『プロローグ』
目が覚めたら異世界にいた!!
何を言ってんだと思うだろうが、ありのままの事実を叫んでみた。
目覚めたのが自分の部屋なのは間違いない。
十畳のフローリングにベッドと冷蔵庫があり、白い壁紙の部屋。
ごく普通の部屋なのだが……窓の外には巨大な遺跡が建っている。
エジプトとかにありそうなピラミッド型の遺跡だ。
その周りを囲むように熱帯雨林が広がりーー俺の部屋もその中にある。
なんだ夢か。
そう思い二度寝を決めたのだが、けたたましい爆音が部屋を襲った。
「な、何だ!?」
爆音は外から聞こえてくる。
不思議なことに音だけがドッカンドッカン聞こえてくるのだ。
部屋の外で何か起きているのだろうか。
今頃になって事の異常さに気づく。
窓の外を覗いてみるとそこに居たのはーー怪物だった。
ライオンの胴体に竜の首をつけたような……恐ろしい怪物が火の玉を乱発していたのだ。
「なんだよ、一体何なんだよ!?」
「ーー!!」
ふと、人の声が聞こえた。
爆音に紛れて何を叫んでいるかは分からなかったが、人がいるようだ。
幸いにも火の玉は俺の部屋に当たっていないのか、燃えたり壊れたりということはなかった。
眺めている内に怪物の他にも動いている影があった。
「女……の子?」
それは見た目十歳くらいの燃えるような赤髪の女の子で、身の丈に合っていない長剣を振り回している。
どうやら怪物と戦っているようだ。
「マジか……」
女の子は怪物が吐く火球を切り裂き、または撃ち返して戦っている。
どうやら本当に異世界に来てしまったようだ。
「待てよ? ということは……」
よくあるラノベ的展開では異世界に召喚、または転生した人物は最強の能力が覚醒したりする。
もしや俺も何かあるのでは?
ちょっと全身に力を入れてみる。
ぶっ
屁が出た。
は!? もしや、魔法は尻から出る!?
『一人で盛り上がっているところ悪いが……いいだろうか』
突然聞こえた声に思わず身構える。
『異世界に放り込まれて最初の行動が屁をこくとは、相変わらずマイペースなやつだ』
声の発生源は部屋にあるノートパソコンのようだ。
「お前が犯人か?」
『転生させたのは私の主だ』
「転生ってことは……」
『ああ、おまえの最期は就寝中にベッドから落ちて、角に頭をぶつけた事による脳死だ』
「想像以上に酷い死に方だ!?」
『まあ、そんな些細なことはどうでもよい』
「些細じゃねぇからな!?」
『おまえの転生の話だ』
転生の話。
俺にとって最も重要な話だ。
『まずは外見を決めろ。イケメンにするもブサイクにするも自由だ』
なんかネトゲのキャラクリエイトみたいだな。
何時かは死ぬだろうと思っていたが予想外な死に方に逆に冷静になれている。
「元の俺の姿で良い」
『ほぉ、余程自分の容姿に自信があるようだ』
「そんなんじゃねぇよ。単に面倒なだけだ」
『くくく、まあ良いだろう。次は職業だが……ランダムにカードを捲って出た物が職業になる』
「酷ぇ仕様だな」
『二回まではやり直せる』
「変にギャンブル要素を取り入れんな!」
叫ぶ俺の目の前にトランプのカードが無数に現れた。
やけにボロボロなカードや眩しい光を放つカードなど、様々な特徴がある。
『さあ、好きな物を選べ』
「じゃあ、これとこれとこれ」
俺は鋼鉄製のカードとズタズタに切り裂かれたカード、それから普通のカードを選んだ。
『随分決断が早いな』
「ランダムってことは逆を言えばどれを選んでも一緒だろ?」
『まあ、そうだけど……もっと悩んでも良いのに』
何だろう。
さっきからノートパソコンの口調がころころ変わってる。
もしかして一人じゃなくて複数人いるのか?
