Episode10 偽りの真実
「───命を助けた報酬は飯の奢りとゴブリンソーサラーの魔石、これで充分だろ」
それを聞いてアリスはとても驚く。
命を賭けてまで助けてくれた彼からの願いならなんでもすると覚悟していたのに、ご飯の奢りとゴブリンソーサラーの魔石だけでいいなんて……
ルークはアリスにそう言うと、ルークは立ち上がって森の出口に向かって歩き出す。
それを見てアリスはあることルークにたのむことを決心する。
もし彼が私に力を貸していただけるなら……私はあの場所に──
そう思った直後、アリスは身体を起こして声に出してルークを引き止めていた。
「あの!命を助けてもらった方にこんなお願いをするのは申し訳ないんですが……」
ルークは足を止めて振り返る。
「私のパートナーになってくれませんか!」
アリスは緊張をしているのか、何の説明をせずにパートナーになって欲しいとお願いしてしまう。
これだけでは絶対に断られてしまうと思い、アリスは説明を付けたそうと口を開くが、その前にルークは返答を返す。
「パートナー?……断らせてもらっていいか」
予想通りの反応に、微妙な気持ちになりながらもアリスはルークに説明を聞いてほしいということを言う。
「あ、あの理由があるんです!それを聞いてくれませんか?」
「街に着くまでは時間があるんだ、歩きながら話すなら別に構わないぞ」
ルークは再び足を動かし始め、森の出口に向かう。アリスはルークの後を追いかけるように歩き始めると同時に、ルークをパートナーにしたい理由を話し始める。
「私はある家の5女として産まれました。私は7人兄妹の末っ子として生まれて、長女の姉と次男の兄が私の面倒をよくみてくれたと聞きました。お姉様とお兄様はこの歳になっても、私に優しく接して頂いてとても楽しい毎日でした。ですが私の家は普通とは違って、家の長を決めなければいけない特別な家でした」
家の長を決めなければいけない特別な家……つまりはアリスは商人や貴族などの家ということなのだろう。
「長女の姉は次の家長の第一候補として名前が挙げられていたのですが……半年前のある日、お姉様は病に倒れてしまいました」
アリスはここまで話すと一旦区切りを入れてルークの顔を見るが、ルークは前を向いて森の出口へと歩き続けていた。
私はそれを確認すると、また話を始める。
「お姉様が病に倒れて数日、家は騒ぎになりました。もし、長女が病で亡くなってしまったら父の後は誰が継ぐのか。お姉様のことなど心配せずに誰が継ぐのかという話で持ちきりでした。他のお姉様達や長男の兄も誰が継ぐのかという話を話し始めて、家はバラバラになり始めたのです」
家督を継ぐ最有力候補が病で倒れて、家督争いが始まる……それは空想上の物語でもよくある内容だ。
「そんな時、私はお兄様からあることを頼まれました、南東の辺境にあるローレンという街にはどんな病気でも治す秘宝があるらしい、それを探してきてはくれないか。姉のことは僕に任せて──と言われました。私はそれを承諾してこの街まで来ることになったのです」
そこまで話し終わると突然、前方に複数のゴブリンが現れる。私は弓を構えて応戦しようとするが、その前にルークが武技を使用してゴブリン達の首を次々とはねて、ゴブリンを一掃する。
ルークは片手剣を腰に挿すと、ゴブリンの死体に近づいて短剣を出して、魔石を取り始める。
「そして私はローレンの街に着きました。そこで私は平民に紛れることが出来るようにと渡された服装で宿を取って街で聞き込みを始めました。そして3日ほど聞き込みを行うとサーニャの森の深層に存在するサーニャの滝と呼ばれる場所に、状態異常ならどうなものでも回復させることが出来る妖精が住んでいるということを聞いてサーニャの森の深層に行くことを決意したのです。そうしてサーニャの森に向かっていた私は運悪くゴブリンソーサラーやゴブリンソルジャーに出くわした所を、あなたに助けてもらうことになったのです……」
アリスは話を終えると、ルークはゴブリンの魔石を回収し終わり、立ち上がって魔石をポーチに入れると、私の方へ振り返ってに私に呟く。
「俺をパートナーにしたい理由は、サーニャの滝の同行を手伝って欲しいということか?」
「はい、そうです」
アリスの返答を聞いたルークは、溜息をついてアリスに問いかける。
「その話について、いくつか質問したいことがあるんだが……いいか?」
アリスはこくりと首を上下に降る。
「まず最初にアリスの兄……次男の兄はなんで正確な情報を与えずにローレンの街に送ったんだ?」
