『勇者シャルル』
「な、んだって? 君が魔王?」
「そうよ、人間の敵。悪魔たちの王。それが私よ」
魔王と名乗った女の子はどこか諦めた表情で笑った。
魔王。
俺の知識にある魔王というのは筋骨隆々で角やら翼やらを生やした、マッチョなおっさんだったはずだ。
「それが分かったら速く逃げなさい。あなた不思議な魔法を使うみたいだし生き延びられるでしょ」
魔王シャルは取り繕ったように言うと俺が火の玉を投げた方へ歩き出す。
「なあ、魔王がどうして人間を助けるんだ?」
「き、気まぐれよ。今日はそういう気分だったの!」
もうついてこないでといった風に早足で歩いていく。
何か事情がありそうだな。
俺は見送るふりをして一定の距離を保ったままついて行くことにした。
「でも魔王がこんなに弱いわけないんだよな……」
スキル『エネミースキャン』で能力値を確認した俺はため息をつく。
なんと魔王シャルの能力値はほぼ初期値だったのだ。
そして驚くべきはもう一つ。
「それにしても職業が『最弱の勇者』だったなんてな」
どうして魔王と名乗っているのかは知らないが、俺の知識にある勇者シャルルとは別人なのか?
職業と名前がそれっぽいから間違いはないと思うんだが……。
自称魔王は俺が焼き払った平らな道を迷う事なく歩いていく。
もし彼女が勇者シャルルならこのずっと先に魔王と戦う運命が待っているはずなのだ。
「あのレベルで魔王と戦いに行くことはないと思うんだが……」
俺が秘かに見守る先でシャルはコンパスのようなモノを掲げて方角を確認していた。
「うーん、魔王城はこっちかしら」
「おい、待て」
思わず止めてしまった。
振り返った彼女は一瞬驚いたように目を大きく開き、鋭く尖らせた。
「何でついてきてるのよ!」
「魔王城に行こうとしているのか?」
「そ、そうよ。私は魔王だもん。な、何か問題でも?」
確かに魔王だったら家に帰るだけなんだがーーいや、どう考えても変だろ。
「か、勝手についてきたら本気で怒るからね!」
「俺は俺の行きたいとこに歩いてるだけだ」
「どこよ」
「魔王城」
黒く歪んだ雲の先を指差す。
俺の知識が正しければ現在魔王城は天空にあるはずだ。
「馬鹿じゃないの? いい? 魔王って言うのは最強なのよ?」
「いやだって、魔王は君なんだろう? 服をくれた恩人を家まで送っていこうってだけなんだが」
俺がそう言うと彼女は長剣の切っ先を地面に向けた。
「私に関わらないで。五分以内に消えて」
やっぱり変だ。
出来れば使いたくなかった魔法を無詠唱で使用する。
「嫌だね」
やっぱり彼女は魔王なんかじゃない。
名前も偽名だ。
俺の魔法『スキャン』はレベル差があればあるほど詳細なデータが読み取れる。
盗み見るようで実際に使うと罪悪感があるが……仕方ないと割り切ろう。
「どうしてもっていうならーー斬るわよ」
彼女の目が暗く沈む。
目の光が消え、操り人形のように色が消える。
彼女には状態異常『呪い』『悪夢』『不幸』の三つがパッシブスキル扱いで展開されていた。
これじゃあ自分を魔王だと勘違いするのも無理はない。
「はぁ!」
暗い表情とは対照的に気迫のこもった踏み込みで長剣を薙ぐ。
しかし、甘い。
おそらくはレベル差があり過ぎるからなのだろうが、彼女の長剣の軌道がはっきりと見えてしまう。
横薙ぎされた一撃を魔力で硬化した掌ではたき落とす。
「な!?」
「その状態異常、治させてもらうぞ」
彼女の額に掌を当て、治療術式を展開する。
「な、にを」
「悪夢から覚めろ『キュア』」
俺の掌から青と緑の光が放出し、彼女の体を覆い尽くす。
「ぐ、が、あぁ」
少しずつドス黒い煙が上空へ噴出されていく。
