Episode8 鋼糸使い
「大丈夫か?」
そう彼女に告げると、俺は力を入れてゴブリンソルジャーを押し返そうとする……だが、ゴブリンソルジャーの筋力が思っていたよりも高く、押し返すことが出来ない。
しかも少しずつにだが、ゴブリンソルジャーが力を強くしてきているのだ。
このままいくと、こっちが押し負ける……!
俺は力を本気で込めて、ゴブリンソルジャーを後方に押し返そうとするが全く状況は変わらずに押し返せないままだ。
このままでは不味い……
〈スキル︰筋力上昇Lv.1を取得しました〉
最高のタイミングだった。
俺の筋力が先ほどとは比べものにならないほど上がる。俺はゴブリンソルジャーを何とか後方に押し返すと、彼女に声をかけられる。
「貴方は……?」
「Eランク冒険者のルークだ」
名前と冒険者ランクを彼女に伝えると、彼女は驚いた表情を浮かべて俺を見る。
「Eランク、まだ駆け出し冒険者ではないですか!何故、私を助けに来たのですかっ!」
「……何となくだよ」
俺はあの状況で、Eランク冒険者の俺のことを心配している彼女に少し驚く。
「あなたはこの状況をわかっているのですか!」
この状況をわかっているのか……か。
脅威度5のゴブリンソルジャーが2体とゴブリンソーラー1体。それに対してこちらはEランクの駆け出し冒険者とハイゴブリン相手に勝てる金髪の射手の2人、絶望的だな。
「わかってるよ、死ぬ覚悟でお前を助けに来たんだから、感謝しろよな」
「わ、私なんか置いて逃げてください!私は何も関係ないあなたを巻き込みたくはないのです!」
この状況でまだ俺のこと心配するのか……お人好し過ぎるんじゃないのか?
「関係ないとか巻き込みたくないとか、そんなことはどうでもいいんだ。魔獣に襲われているから助ける、それだけだ」
「なっ、なんですかそれ!お人好しにも程があります!」
お前がそれを言うのか。
「なぁ、俺はもう名乗ったけどお前の名前はまだ聞いてないんだ。教えてくれないか?」
「えっ、名前ですか……?そ、そんなことはどうでもいい──」
「名前は?」
「──アリス、です……」
俺が少し威圧を加えてアリスに名前を尋ねると、諦めたのかアリスは名前を名乗る。
「よろしく、アリス。早速で悪いんだけど、アリスはゴブリンソーサラーを頼む、俺はゴブリンソルジャー2体を殺る。もし生き残れたら飯でも奢れよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そう言って俺はアリスの言葉を無視して、ゴブリンソルジャーの元へと走っていく。
後ろから俺を静止させようとアリスの声が聞こえるがそれは無視して、ゴブリンソルジャーだけに意識を集中する。
「さて、生死を賭けた命懸けの戦いを始めるとしますか」
実力的にも数的にもこちらが不利、これをどう覆すかが勝利の鍵になってきそうだな。
俺はゴブリンソルジャーに攻撃を仕掛け、それを受けるようにゴブリンソルジャーは剣を構えると、俺とゴブリンソルジャーの剣がぶつかり合って俺が後方に下がるように弾かれる。
「ぐっ…」
それに続くように横から2体目のゴブリンソルジャーが俺に向かって攻撃をしてくるが、俺は左腕に装備していた盾でなんとか受け止める。しかし、ゴブリンソルジャーの攻撃を防御出来たのはいいが、弾くことが出来ずに隙が生まれてしまう。
そこに最初のゴブリンソルジャーが攻撃を加えてくるが、俺は片手剣で何とか受け止めるが、盾同様弾くことは出来ずに2体のゴブリンソルジャーの攻撃に押されて抜け出せなくなってしまう。
この状況を打開する為に何かないのか……!
すると、俺はアリスに使ったあるスキルが脳裏に過ぎる。
──威圧
俺は威圧を2体のゴブリンソルジャーに使用すると、少しは怯んだのか2体のゴブリンソルジャーの押す力が弱まったように感じる。
俺はその隙を逃さずに力を込めて2体を押し返そうとする。
すると、2体のゴブリンソルジャーは俺の力に押し負けそうになったので、危ないと感じたのか、俺から距離を取るように後方に下がる。
無理に後方に下がろうとした2体のゴブリンソルジャーは、追撃すれば致命的な傷を与えられるほど大きな隙を見せているのだが、十数秒もの間、2体のゴブリンソルジャーの剣を受け止め続けていたのだ。両手に疲労が残り、追撃するほどの力が入らない。
すると1体のゴブリンソルジャーが俺への警戒を薄めたのか、剣を横向きに変えて突きの構えて攻撃をしてくる。
俺はゴブリンソルジャーの攻撃に対応する為に盾を構えたが、突然ゴブリンソルジャーの動きが加速して剣に風が集まり始める。
あれは武技か?突きの構えに風を纏った剣……疾風突きか!
