悲しき遊園地は廻る
ドクドクと速くなったままの脈拍、全身から吹き出す熱い汗を感じながらも足を止めることはできない。それは隣を走る彼女も同じだろう
俺は奏太、仕事の合間によくボランティアをする。今日は小学校のキャンプの手伝いで近くのキャンプ場を訪れていた。手伝いのお礼に、と子供たちの作ったカレーをいただいていたところ、子供が三人居なくなったという
先生方は他の子を見ていなきゃいけないと思い、自由のきく俺と、居なくなった子のうちの一人の姉だという、詩織さんと頼りなく灯る街灯の側を駆け始めたのだった
「奏太さん、ここら辺にある潰れた遊園地をご存知ですか?」
と、いきなり詩織さんが話しだした。俺は思わず足を止める。なんでも経営難で潰れた遊園地が有るらしいが、そこでは不可解なことが起きるという有名な心霊スポットだとか
「……子供たちは、そこに行ったと?」
「恐らく。弟と仲のいい二人は、その、活発で好奇心旺盛なので、一緒に行ったんじゃないかと」
遊園地か、と呟き周りを懐中電灯で照らすと錆びた柵がチラリと見えた。どうやら目的の場所は目前だったらしい
「伊織!! 戻りなさい!!」
隣の彼女は突然柵に食って掛かり、弟の名を叫んだ。目を凝らすと三人の人影、それも彼女の声に反応した影が真ん中にある
「詩織さん、あっちに入口が有ります。急いで追いましょう」
「……っええ、わかりました」
姉の忠告を無視して好奇心のまま進んだ彼らに対しての静かな怒り、心霊スポットに進む不安感、そして弟への心配。様々な感情の混じった顔で、彼女は俺の言葉に同意した
すぐに入口にたどり着き、古びて立て付けの悪い門を力任せに押しやって中に入った
「先に進み、……え?」
詩織さんは隣にいるのにも関わらず、ザリ、という足音が後ろからした。開閉に騒音がする門が閉じている。その門の上には
「ャアァァァッ!!!」
「凛ちゃん!?」
一番手前にあるアトラクション、ジェットコースターの亜種にあたるアクアツアーから女の子の悲鳴が上がる
追う直前、門の方を振り返ると何かが立っていた。それも気になるところだが今すべきことではないと諦めた
「姉さ……、新くん、沈んで」
「……っめんなさ、ごめ、ごめんなさいっ!!」
パニックになって謝り続ける凛ちゃんと真っ青になって新くんの心配をする伊織くんを水溜の淵に居るのを見つけた
駆け寄った勢いのまま伊織くんの指差す水中へ身を投じた。夜、明かりもない山奥の廃遊園地、暗くてほとんど見えない中だが、それでも懐中電灯で手当たり次第照らして新くんを探す
しかし、いつまでたっても底には当たらないし新くんも見当たらない。飛び込む前に見ていた水溜はそんなに大きくなかったはずなのに……
「……ガッ、ゴボ」
頭への衝撃に思わず口を開いてしまい、空気が上へと昇っていく。直前まで真っ暗だったのに、いきなり床が現れたのだ
驚きつつも周りを見回すことを止めなかったお陰か、新くんを見つけることができた。しかし、彼の体には真っ黒い靄がまとわりついていたのだ
呼吸が苦しくなり一旦浮上しようとした。浮上の最中に俺にもその靄が絡みついてきて、グッと引き戻されそうになる。水中に出る直前、先ほどまでいた辺りにびっしりとこちらをみやる無数のなにかがいた
「詩織さん、ダメです! 逃げましょう!!」
「……伊織、凛ちゃん、行くよ!」
「なんでっ、新は…… ねぇ!?」
「新くん! 離してよ姉さん!!」
アクアツアーに来る前に既に門は閉じられていたので別の出口を探すことを走りながら提案した。俺は伊織くんを抱えながら、詩織さんは凛ちゃんの手を引きながら
遠退いてはいるが、後ろから迫る靄から逃げ続けると、前方に先程と同じような黒い靄のかかった、紫色のお城が見えたが、近寄らないように手前の道に逸れた
もしかしたらそれが間違いだったかもしれない。突然おとなしくなったはずの凛ちゃんが右手側にある観覧車へと駆け出した
「助けてって聞こえたの! 私は自分が危ないからって誰かを見捨てたりしないもん!!」
「凛ちゃん、この遊園地は本当に危ないんだ! 戻ってきて!!」
友達を目の前で見殺しにされたような彼女には、その声は届かなかった。彼女は扉を開いた瞬間、ブワリ、広がる黒い靄に、姿を書き消され悲鳴だけが残された
「なにっ、うあ、離し、アァァァ!!」
悲鳴だけではない、バキリバキリと何かが折れる音。上を見ると様々な人の死骸がゴンドラに所狭しと詰め込まれている、ではあの音は……