おそらくはあれが状態異常を起こしていた原因だろう。
黒い煙は彼女の中からどんどん湧き出てくる。
「カースデーモン……」
ドス黒い煙は人の姿に濃縮され、禍々しい魔力を帯びている。
「ふん。人間ごときが我を浄化しようとはな」
カースデーモン。
魔王の手下であり呪いに特化した悪魔だ。
人の姿をしているということは大分上位種のようだが……
煙が抜けきると彼女は脱力したように倒れ、生気の宿った目で俺を見る。
「何、あれ?」
「君を魔王だと勘違いさせていた原因だ」
「かん、違い? じゃあ私は?」
「君はシャルル。魔王なんかじゃない」
俺が断言すると、カースデーモンは膨大な魔力を纏い人の姿で顕現する。
「魔王様の懸念は貴様だったか」
完全に姿を現したカースデーモンに俺は内心動揺していた。
銀色の髪に金色の巻き角を生やし、体全体は鈍く黒光りしている。
その特徴に当てはまる魔王の配下と言うと一人しかいない。
「幻魔将ドウム……」
「ほぉ、我を知っているのか」
やはりか。
魔王軍の中でも1,2を争う強敵だったはずだ。
俺の魔法、スキャンも名前しか読み取れない。
「いずれは魔王様の脅威となる貴様を生かしてはおけん」
「やるのか?」
俺は内包する魔力を纏い臨戦態勢を整える。
「……それほどの魔力を持っていながら何故人間に味方する?」
「何でだろうな」
俺の知っているこの世界の歴史は、人間同士の戦争で滅びる一歩手前までいっている。
資源の略奪、領土の略奪、そして魔王軍の侵攻と世界が滅ぶ手前からゲームが始まったのだ。
そしてプレイヤーは勇者につくか魔王につくかを選ばされる。
だが、俺自身勇者側にしかついたことはなかった。
何故かというとーー
「マッチョなおっさんより可愛い女の子をとるのは当たり前だろ」
とどのつまり、そういうことだ。
かつてこのゲーム、同一視して良いのかは正直微妙だが、キャラクターデザインを重視する俺にとってマッチョなおっさんなど見るに堪えないのだ。
「貴様、魔王様を愚弄するというのか」
爆風にも似た魔力がドウムから放出される。
俺はそれを正面から受けとめ、お返しとばかりに近くにあった石にある特殊な魔力を乗せて蹴飛ばす。
それをドウムは手で振り払い顔をしかめた。
「貴様、その魔法は聖属性か」
「ああ、お前たち悪魔の弱点だろ?」
「小癪な」
ドウムは魔力を操り、自分の右腕に剣のような鋭い黒刀を作り出す。
不味いな。
俺には武器がない。
魔力で硬化した剣を作れないことはないが、消耗が激しいから出来れば使いたくはない。
「死ぬが良い」
目にもとまらぬ速さで居合い切り。
まるで突風を相手にしているようだ。
のけぞるようにして間一髪で斬擊を避けると、回転するように後ろ回し蹴りがとんできた。
魔力を纏わせた両腕で何とかガードし体勢を立て直す。
「させると思うか?」
が、その前にドウムの左腕がガードの上から叩きつけられた。
その衝撃に数メートル程飛ばされ、何とか着地する。
それも予測していたのかドウムは右腕の剣に魔力を乗せて衝撃波を放ってきた。
避けれない。
俺はとっさの判断で防御魔法を展開し、構える。
「くっ!」
痺れるような衝撃の余韻を残して何とか凌ぎきる。
「それを正面から受け止めるか。くく、恐ろしいな」
ドウムは愉快気に口を歪ませ、左腕にも魔力の剣を纏う。
「だがーーこれで終わりだ」
マジでヤバいな。
魔力にはまだ余裕はあるが……出来れば使い切りたくはない。
「シャルル、まだ起きてるか?」
「なんとか……」
弱々しい声で答える。
「その長剣を貸してくれ」
「良いけど……なまくらよ」
「素手よりマシだ」
俺はまだ伏している彼女の手から長剣を受け取る。
