美樹はようやく思い至った。

 「あいつが最後に言った言葉。」

 「サ・キョ・サ・マ…左京様…?」

 「なにか関係があるのかな?」

 「わからないわ。」

 麻里江は首を振った。

 謎を抱えながら、ふたりはその場から離れて駅に向った。

 

       5

 北陸の南西部の山間の町にある北陸の老人の屋敷。

 いま、そこに一人の訪問者があった。

 北陸の老人の正面に座り、まっすぐ老人を見つめていた。

 墨のような黒髪とその下にある精悍な顔つきが印象的である。

 歳は五十代だろうか。白の襦袢と袴を着た姿から神職を想像させる男であった。

 「奇妙な魔法陣を見つけたそうだな。蓮堂(れんどう)

 「はい、これです。」

 蓮堂は懐から例の写真を取り出し、男の前に差し出した。男はそれを取り上げ、じっくりと見た。

 「これが地脈と関連しているということか。」

 「はい、詳しいことは今調べております。」

 男はその写真を畳の上に置いた。

 「それで三人官女のうちの一人を動かしたわけか。」

 「ええ、土御門(つちみかど)様も姪御様をお遣わしになられたようで。」

 土御門と呼ばれた男はそれには答えなかった。

 「しかも、私の配下の調べによるとこの魔法陣、各地にあるようで。」

 「各地に?」

 土御門は蓮堂の言葉に腕を組んでうなった。

 「この日の本になにかが起ころうとしていることは確かだな。」

 「はい」

 そう答えると二人の間の会話が途切れた。

 「で?」

 土御門がぽつりと言った。

 「で、とは?」

 蓮堂がぽつりと返した。

 「おまえはこれをどうしようと考えているのだ。」

 その問いに蓮堂はただ口元に笑みを浮かべただけで、返答をしようとはしなかった。

 「保春(やすはる)殿にお話しせぬとは失礼ではないか、蓮堂。」

 障子の向こうから突然声がした。

 ふたりがその方向に目を向けると、障子が静かにあき、黒の羽織、袴を着た総髪の男が現れた。

 男はふたりを交互に見ると、土御門保春の隣に座った。

 「これは幸徳井(こうとくい)様、お出ででしたか。」

 「なんだ、景明(かげあき)、突然に。」

 「私を抜きにするとは、つれないですな。保春殿。」

 幸徳井景明は、もう一度ふたりを交互に見た。

 「おまえにはのちに話そうと思っておった。何もわかっておらぬからな。」

 保春は腕を組み、目をつぶった。

 景明はそれを見て苦笑した。

 「関係あるかわからないが、私のところでもあることを調査しておる。」

 「あること?」

 保春の目が開いた。

 「『えにしの会』という団体を知っておるか?」

 「聞いたことはあります。最近、あちこちに勢力を伸ばしている新興宗教とか。」

 蓮堂が答えた。

 「それがどうした?」

 「その会があちこちに会館をつくったり、高校や施設にかかわりをもったりしている。」

 「よくあることじゃろ。」

 保春は関心なさそうに言った。しかし、蓮堂は興味を持ったようだ。

 「そのかかわりを持った高校の中に蓮堂が調べている高校もある。」

 「なに」

 ふたりが同時に声を発した。

 「すると各地にある魔法陣とその『えにしの会』が関係あると。」

 保春が身を乗り出した。

 「関係あるかをいま、うちの(しょう)に調べさせておる。」

 「翔様に」と蓮堂。

 「はは、三人官女そろい踏みだな。」

 保春は軽く笑った。

 「それでさっきの続きだが。」

 景明が蓮堂に視線を移した。

 「続きとは。」

 蓮堂はとぼけた。

 「私と保春殿の前でとぼける必要もあるまい。お前のもくろみだ。」

 景明にそう言われて、蓮堂もとぼけ続けることはできなくなった。ふたりを交互に見ながら静かに語り始めた。

 「この件がどこまで日の本に関わるかわかりませぬが、もし重大事ならこの件を利用して陰陽寮の復活をと。」

 「陰陽寮!」

 今度は保春と景明が同時に声を発した。

 蓮堂は続ける。

 「この重大事をわれらが解決に導けば、我らの復権につながり、その先には長年奪われてきた日の本の霊的支配を我らの手に取り戻すことができるかと。」

 「そううまくいくか?」

 「しかし、やってみる価値はあるな。」

 景明は懐疑的に言ったが、保春はその気になった。

 「蓮堂、お前の思うとおりにことを進めてみよ。われらも協力する。よいな、景明。」

 「保春殿のおおせのままに。」

 「ありがとうございます。この蘆屋蓮堂、粉骨砕身努めます。」

 蓮堂はふたりに対して頭を下げた。

 下げながらその口元に笑みを浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