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Opening

※以前投稿したものを全面改訂した作品です。伏線張りまくり・登場人物もりだくさんのくっそ長い話なので気長にお待ちください。


※二次創作に使ったモブがモブの範疇を超えたため、『なんでもありの異世界ファンタジーを作ろう!』と発起し二次創作することを前提として作った世界観です。


※なお作中に登場する団体、人物、物語など、すべて創作のものであり、特定した既存の団体、人物、物語などを批判する等の意図はありません。


※著作権侵害を目的としているわけではありません。


※裏設定集や『IRREGULAR』二次創作のためのガイドラインはこちら⇒http://irregular.wiki.fc2.com/(小説ネタバレ注意)


 さて、これは長い話になったぞ。

 私は息をつくと、紙束を抱えて腰を上げた。

 窓からはすっかり西日が差している。春と夏の間の生温い橙の光に照らされて、机は飴色に光っていた。

 辞書ほども分厚い紙の端を揃え、端々がインクで薄汚れた頁をめくる。ちゃちな出来である。

 さて、これを書くまでの苦節幾時の流れの中で、いつも考えていたのは「始めをどうするか」ということである。床で頭を抱えて悩む私に、側らの『ヤツ』は言った。


「物語の構成というものは、ドミノを組み立てていくのに似ている。倒れていく無地のパイは物語の筋書き、途中に挟む様々な働きをする装置はキャラクター達だ」

 どういうことだよ、と返すと、奴は肩をすくめ、不承不承と謂った様子で重い腰を上げた。

「例えばの話だよ」

 本棚から白い手が辞典を重そうに引き抜く。去年新装されたばかりのもので、まだ背表紙も硬いのだ。

 同じようなものを床の上にいくつか等間隔に整列させると、今度は私の手からペンを攫い、筆箱と、インクの瓶と、メモの束を重ねて、短いドミノの列らしきものを拵えた。

「この本は押せば倒れる。倒れるだけの単調な動きしかしない。感情の無い筋書きだ。これに、変則的な動きを加える」

 高価な辞典が、床が軋むほど音を立てて雪崩れた。本の重さに耐えかねて、インク瓶の上にセッティングされていたペンは、インク瓶と一緒に筆箱のクッションに倒れ込む。……これは成功したのだろうか。

「変則的な動きとは、つまり感情を伴った予測不可能な動きだ。つまり、突発的かつ能動的、アドリブ的リアクション。これは押せば倒れるだろう。そうすりゃあ次の本が押されて倒れる。ただし、物事はそう単純で綺麗ってわけじゃない。期待する働きをするかどうかは分からない。不測の事態ってやつだな。綺麗なだけじゃあ面白くない。しかしな、あるがままをあるがまま、材料だけを用意されても食うにも困るってもんだ。美味しく調理する。もしくは単調なドミノを、ちょっとの工夫で演出する。ぼくらがしようとしている作業は……筋書きを物語にするっていう、一つの世界を作るってのはそういうことだと、ぼくは思うのさ」

 ふむ。言いたいことは分からないでもない。

 奴はソファにまた横になると、ぐーぐーイビキをかきかじめた。

 まったく。珍しく長く話したと思ったらこれなんだから。


 時系列順ならば、「あるところに魔女がおりました」となるだろうし、ドラマティックに演出するための一例として、「彼は死んだ」とショッキングな冒頭も考えた。物語の進行を優先して「とある神様が、」とすれば、その後がいささか説明臭くなる。

 では主人公を据えて、彼に語ってもらおうかと思いついたのだった。

 この物語には、それこそ星の数ほども登場人物がいるのだけれど、さて誰を主人公とするかとなれば難しい。御多分に漏れず、それぞれの人生においては誰もが主人公だろうし、その他はすべてが脇役である。彼らの中には貴君のように『私は脇役程度の人間です』なんて、皮肉げに自称する輩もいるだろうが、広くを平らに見渡してきた私の眼から見れば、それぞれが主人公のようなものだ。