そんなことを考えながらトランプをめくる。
『一枚目が【最強】だね』
「いきなり凄いの出たな!?」
『二枚目が【の】かぁ』
え、もしかして……。
「これって三枚で一つの職業なのか?」
『そうだよ。それで三枚目は……』
「【村人】だよ畜生!」
俺の職業ーー最強の村人。
『君の職業は最強の村人で決まりだ』
「なんだよ最強の村人って! あれか? 武器は斧とか鍬か!?」
『基本は素手だね』
「ざけんな! やり直しだ!」
『一応ステータスはこんなだね』
目の前に見慣れたゲーム画面のステータスが表示される。
見間違いでなければちょっとおかしいレベルの数値だ。
「おい、これの限界値は俺の知ってるゲームと一緒でいいのか?」
『そうだよ。そっちの方が分かりやすいでしょ?』
「確かにこれは最強だな」
ほぼすべての数値がカンストし、覚えている限りのスキルも修得している。
『それでね、一番重要な話をしようと思うんだ』
「重要な話?」
『君の名前だよ』
「俺の名前? そんなもん……あれ?」
思い出せない。
記憶の中に穴が開いたような、そこだけ記憶が欠落している。
『前世の知識は保持できた。でも、君の名前は無い』
「どういうことだよ」
『簡単なことさ、前世の記憶は保持出来ない。知識は保持出来る。つまり今の君は……』
「存在が確定していない。だからこの空間以外には干渉できないって訳か」
『良いね良いね! その冷静な判断力、分析力は賞賛に値するよ』
「で? 名前はどうやってつければ良いんだ?」
『冷静すぎてつまんないねぇ。君は前世でもそうだったわぁ』
「……それで?」
『簡単なことさ、PCに入力すれば良い。ちなみにランダムも出来るよ』
PC画面を見るとそこには空白の名前があった。
隣にはランダムボタンがある。
「確定するまで変更は出来るのか?」
『もちろん』
ならいいか。
俺はランダムボタンを押した。
【カニミソ】
もう一度。
【キャベツ】
もう一度。
【ニトログリセリン】
……。
『あれ? ランダムは使わないのかい?』
「二度と使わねぇよ!!」
『まあ、良いけど。早く名前は決めた方が良いよ。性格が揺らぐ』
揺らぐ?
『僕の話し方がころころ変わるのは君の名前が確定していないからだ』
「なるほど」
『だから、早く決めてくれると助かるわぁん』
駄目だコイツ。
早く決めないと。
「ん?」
ふと、頭を過ぎる言葉がある。
【キョウイチ】
『名前はそれでいいのかい?』
指が自然と動いていた。
「ああ、多分前世の名前だ」
少しの沈黙を挟んでノートパソコンが点滅する。
『ま、そう思いたいならそうすれば良いさ』
俺は確定ボタンを押す。
ああ、思い出した。
俺は佐倉恭一、仕事は接客業、年齢は20歳。
身長は175センチ、体重は60キロ、趣味は……色々ある気がする。
名前が確定したことで自分という概念が元通りに定着した……と見るべきか。
『驚いた。記憶が無くても知識としては覚えているのか』
「みたいだな。自覚はないけど大まかなことは今知った」
『チュートリアルは必要か?』
「いや、あれと一緒なら問題は無いはずだ」
『頼もしい事だ、次は間違えないようにな』
意味深な言葉を残してノートパソコンは沈黙した。
「さてと」
俺は窓の外へと目を向ける。
先程までの不安定感は全くない。
おそらくはそれが【揺らぎ】なのだろうか。
武器はない。
この部屋を出たら全てが変わる。
何故かは知らないが確信している。
「あれと同じ状況なら助けるべきだろう」
俺は知識としてのゲームイベントを思い出す。
歴史の分岐点。
俺は意を決して部屋の外へ足を踏み出した。
「誰!?」
燃えるような髪の女の子が驚いたようにこちらを見る。
相対していた怪物も同様だ。
「俺は佐倉恭一」
さあ、ここから物語が始まる。
「最強の村人だ」