Episode16 武技殺し
俺は背中に突き刺さっている弓矢を抜いてから服の裾を破ると、怪我した場所を一周するように布を巻いて応急処置を行う。
「しかしこれは本当にまずいな……」
俺達の元へと迫ってきているゴブリンエンペラーを筆頭とした100体を超えるゴブリンを見て危機感を覚える。アリスもこの光景に驚いているのか、先程から一言も発せずにゴブリンの軍勢を見続けている。
俺は片手剣を鞘から抜くと、ゴブリンの軍勢に向かって片手剣を構える。
「これは……死ぬかもな」
後ろには終りが見えないほど深い常闇の谷があり、前にはゴブリンエンペラーを筆頭としたゴブリンの軍勢が迫ってきている。常闇の谷に落ちても死、ゴブリンの軍勢から逃げ出そうと思っても前を塞がれている為、結局戦って道を切り開くしかない。だが、ゴブリンエンペラーによって統制がとれているこのゴブリン達に背中を見せれば、追撃されて死ぬのが目に見えている。
ゴブリンの軍勢を見ながら色々考えていると、先程まで何も発さずにゴブリンの軍勢を見続けていたアリスが魔法弓を構えて俺の横に並ぶ。
「私も戦います。私が原因でルークさんを巻き込んでしまったのに、私だけただ見ているだけなんて許されないと思いますから……それに、私はルークのパートナーでもあるんですからね」
それを聞いて、俺は少し緊張がほぐれて安心感が湧く。
「そうか……なら、作戦は簡単にいこう。アリスはゴブリンクイーンを、俺はゴブリンキングを殺る。それが終わったらゴブリンエンペラーを倒して離脱だ」
「本当に簡単な作戦ですね、もう作戦と呼んでいいのかわからないレベルです。でも……」
「わかりやすい、だろう?」
アリスは俺の言葉に笑顔で頷くと、ゴブリンクイーンに身体を向けてその場を立ち去る。俺もアリスがゴブリンクイーンの元へ向かったのを確認すると、小さな笑みを浮かべながら、地面を蹴ってゴブリンキングの元へと向かっていった。
ゴブリンキングに向かって走って行くと、行く手を阻むようにゴブリンやハイゴブリン達が俺に攻撃を仕掛けてくる。
俺は軽々と攻撃を躱してゴブリン達の身体に攻撃を叩き込んでいき、次々とゴブリン達を倒していく。だが、そう簡単にゴブリンキングまで辿り着くことは出来ない。
俺はゴブリン達を倒しながら順調にゴブリンキングに近づいて行くが、突然攻撃が防がれてカウンターをくらう。いつか攻撃が防がれることを予期していた俺は即座にカウンターに反応して避けることに成功する。
俺はすぐに体勢を立て直して、カウンターを仕掛けたゴブリンに向かって剣を構えると、その正体に俺は少し驚く。そのゴブリンは、15日前に苦戦してなんとか倒したゴブリンソルジャーだったのだ。だが俺は15日前より遥かに強くなっているのだ。ゴブリンソルジャー相手に遅れは取らないし、倒すのに時間は掛からない。
俺は地面を蹴ってゴブリンソルジャーの目の前まで近づくと、剣を持っている腕の手首を切り落とし、先ほどと同じように攻撃を仕掛けてゴブリンソルジャーの身体を切り裂く。その一瞬の光景は、俺が15日間でどれだけ強くなったのか証明する光景でもあった。
「次……!」
俺はゴブリンソルジャーを一瞬で倒したことに対して少しは思うところがあったが、いまはそんなことを考えている状況ではない。俺はすぐにゴブリンキングがいる方向に身体を向けると、足を再び動かしてゴブリンキングの元へと走る速度を上げていった。
十数体のゴブリンを倒してなんとかゴブリンキングの元へと辿り着くが、そこには3体のゴブリンジェネラルがゴブリンキングを守るように立っていた。
ゴブリンジェネラルの脅威度は6、それを3体同時に戦うのか……
「初めての脅威度6の魔獣との戦闘が3体同時とはな……」
俺は後ろを少し振り向いてみると、そこにはアリスがゴブリンクイーンと戦闘している姿が見えた。
あっちにはゴブリンジェネラルはいなかったのか……