 難しいことだ。なにぶん、この話は長いのだ。登場人物は入れ代わり立ち代わり、そのページに立つことになる。しかも書き手である“わたし”の主観も混じるだろうという、とてつもないややこしさだ。

 そこで、三人選ぶことにした。三つの眼となる人物である。

 そうだな、例えるならば――――一つはこれを読む君たちの眼で、二つは私自身の眼で、三つ目は世界の眼だろうか。

 ちなみに奴はこの画期的な発見の時も、マットとクッションの間に頭を突っ込んでイビキをかいていた。


「ふん。馬鹿はお前だよ。これからが大変なのさ」

 いざペン先が進み始めた頃になって、こやつは後ろで不遜に呟いた。

「ドミノに例えたのを覚えているか? そりゃ考えているときは楽しいさ。でも組み立てる時こそ、一番大変なのさ。完成しても、倒すまで成功は分からないときたもんだ。こいつほど頭がおかしい遊びもねぇな」

 分かってるさ。

「どうだかねぇ」

 にんまりする奴の金色の不思議な瞳が、夕暮れの中できらりと光った。

 その苦労は確かに奴の言うとおりだったのだけれど、さて、この完成したブツを読んだ後、あいつはどんな顔をするのだろう。

「ぼくはこんなに情けなくないぞ」とでも文句を言うのだろうか。


 さて、わたしは、ペンを置き、窓の外を見た。

 これを書くことで、何かが上手くいくかはわからない。こんなムカデの群れのような文字の羅列であるし、おおよその人間は、よほど暇で気が向かなければ、ムカデの群れの行く先を理解しようなんて思わないだろう。

 せいぜいが、脳みそでクラゲみたいに浮かぶものを一匹吐き出した程度のことだ。ためになることが書いてあるわけでもない。

 ただ、わたしのクラゲはとても大きくて、ちょっときれいな色をしているように思えたから、閉じ込めるのは惜しくなったというだけだ。世界でわたしだけがコイツのことを知っているのは、なんだか寂しいじゃあないか……それだけのこと。

 どこにもない世界の話だけれど、諸君には覚えておいてほしい。

 この物語に出てくる空は紛れもなく、この窓から見える空だということ。すべてがわたしの頭の中にしかない世界のことだけれど、空だけは、諸君が見ているものと同じものだ。

 さて、では手始めに、とある少年の第一章。彼はとても勇敢で心優しく、義理堅かったという話。彼がいなければ、誰もが心折れていただろう。

 独り言だけれど、『赤』って色は、なんだか元気になる色だとわたしはしみじみ思うんだよ。

 さあ。このクソ長い与太話を始めよう。






 見あげた空は、あの青さはどこに行ったのかというような曇天だった。

 照りつけていたはずの太陽は雲を被り、これが気のせいじゃあなけりゃあ、白いものが見あげた顔に吹きついてくる。

 ポカンと開けた口は、かっ開いた眼に雪―――――そう、これは雪だ―――――が飛び込んだところで、ようやく閉じた。一人、無人の路上らしき場所で、粘膜上で直接融けた小さな氷粒の冷たさにグネグネ悶えるうち、ようやく肌を刺す冷気を自覚する。……せざるを得ない。


 上はTシャツ、下はグレーに黄色いラインの入った愛用のバスケットパンツ。濡れた汗が急激に冷えて、そのまま凍りつきそうだ。

 ……なんでこの寒いのに汗をかいているのかって?

 そりゃあ、彼が先ほどまで、真夏の炎天下、住宅街を走っていたからだ。

 むき出しの肩も膝も、ツルツルしたズボンの生地さえ恨めしい。

 自分の肩を掻き抱いて、足先から髪の毛の先まで震えが奔った。感じたままが口から洩れる。


「くっそサムッ! 」




 さて、話を始めるとすれば、やはりこの日からだ。晴光せいこうが十四歳、中学三年生の七月三十一日は、ひどく蒸し暑い猛暑日だった。





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