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復讐者 誕生

目を覚ますと、レイラは薄暗い寝台に横たわっていた。

ここはどこか、僅かに戸惑う。そもそも己がいつ寝たのかさえ、覚えていないのだ。

そこでゆっくりと思い出される。

確か己を訪ねてきた白衣の男と、少女がいた。

男はリヴェスタと名乗り、少女はタキツと名乗った。

 

          そして――

                          私は、殺された。


再び、目を閉じる。そして開いてみる。やはり、風景は変わらない。

(夢?)

左手を立て、ゆっくりと身体を起こす。その際に、レイラは信じられない光景を目にした。己の四肢にまるで見覚えがないのだ。自分の手なのに、全く別の何かのように錯覚する。

(これも、夢?)

背筋がぞっとした。レイラは己の手を目の前に掲げる。女性の手だろう事は分かるが、それが己のモノだとは思えない。しかし、それは己の意思通りに動く。

レイラは意味も分からず、助けを呼ぼうとした。だが、彼女の喉は声を発する事はなく、想いのみが迷走する。

(な、なんで!? なんで声がでないの!?)

無意識にレイラは周囲を見渡した。

私の意識が最後にあったのは、己に与えられた宿舎の自室だった筈だ。だけど、ここは薄暗い研究室のような場所で――そう、まるでガリレオ研究所のような。

「目が覚めたか、レイラ・ウィルスター女史。それとも、何か別の呼称で呼んだ方がいいか?」

背後からの声に、レイラが振り返る。

そこには『夢』の中に出てきたリヴェスタが立っていた。そして、彼女を殺した少女も一緒に。

思わず、身体がビクリと跳ねる。恐怖に震えるが声がでない。発声できない事がこれほどの恐怖だとは知らなかった。眼前の男と少女の恐怖、それとも己の境遇の恐怖、それとも――?

「心拍数が跳ね上がってるな、無理もない。キミは死んだのだから――」

(死んだ? 私が?)

「キミはガリレオ研究所の研究員レイラ・ウィルスターだった。私のある目的の為、キミは私によって殺された。器質的な損傷は修復したから、記憶は完全な筈――キミ自身、己の身に起きた悲劇を、覚えているだろう?」

どこか女の反応を愉しむように、リヴェスタが続ける。

「正直云えば、キミの脳ミソだけに興味があったので、情報だけ引き出して廃棄しても良かったのだが、キミの宿業に些か興味が生じてね。こうしてキミに、身体を与え蘇らせた。もっとも、本来であれば肉の身体を与えてやりたい所だったが、残念ながら私も学究の徒として研鑽の最中の未熟な学者の一人であり、それは残念ながら成らなかった。その事については謝罪するよ」

彼女はリヴェスタのいう事は殆ど理解できなかったが、それでも己が死に、甦らせられた事だけは理解できた。

(――私は死んだ)

「洗脳をして、私の云うとおりに動くようにしても良かったが、それではキミの価値がなくなってしまう。だから、あえて生前の記憶を残させてもらった。もし、キミの精神がこの事態に耐え切れず発狂してしまった場合は、今度こそ完全な死を迎えてもらう事になるだろう。精々頑張って、私の為に現実を受け入れてくれ」

両手を広げリヴェスタは試すような視線をレイラに向ける。それは己の実験が、どのような結果を出すか見つめる研究者の視線であった。

「今はまだ混乱しているだろうから、しばらく落ち着く時間を与えよう。声についても、キミからの質問攻めやら悲鳴やらを嫌っての処置だ。落ち着いたら、声帯機能も回復させるから、しばらくはよく考えてくれたまえ」

それだけ云って、リヴェスタはレイラに背を向けた。

再び、暗闇と共に沈黙が訪れた。



「なるほど、羽夜間博士が聞けば泣いて喜びそうな研究の数々だった訳だ」

レイラからガリレオ研究所の研究内容を聞き取り、リヴェスタは満足そうに頷いた。ガリレオ研究所の研究内容については秘匿レベルAA、事実上の最高機密としてリヴェスタ自身触れる事もできなかったが、こうして彼女から聞き出した研究の数々は、まさに神をも恐れぬ所業であった。

「子供を半ば誘拐し、薬漬けにして人体実験とは、トロン=リヴェスタでも実行しなかった禁忌だよ。余程、時間がなかったと見える。ナノマシンを媒体にした強化人間プロジェクトか――あくまで人間に拘った羽夜間博士らしい選択だが、投下資金を考えれば成果はイマイチといったところか。まぁ、詳しいデータが残っていないので断言はできないがね」

「軍の研究員が一部資料を持ち帰っておりました、リヴェスタ博士」

嫌悪感を無理やり押し殺し無感情を装った女の声音に、リヴェスタが背の女に振り向く。それは清純な美貌の少女であった。だが、その瞳の奥に秘めた憎悪が年齢以上の何を感じさせる。