呆然と靄に呑まれる凛ちゃんを眺める二人を無理矢理引き摺って進む。せめてこの二人だけでも守りたい。帰らせたい
だが、黒い靄が出口付近を覆っていて近寄れそうにない。後ろからも迫ってきているので、致し方無くミラーハウスへと入り、やり過ごすことを決めたのだった
親しい友人を失った、後ろを歩く二人の雰囲気は重苦しい。凛ちゃんの言った、見殺し、という言葉が頭をリフレインし、胸にどす黒いものが沈んでいく。しかし、このまま飲まれてはいけないと、後ろを振り向くと
「あああ痛い痛い痛い!!」
「イタ、イ、やだやだ! 助けて!」
黒い靄が鏡の中に彼らを招待していた。詩織さんの伸ばした手も掴みとれず、二人は鏡の世界の住人となってしまった
二人が入り込んだと同時に、なにかが鏡の中からでてきた。それは門の所で見えた影と一致した
「ーーアッハハ、ようこそおいでませ。裏野ドリームパークへ」
「……っお前!?」
ここの土地の紹介、着ぐるみ姿からマスコット役なのだろうと判断できた。問題は今までのような靄ではなく立派な実体、しかも俺と同じくらいの体型だ
「生き残ったお前に特別に……ここの説明をしてやるよ。遊園地に迷いこんで、生きることを諦めた人間から体を奪い、生を渇望する亡者に与えてやんのさ」
「……亡者に?」
「そうさぁ。死産なり堕胎なりで生まれなかった子や、いじめ虐待で命を絶たされた子の魂」
探検や肝試しと称して自身を危険に晒すようなダメな魂より、生きることを渇望する魂を容れてやったほうが体も喜ぶに決まってんだろ、と彼は語った。着ぐるみの表情は変わらないがなぜか苦しそうに笑ってるように思えた
鏡にもう二人の姿はない。せめて新な犠牲者がでないようにキャンプを中止にさせないと、と思いなおし、靄の無くなった出入り口から外へと転がり出る。そのまま脇目もふらずに門へと一直線
「……もう、来んなよ?」
振り向いたが姿はなかった
数週間前の記憶とは違い、keep outの警告文が踊る門をくぐった
キャンプの中止、親御さんや先生方への説明、警察への連絡、後日には事情聴取、とバタバタしていた日々も終わり、俺は再び彼の地へと赴いた。勿論昼間に
「……よーこそ、いらっしゃいましたー」
靄に襲われたらたまったもんじゃない、なんて考えていると棒読みで不貞腐れたような声がかかった……マスコットの
「一名様、ごあんなーい」
その挨拶は遊園地じゃなくないか、という呆れは無視された。どこに案内されるのか観察していると城に向かっているようだった
山々の間を縫って通った日光が鮮やかなピンクを写し出している。大きな両開きの戸を浅めに開けて、俺を手招きした
「……あぁ、ここの地下拷問部屋なんだよ。この遊園地を取り壊そうとしたやつのための」
「……へぇ」
「へぇってなんだ、怖くねえのかよ。つまんねぇな」
なんなら入ってくか? と下へ続く階段を指差すので黙って首を横に振った。しん、と静まり返った城内に二人分の足音が響く
だいぶ登ったところで最上階についた様で、今度は階段の先の部屋へと歩を進める。軽い調子で開いたドアに普段使われている様子が垣間見える
「……お前、悠太だろ」
「あーあ、これだから勘の良いお兄様は!」
俺の家族は全員、一度の交通事故で亡くなった。家族旅行の最中だった
悠太は俺の双子の弟、あの時死んだはずだったのに、こうして会うことができてひどく驚いたものだ
「まぁでも、兄貴の驚いた顔は傑作だったな」
そう言って被り物を脱いだ。俺と瓜二つの顔が現れるが、相違点をあげるとするならやはり、半透明の体と青白さだろうか
「……で、なんで戻ってきた?」
「お前に説教をしに」
なんでこんなことをやっているんだ、とかなり怒りを言葉にのせてぶつけた。慣れている弟はそれでも飄々としている
「こないだ言ったろ? 報われない魂に器を与えてんの! 人助けしてんの!」
「犠牲になる人もいるだろ」
ぐっと眉間にしわをよせてこちらを睨む。初っぱなから触れられたくないところに殴りかかってしまったらしい
「絶望した奴等からしか器を奪ったりしてねえよ、兄貴だってそうだろ?」
「だが俺と一緒に居た奴等は靄に呑まれる寸前嫌だと、助けてと叫んでいた」
生きることに随分な執着を持っていないと、こんなところで友人が一人ずつ奪われてマトモな精神状態を保ってはいられない
俺は家族の分まで生きることを決めているから、ここで死ぬわけにはいかないと思っていたから助かっただけの話だ