もしアリスにゴブリンキングを任せていたら、アリスがゴブリンジェネラル3体と戦うことになっていたと考えると、3体のゴブリンジェネラルと戦うことに対する恐怖心が薄れてくる。俺は単純だなと自分で自分に溜息をつくと、目の前に立つ3体のゴブリンジェネラルに向かって剣を構える。
ゴブリンジェネラル達は既に俺を敵として見ているようで、小さくない殺気が俺に向けられているのがわかった。
「ふぅ……やるか」
俺は全力で地面を蹴って、ゴブリンキングへの道を塞ぐように立っている3体のゴブリンジェネラルの内1体に狙いを定めて攻撃を仕掛ける。
だが、3体のゴブリンジェネラルの内1体を狙って、他の2体が見逃してくれる筈もなく、俺の攻撃は狙いを定めたゴブリンジェネラルに辿り着く前に、他の2体のゴブリンジェネラルに攻撃を受ける。
俺は2体のゴブリンジェネラルの攻撃を躱して、狙いを定めたゴブリンジェネラルに攻撃を仕掛けるが、大剣で受け止められる。しかも、思っていた以上に連携していて、1体1体相手にして倒していくのは不可能に近かった。
脅威度6のゴブリンジェネラルは王種ゴブリンキングの出現時にゴブリンキングと共に現れる護衛のような存在で盾でもある。ゴブリンジェネラルは攻撃にも秀でているが、肉盾と冒険者から呼ばれるほどの防御力特化でもあるのだ。
普通なら致命傷となる傷でもゴブリンジェネラルにとってはただの切り傷となる。それは速度、技術特化の俺にとってはかなり戦いにくい相手で、相性が最悪の相手なのだ。それにゴブリンジェネラルにはある武技をもっている。
俺がゴブリンジェネラルと剣を打ち合っていると、突然攻撃が受け流されカウンターをくらいそうになる。俺は瞬時に"加速"を使用して間一髪で攻撃を避ける。
先程のゴブリンジェネラルのカウンター、それこそがゴブリンジェネラルの脅威でもあり攻撃特化ではない俺が戦いにくい理由である。
ゴブリンジェネラルには攻撃系武技を使用して攻撃をすると、ほぼ100%の確率でカウンターを仕掛ける対武技用の自動発動型の武技をもっているのだ。武技名は"アビリティカウンター"と呼ばれていて、武技殺しと呼ばれている武技だ。しかもこの"アビリティカウンター"は低確率だが武技以外のカウンターもおこなってくるかなり厄介な武技でもある。
「攻撃系武技なしで完全な身体能力と技量のみで倒すしかないってのは厳しいな……」
俺とゴブリンジェネラル達との戦いに参加せずに、後ろで観戦しているゴブリンキングに少し感謝しながら、ゴブリンジェネラルの対策を練り始める。
まず最初に思いついたのは"鋼糸術"で動きを止める作戦、だがこれは鋼糸を仕掛ける場所がないこのひらけた空間では何の役にも立たないので却下だ。
次は"アビリティカウンター"発動覚悟で武技の連続使用での早期決着だ。たがこれには武技の連続使用の負荷に"アビリティカウンター"で斬られる可能性があるので、最終手段としておきたい。
そして最後に思いついたのは、"ニ刀短剣術"による武技なしでの速度特化戦闘。勿論、防御特化の相手に攻撃系武技なしの速度特化で戦って勝てるとは思ってはいない。これは"アビリティカウンター"の欠点、武技を発動された時の体勢や状況次第では発動することが出来ないという欠点を狙う為の作戦なのだ。
攻撃特化ではない俺が、攻撃系武技なしでゴブリンジェネラル3体に勝てるとは最初から思ってはいない。だが速度特化の俺ならば──と考えて出来た作戦がこれだ。
だが失敗したら"アビリティカウンター"で殺されてしまう可能性は高い、だが俺はそれでもやるしかないのだ。ゴブリンジェネラルやゴブリンキング、ゴブリンエンペラーが俺達が生きる為に乗り越えなければならない壁となるのならば……
「俺達はその壁を打ち破って、生きてこの森を抜けてやる……!」
俺は片手剣を鞘に戻して、短剣を2本取り出す。俺は短剣を構えて腰落とすと、地面を全力で蹴ってゴブリンジェネラルに斬りかかった。