「情報はしっかり貰いました。ローレンの街にどんな病気でも治すことの出来る秘宝があると。私はその言葉を頼りに聞き込みを続けてサーニャの滝を見つけたのです」
「……自分で言ってて気づかないのか」
「何がですか?」
「サーニャの滝はどんな病気でも治すことの出来る精霊が住んでいる滝だ。だが、サーニャの滝にはどんな病気でも治す精霊はいても、どんな病気でも治す秘宝はない」
「……!それはお兄様が──」
「言い間違えた、もしくは勘違いしていたと?」
「──そうです。事実、どんな病気を治す妖精が住む滝は見つかりましたから」
正確にはどんな異常状態も治す妖精が住む滝なんだが……まぁ、いいか。
「この話は頭の片隅にでもおいといてくれ。それで次の質問だが、姉は病で倒れたとアリスは言っていたがそれはどんな病なんだ」
「……それについては聞かされていません。ただ、命に関わる危険な病だと」
「それをアリスに伝えたのは誰だ?」
「お姉様、病で倒れた長女の姉ではなく次女の姉です」
この質問の答え次第で俺が合ってるか決まるわけだが……多分、この予想であっているだろう。
「ここから少し話がずれるが、出来れば答えてくれ。その次女の姉はいま家ではどういう扱いになっているんだ?」
「長女の姉に継ぐ第2候補で、争いの中心にいるのが次女の姉です」
アリスは何も不思議がる様子も嫌がる様子もなく俺の質問に答える。
第2候補で家督争いの中心人物……アリスの言っていた通りならば俺の予想はあっているだろうな。
だが何故、次女は簡単に勘づけるくらい低レベルな作戦を実行したんだ?この作戦を実行して誰も気づかないはずがない……だが、誰1人として次女のことを何も指摘しない。
これは次女の権力が高いということだけで何とかなるレベルではないし……次女はこの事実を隠蔽できるほどの何かをもっていると考えておいたほうがよさそうだな。
ルークは顔を上げてアリスをちらっと見ると、あることに気がつく。
……もしかして、このことにアリスは気がついていないのか?
そのことに気がついたルークは小さく溜息をつくと、話を繋げるように会話を再開する。
「次男の兄はどんな立ち位置にいるんだ?」
「レ……お兄様は私達7人兄妹の次男で4女の姉の次に生まれましたのですが、第3位の継承権をもっていて、私と同じ中立派でもあります」
継承権第3位……7人兄弟の6人目として生まれたのに継承権がそんなに高いというのはどういうことなんだ?
「もっと詳しく教えてはくれないか?次男の兄が継承権第3位の理由など色々だ」
「お兄様が継承権第3位の理由は私とお兄様、長女の姉の母親にあります。私達のお母様はお父様の正妻で他の兄妹は側席の母なのです。なので、年齢が少し離れていても継承権が高いのです。それにお兄様は魔法陣構築術式の簡易化や複数同時使用系魔法の単一魔法化などの論文でかなり高い評価を得ていて、私達兄妹の中では最も将来が期待されているのです」
「それじゃあ何故、次男の兄は継承権第3位で次女の姉が継承権2位なんだ?次女は正妻の子供ではないんだろう?」
「それはさっきも言ったように継承権は年齢、功績、能力、正妻の子か側席の子なのかなどで決まります。お姉様は長女で薬学に関しての知識が長けていて正妻の子という理由で継承権第1位。お兄様は魔法の分野で多くの功績を頭が良く正妻の子という理由で年齢に差がありながらも継承権第3位という立場にいるのです。つまり次女の姉は側席の子でありながらも、継承権第2位になるほどの能力、功績などをもっているのです」
「……これが最後の質問だ。現在の勢力図を教えてくれ」
「次女派……つまりは次女の姉を継承権第1位へとする派閥は次女と3女、4女。次男派、お兄様を継承権第1位へとする派閥は長男の兄とお兄様。そして今の状態を維持しようと動いている中立派が私、5女です……表向きは」
つまり、実際は次男の兄は自分が継承権第1位になることは望んでいないがしょうがなく次男派として動いてるということか。
そうすることへのメリットはあるし、デメリットが低いこともわかるが中立派として表立って活動したほうがメリットは大きいはずだ。次男は頭脳が長けているのにそんなことに気づかない訳が……
その時、ルークはあることに気づく。
そういうことか。アリスが自分の家について伏せる意味、次男が中立派として動かない理由、そして次女が行ったことを誰も気にしていない……いや口に出そうとしない理由もこれが事実ならば全て辻褄があう。
しかしアリスはこのことに本当に気づいていないのか?