「生きたかった命を救済するのは良い。だがその方法は間違ってる。それくらいお前ならわかってるだろう」
「……そんな綺麗事生きてるから言えんだよ。俺たちにはもう後がない、これしかない!!」
頭を抱えて取り乱し、喚き散らす姿は子供のようだ。綺麗事か、正しいことを言ったつもりなんだが
「……本当にそうなのか?」
「あぁっ!?」
そうだから言ってんだろ、とでも言いたげな表情で顔をガバリとあげた。こっちはそうじゃないと思ったから話しているんだろう
「死後のことについて俺は何も知らない。だからお前に聞くんだ。成仏だの転生だのそういう言葉が世にあるが、そういったことは本当にないのか?」
「……」
「現状だと子供に他人の歩んできた人生を歩かせていることになる」
黙りこんだ。こういうときは言いたくないんじゃない、言えないんだと俺は知っている。何をどのように言うか悩んでいるときだから、言えるまでひたすら待ち続ける
「……間違ってんのは気づいてたよ、最近だけどな」
「前々からこんなことやってたのか」
「ああ、死んでから割りとすぐに。あん時はなんで俺らが死ななきゃいけなかったのかってずっと考えてた」
俺だってそうだ。いきなり幸せな家族旅行の最中に全てを奪われたのだから。立場が違えど考えたことは同じだったらしい
「そのときここに偶然たどり着いたんだよ。子供達が生きたい、遊びたいって群がってたのさ」
古び寂れたと言えどここは遊園地、恵まれなかった彼らには輝いて見えたのだろう
「子供のひたむきな思いってのは、きっと、何よりも強いんだろうな。俺はその純粋さに魅いられたんだ」
この弟は根は優しく真っ直ぐな男だから。……願いを、叶えてやりたくなったのか
「純粋な負のエネルギーってのはすぐ増大すんだ。そのエネルギーでこの遊園地は動いてる」
「ああ、あの黒い靄ってエネルギーなのか」
「そうだ。でも、兄貴に再会して、強い生命力に触れて目が覚めた。誰も報われないのが現状だと」
もうすぐ皆の説得も終わるからと儚く笑う弟に、俺が来るまでもなかったなと返した
「ごめんな兄貴、今の生活もあるのに心配かけたみたいで」
「家族なんか迷惑掛け合って、正しあっていくものだろ? 気にするな」
兄貴には敵わないなと溢した弟と、何年かぶりに笑いあった。生きていた頃と同じ、吹っ切れたような快活な笑みをしていた
笑いが共に収まってすぐに残りの子供たちの説得にいくと弟は語った。数分の押し問答の末、俺もついていっていいことになった
「今まで縛り付けててごめんな、皆と一緒にいこう」
「うん、わかった!」
「お兄ちゃん今まで頑張ってくれてありがと!!」
フワフワと半透明だった子供たちが光になって空中にとけていく。慕われなつかれている弟の姿に終始笑みが浮かんでいたのは言うまでもない
「これで全員だよ。エネルギーが無くなればここは崩壊する、早く帰れ」
「もう少し。お前にまた会えて嬉しいんだ」
「俺はもう会えないんだし、引き留める前に帰ってほしいよ」
城の階段前で別れがたく半身を見つめる。するとガタガタと城が震え、地響きがなり始めた
「言わんこっちゃない、ほら、早く」
「ああ、じゃあな悠太」
「元気で、奏太」
ドアを開ける直前振り返った。悠太が涙を流す、
その後ろには無数の靄が地下から流れ出していた
「悠太っ!!!」
「ーーっあ 」
抵抗する間もなく無数の靄に喰われた悠太。全員説得したと言っていたのに、どうして、どうしてこんなことに
「俺たちの体を奪っておいてハッピーエンドになるとでも?」
ああ、悠太は、俺の半身は、その罪から被害者たちによって直接その身を罰せられたのだ
その体を寄越せと近づく、靄を纏った半透明の老若男女様々な者たち。悠太の分まで、家族の分だけ、俺は生きなきゃ、でも四方を囲まれたこの状況でどうやって?
「なあ、兄ちゃん。俺なら弟クンと同じとこに送ってやるぜ?」
悠太と同じところ、良いかもしれない。そこに逝けば皆に会える。独り寂しい思いをすることももう無くなる
逃げるのも抵抗も止めた。先ほどの男に身を委ね、その時を覚悟して待つ
「いいんだな、さっき言った通りで」
「ああ、いいよ、そうしてくれ」
「そうか」
周りの靄は微動だにしない。真っ正面、悠太の立っていたところから男が近寄ってくる
急にゾワリと血の気が引き、足がガタガタと震えだした。これから死ぬんだ、無理もない。だがそれでも悠太と同じところに行けるならこれくらいの恐怖、耐えてみせよう
「お前らに、ハッピーエンドなんか訪れねえんだよ」