レイラ・ウィルスターという名の女性研究員は、眼前の男の他愛のない研究意欲とやらの為に殺され、そして再び男の他愛のない好奇心とやらの為に、機械の身体で蘇らせられた。

少女のような義体は、彼の助手と称するブルネットの少女と同じ歳頃に設定されていた。鏡で変わり果てた己の姿を見たレイラは、男の精神的欠落を見たように思えたが、それを指摘する事が無意味である事を彼女自身がよく理解していた。


ニール・リヴェスタ。

彼の名前は生前の彼女も聞き及んでいた。

狂科学者ニール。追放者ニール。冒涜者ニール。

彼の生命倫理、思想理論、主義主張は、異端であった。

ガリレオ研究所も神を冒涜するが如き研究を行っていたが、噂で聞く彼の所業に比べれば児戯に等しいだろう。現に、彼は研究意欲とやらで一人の研究者の命を奪い去り、それを理解し難くも復活させ己の側に置いているのだ。常人には決して理解し得ない境地に、彼はただずんでいる。至高の高みより凡人たちを睥睨しているのだと、彼女は思った。

「HORPだったか。あんな薬付けの兵隊の創生が、かの羽夜間博士の目指した存在とは思いたくないな。そう思わないか、『サクヤ』?」

サクヤと呼ばれた少女は苦い表情を浮かべる。レイラ・ウィルスターは死に、再生した己に与えられた呼び名――それが『サクヤ』であった。

『真の呼び名など己自身が知っていればいい、便宜上の名前――まぁ、暗号名コードとでも思えば、それほど気にならんだろう』

そう笑いながら、リヴェスタは彼女をそう名づけた。

他者から呼び名を拒む事の難しさを女は知り、またそれを受け入れる事を承諾した。己が一度死んだ事実が存在する以上、レイラ・ウィルスターを名乗るのに抵抗があるのも事実であった。だが、それよりも機械の身体で蘇った己を受け入れ、復讐を果たすまでサクヤという偽りの名を頂く事も悪くない、と女は思ったのである。


レイラ・ウィルスターの復讐者『サクヤ』。

彼女をよく知り、彼女の記憶を継承し、彼女の憎悪を晴らす存在。

『サクヤ』はそういう女なのだと、彼女は位置づけた。

無論、それがリヴェスタによる彼女の精神安定処置の一環だとは気付いていない。彼の提唱する|《運命素子》(ウェトロン)に於いて『復讐』は非常に安定した要素であった。『復讐』を果たす為だけに培われる精神は、質量共に常人のレベルを遥かに凌駕する。思えば、マリア=ウェーバーにしろ、カーテローゼにしろ、彼女たちもまた復讐の殉教者とも云えない。

名付けとは――命名。

即ち、その者の運命に名付ける。

真名、言霊、様々な呼び名はあれば、名が意味するモノは非常に大きい。それこそ隠秘学オカルトだと世間の嘲笑を浴びるかもしれないが、事実、リヴェスタは名付ける行為でミクロ的な運命力学を操作する事ができる事を確信していた。

そういった意味では、ガリレオ研究所が推し進めていたHORP(human of reinforcement physica )は冷笑の対象でしかなかった。

昨年より一部の部隊でHORPの一つの完成形である『AMS』が導入された事をリヴェスタは知っていたが、その兵隊らの顔を見て込み上げる哂いを止める事ができなかった。

薬による身体能力の向上、向精神剤による士気向上、薬中毒による目的意識の刷り込み。

彼らが『人間』である必要がどこに在るというのだろうか?

彼らを創生する資金があるのならば、サイバネ強化した猟犬を導入した方が、余程効率が良いだろう。確かに組織的な戦闘に於いて、彼ら強化兵は比類なき成果を叩き出すだろうが、例えばオフレッサーのような超人めいた障害とぶつかった時、彼らが勝利する可能性は皆無だ。

己の判断能力を奪われ、ひたすら死地に飛び込む哀れな傀儡人形。

「だが、充分な収穫があった。カーテローゼ……カリンか。彼女の特異性は、キミのお蔭でよく理解ができた。それと、もう一つ我々には重大な任務があるのだが――」

冷笑を浮かべ、リヴェスタが少女――『サクヤ』と目線を合わせる。

「地球政府からの秘匿命令シークレット・コマンドでね、ガリレオ研究所の職員、及び関係者を殺害、あるいは捕縛を命じられている。丁度、私も研究機関が壊滅して人手が欲しかったんだが、よい人材はいないか『サクヤ』?」



ガリレオ研究所の調査に向かったニール・リヴェスタが消息を絶った。

かねてより危険思想人物として指定されていた人物であり、彼の速やかな所在の特定が治安維持の方面からも望ましい。

尚、彼の尾行を行っていた諜報員2名が昨日、死体で見つかっている事から、今回の失踪は故意のモノであるか、もしくはニール・リヴェスタの頭脳を狙った誘拐である可能性もある。

どちらにせよ、緊急を要する事態であることを銘記する。

                                             以上

宇宙暦300年10月15日

地球連合情報部


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