ここまで家の状況を理解しているのに、理解する頭をもっているのに……もしくは気づいているのか?
「アリスは長女の姉にあわせてもらえなかったことに疑問はもたなかったのか?」
「あわせてもらえなかったことに疑問……ですか?いいえ、病気のお姉様は安静にしないといけないとわかっているのであわせてもらえなかったのは当たり前かと思いましたから」
「次男の兄は長女の姉について何か言っていたか?」
その時、アリスの眉がピクっと動くが表情を崩さずに話す。
「……いいえ、何も。病気のお姉様に出来ることは何もありませんから」
俺は次の質問を口にしようとするが、さきほどの質問を答えた時のアリスを見て何故か怒りが沸く。
それは俺以外が見ても何も感じないだろう。何故なら表情も口調も何もかも不自然なところはないのだから、何かを感じるわけがいないのだ。だが、俺にはわかった。
俺は知っている、この顔を。記憶をたどっても該当する記憶はない、だが知っているのだ。
俺はさっきまでアリスにどうやって姉のことを理解させるか、なるべく優しく傷にならないようにと考えていた。だがそんな考えは頭の中からいつの間にかなくなっていて口から出る言葉は俺が昔言えなかった言葉と酷似していた。
「お前はわかってるんだろ、いまの状況を。ならなんで真実から目をそらそうとするんだよ」
その声はいつもの声音よりも低く、重い。
「真実から目をそらしているくせに、どうするべきかは理解して行動する……逃げるなんてもんじゃない、それはもう洗脳か何かだ」
アリスは真実から目をそらしているのに、理解はしているのだ。何のために何をするのか、その結果どうなるのか、どうするのかを──それはもう狂ってるって言っても不思議じゃないレベルだ。
「何を言ってるの?」
アリスは不思議そうな表情を浮かべてそう言ったのだ。理解しているのに、まるで何も理解していないかのように偽っている……いや、もう偽ってもいないであろう。偽りの事実を信じきってしまっている。
その瞬間、俺の頭の中は抑えきれないほどの怒りに染まり、俺は感情のままに言葉をぶつける。
「ふっざけんじゃねぇ!!お前は全部わかってるだろ、わかってるから状態異常を治す妖精を探しに来たんだろ!姉のことは僕に任せてと言った兄の言葉を理解してここまできたんだろ!」
その言葉を聞いてもアリスの表情は何一つ変わらない。
「姉が本当は病気じゃないってことも、兄がなんで表立って中立派として動かないのも理解してるんだろっ……お前はそうやって壊れていくつもりなのかよ」
最後の言葉は俺が昔、誰かに対して思った言葉。その記憶はなくて、思い出すことはできないけど──
「……っ」
──その言葉はアリスの心に届いた。
「お前が、アリスがまだどうにかしたいと思っているなら……手を貸してやる」
そう言うと、アリスの目元には涙が溜まっていく。
アリスは倒れこむように俺の胸に顔を埋めて、服を握りしめる。俺はそのまま後ろに倒れ込むが、アリスは何も言わず俺に胸に顔を埋めたまま静かに涙を流す。
俺は胸の中で顔を埋めて涙を流すアリスを見て静かに微笑んだ。
最近、新しい作品を試し書きしても、「微妙だなぁ……」と没になることばかりで悲しい。
そんな感じで毎日苦悩しながら、新作を考えてます。