冷泉院2
N(お市はぷっと吹き出しおくどへ戻り、そこへ惟光が冷泉院と秋好
む中宮を案内して入ってきます。狩衣姿の冷泉院とえび染めの小袿、檜扇
を手に中宮とが入ってきて板間に腰かけ木履を脱ぎ床敷きににじり寄ります)
冷泉院 お勤めのところをまたお邪魔します。
中宮 よいお日和。ご機嫌麗しゅうございます、父上様。
N(二人深々とお辞儀します)
源氏 姫、ようこられた。よい香りじゃ。
中宮 黒沈香にございます。
源氏 おおめっきり母御のようになられた。
中宮 薫の君をお預かりしてからもう5年になりまする。
源氏 紫の上が死んだときじゃったから。
中宮 もう9歳におなりです。
源氏 散々甘やかしておるのじゃろう。
中宮 ええ、ええ、もうすっかり甘やかにお育ていたしておりまする。
源氏 そんなことじゃろうと思っとった。
中宮 でもご心配はいりません。薫殿は父上と違っていたって真面目。
おなごには目もくれず。学問ばかりなさっています。近頃は法華経
にもいたく興味を示されて。
源氏 それは異なこと?
中宮 しかしお父様は母上の遺言を守るのが非常に大変
そうであられましたよ。
N(ト中宮は冷泉のほうを見ます)
源氏 ああそうじゃ。お前があまり年ごとに美しゅうなるのが
悪いのじゃ。斎宮の時にはこんなに小さかったのになあ。
N(ト源氏は膝のあたりに手をやります。冷泉院は笑っています)
中宮 そんなに小さくはありませんよ。伊勢のお勤めが終わって
京に戻ってきた時には、もう母は病に苦しんでおられました。
源氏 そしてこの遺言じゃ。六条の邸をわしにお譲りになる。
姫の後見人になる。それともう一つ、絶対姫には手を出さない。
中宮 何度も念を押して母はなくなりました。
源氏 そのとおりにしたではないか。
中宮 もう御病気ですね、美人に言い寄られるのは。
だけど本当はお父様の養女にしていただいて
心の底から感謝いたしております。