俺はゴブリンソルジャーの使おうとしている武技の正体に気づき、盾では無く剣で対応しようとするが間に合わない。
ゴブリンソルジャーの剣は、俺の構えている盾に正面からぶつかり合うと、金属が欠けるような鈍い音がなると同時にお互いの剣と盾は弾きあって後方に押される。
俺は剣と接触した盾の表面に目をむけて確認してみると、接触した場所から広がるようにひび割れているのが確認出来た。
「やばっ……もう攻撃を受けるほどの耐久力も残ってないかな」
ゴブリンソルジャーの攻撃を防ぐ為の盾が砕けかけていることに気づき、俺は盾なしでどうやってゴブリンソルジャーを倒そうかと考え始める。
ゴリンソルジャーがさっき使った武技はおそらく疾風突きで間違いないだろう。
疾風突きはレイピアの魔力付与系の武技だが、片手剣や刀でも使用出来るし、取得も可能な武技なのだ。
片手剣だから、突きの武器は使えないと思い油断していたことがこの失敗に繋がってしまっただ。
疾風突きはレイピアの武技の中では初級中の初級の武技でありながら、戦闘に織り交ぜながら使用するとかなり厄介な武技でもあるのだ。
しかも、武技は1点に集中した攻撃の為、武器や防具が破損する可能性がかなり高い武技でもある。
ある程度技量があれば受け流したり、避けたりすることで武器の破損を防ぐことが出来るが、自分より身体能力が上の敵を2体相手にして疾風突きに対応する自信はない。
それに相手は攻撃特化のゴブリンソルジャーだ。防御に関してはともかく、攻撃に特化しているゴブリンソルジャーには単純な力比べでは勝てな……単純な力比べをしなければいいのか。
それなら攻撃を受けずに速度特化で相手を翻弄して戦うという作戦もあるな。
それに俺には複数の暗器を持っている、この中の何かを使えばあるいは……
俺はある作戦を閃く。
その作戦は成功率が低く確実性に欠けるものであったが、いまの俺の状況を覆すには最もいい作戦なのだ。
「身体能力で負けている格上の魔獣2体に圧倒的な技量で勝負ってことか……やるしかないよな」
───加速
俺は目の前にある木に指輪が付いた左手で触れると、剣を腰に挿して短剣を1本取り出して右手に持つと、武技を使用して2体のゴブリンソルジャーに突っ込む。
ゴブリンソルジャーは俺の接近に気づいて武器を構えると、俺に向かって攻撃をしてくるが、俺は短剣で攻撃を受け流してゴブリンソルジャーの頬に切り傷を負わせる。
俺はそのままゴブリンソルジャーから離れると、また木に左手を触れてから木を蹴って武技を使用する。
───加速
そして再びゴブリンソルジャーに攻撃を仕掛ける。その繰り返しを何回、何十回と行って2体のゴブリンソルジャーに複数の切り傷を負わせていく。
〈スキル︰短剣術Lv.1を取得しました〉
〈スキル︰短剣術Lv.1がスキル︰短剣術Lv.2に上昇しました〉
俺は2体のゴブリンソルジャーに武技を使って近づき、切り傷を複数負って激昂しているゴブリンソルジャーに再び切り傷を与えて、俺はその場を離れて左手で木に触れる。
そして再び地面を蹴って2体のゴブリンソルジャーに近づく──ことは無く俺は動きを止める。それと同時に口から血を吐いて、足元がふらつき木にもたれかかる。
武技の連続使用、それが俺が血を吐いた原因だった。
武技は便利だが連続で使用すると、徐々に負担を蓄積していき、武技の強さにもよるが攻撃系の武技だと4、5回ほど、自己強化系の武技は10回ほどで連続使用すると限界に到達して、使用ごとにダメージを負っていくのである。
俺は何十回も武技を連続使用した為、かなり危ない状態になっており、これ以上使用すれば死の可能性さえ出てくるほどである。
だが他の人間が何十回も武技を使用すれば既に死んでもおかしくないほどの使用回数でもある、それは俺の技量の高さが武技の連続使用の負担を軽減させる結果となっているのだ。
〈武技︰加速が進化し武技︰加速IIを取得しました〉
〈スキル︰武技使用負荷軽減Lv.1を取得しました〉
武技使用不可軽減のスキル取得によって痛みが少しだけ引いて、なんとか動ける状態にまで回復する。
俺は持っている短剣をしまって、2本のナイフを抜くと、2体のゴブリンソルジャーに近づいていく。
だが、2体のゴブリンソルジャーは俺に向かって攻撃をすること無く、不自然な格好で固まって俺を睨んでいる。
その時、森に光が差し込み2体のゴブリンソルジャーと俺の周りを照らし始める。
すると2体のゴブリンソルジャーを中心に何十もの銀色の鋼糸が2体のゴブリンソルジャーの動きを止めるように張り巡らされていたのだ。
俺はゴブリンソルジャーにある程度近づくと、ナイフを構える。
「これで……終わりだ」
俺は2本のナイフを同時に投げると、ナイフは綺麗な軌道をえがいて2体のゴブリンソルジャーの心臓に突き刺さる、すると2体のゴブリンソルジャーはほぼ同時に首をカクンと落として動かなくなる。
〈スキル︰鋼糸術Lv.1を取得しました〉
〈スキル︰精密操作Lv.1を取得しました〉
俺は指輪から魔力の供給を止めると、鋼糸は消えて2体のゴブリンソルジャーは並ぶように地面に落下する。
〈スキル︰魔力操作Lv.1を取得しました〉
スキルの取得する数が多いなと思いながら、2体のゴブリンソルジャーに近づくと、2体のゴブリンソルジャーの心臓に刺さっているナイフを引き抜いて、ナイフについている血を落とすように地面に向かってナイフを振るう。
ナイフについていた血を落とすと、ナイフをしまって短剣を取り出して、ゴブリンソルジャーの魔石を抜き取る。
〈スキル︰解体Lv.1を手に入れました〉
俺は魔石をポーチに入れると、武技の連続使用のせいで血がついている口元を服の袖で拭くと、アリスはどうなったのかと思い、俺はアリスの戦闘している場所に顔を向ける。
そこには、魔術師のゴブリンソーサラーと近接戦闘をしている射手のアリスの姿があった。
射手と魔術師が近接戦闘を行っていることに驚きながらも、俺はアリスの戦闘に協力することなく観戦を始めたのだった。
最近、俺の周りでK-POPブームがきてます。俺は全くなんですが……