やはりそうか。
長剣は俺が魔力を流し込むと見る見るうちに光沢を増していく。
勇者シャルルの長剣は持ち手の能力値次第で性能が上がる。
現在の彼女のレベルが低いためなまくらのような鈍さだが、俺が持つと話が違ってくる。
「その剣は……まさか神殺しの宝剣?」
こちらではそんな呼ばれ方なのか。
俺の知識ではこの剣は魔剣レーヴァテインと呼ばれていた。
「燃費は悪いけど、それに見合った力があるからな」
レーヴァテインは使い手の魔力を喰らって攻撃力を底上げする。
当然魔力量が多ければ多いほど攻撃力は増す。
「いくぞ」
転生して初めての実力者との戦闘だ。
剣の扱いは何故か理解できている。
おそらく適正武器レベルが高い水準にあるからなのだろうが、少し嫌な気分だ。
俺はドウムの両腕の剣を回避し、時には受け流し、いなす。
大丈夫だ。
ようやく魔力に馴染んできた。
剣を打ち合うごとに体が軽くなる感覚、レーヴァテインを握る手がより力を求めて輝く。
「くっ! 馬鹿な! 人間ごときが!」
「一の太刀、一閃!」
霞むような速度のレーヴァテインがドウムの両腕の剣を横薙ぎに斬り飛ばす。
「馬鹿な……何なのだその力は」
ドウムは斬り飛ばされた両腕を魔力で無理矢理再生し、距離をとるように後ろに下がる。
「やっぱりゲームとは違うな」
悪魔とはいえ両腕を斬り飛ばしたことのショックが少なくとも俺に精神的なダメージを与えていた。
「その力……やはり魔王様の」
ドウムは顔を歪ませ憎々し気に何かを呟くと霧散した。
「いずれ、必ず殺す」
魔力の気配が消え俺とシャルルが残された。
どうやら撤退したらしい。
「ふぅ、あんなやつの上がまだいるんだよなぁ」
ドウムはどちらかと言えば知略タイプの悪魔だったはず。
それでこの戦闘力なのだ。
「と、大丈夫か?」
「はい、まだ体は怠いですが問題はないです」
シャルルは膝に手をつきながらも立ち上がった。
「私を解放してくださってありがとうございます」
解放……そうか、勇者を救うエピソードに真の力に目覚めたとかあったな。
シャルルの口調も礼儀正しいお淑やかな口調に変わっている。
ゲームの時と一緒だ。
「改めまして、私は勇者の一人『シャルル』と言います」
「村人の佐倉恭一だ。で、これからどうする?」
「これからと言いますと?」
「まだ魔王城に向かおうとしてるのかな、と」
俺がそう言うとシャルルは顔を青くし首を横に振った。
「私の実力ではまだ無理です」
よかった。
今ここでシャルルが魔王城にいくと言えば気絶させてでも止めなければいけない。
それにしても、気になることが出来たな。
「勇者の一人……他にも勇者がいるのか?」
「はい、佐倉様。私の他に三人います」
さ、様付けときたか……ゲーム上との違いもあるかとは思ったが。
「様付けは出来ればやめて欲しいんだが」
「では……佐倉さん、でよろしいでしょうか?」
「ああ、それでいいよ。シャルルはこのあとは?」
「佐倉さんについて行きたいと思います」
ふむ、パーティー編成イベントか。
一緒にいることでレベル上げにも協力できるし、俺の行動の指針にもなるか。
「分かった。じゃあ、他の勇者はどこにいるか分かるか?」
ゲームの時は勇者はシャルルだけだった。
他の勇者というのが気になるところだ。
「それが……私も分からないんです」
「そうか」
出来れば合流してどんな人物か把握しておきたかったんだが、仕方ないか。
「この近くに泊まれそうな場所はあるか?」
「ここから北に数キロ行った所に町があります。そこに知り合いが経営している宿屋がありますよ」
じゃあ、とりあえずはそこを拠点に活動するか。
何はともあれ……金を稼がなければいけないな。