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一ノ陸



 放課後がやってきた。

 昼休みに話していた変な事件の犯人――ぶっちゃけ言うと名前はブラウ・ファニヴァ、虫を使う変異世界という違う世界の人間で異術師と呼ばれる存在。

 ブラウは変異世界にいたと思われる具現の力を持つ少女が現実世界にいると教えられて命令で探しており、これから僕が遭うであろう事故によって奴は僕達を知る。

 事故に遭わなければブラウは僕達を知る事は出来ない。

 事故の現場も分かっている。

 学校から帰宅する途中の交差点にてトラックが通りかかるが居眠り運転、横断歩道を渡って真ん中付近まで来たところで轢かれる。

 なら、真ん中付近で避ける?

 いいやそれよりも事故現場に一切近づかないのが一番だろう。

 多少の変化があっても進行するとはいえ、多少ではなく多大な変化――つまり、トラックが通れない道を帰っていれば流石に物語は進行しないはずだ。

 帰りはこれを繰り返して事故を回避、少なくともこれで帰りの安全は確実。

 時間も夕方に限られているので、気をつけるのは夕方だけでいいと思う。

「今日はちょっと違う道を通って帰ろう」

 物語の進行には無い台詞だが、仕方が無い。

「違う道?」

 どうして? と続けて聞きたそうな目。

「たまには別の道を帰るのもいいだろ? 気分転換だよ」

「気分転換? 何か嫌な事でもあっての、気分転換?」

「いいや別に。毎日同じ帰り道だと退屈だから、違う道を通る事で何か新しい発見や新鮮さを味わえるかもしれないって思っただけさ」

「そう」

 不思議そうに、僕を見る夕莉。

 毎日同じ帰り道、だと思う。

 僕は彼女と一緒に帰るのは初めてだけど、僕達は物語の設定上、高校生になってからもずっと一緒に帰っていた。

 だからこの提案、気分転換で別の帰り道にってのは不自然だとは思われても特に気にはしないだろう。

 実際に、目の前では不思議そうに見ていた夕莉はまあいっか、という感じで頷いていたのだから。

 心臓の鼓動はいつもよりも早く脈動していた。

「今日はバイトだから、お先にー」

「あ、うん、またね」

 通り過ぎる光武にすら、一瞬警戒していた自分がいた。

「お先に失礼します、また明日」

 続いて榛名さんが通り過ぎていく。

 今までの榛名さんはもういない、失礼かもしれないがそのおかげでクラスの雰囲気はとても和やかなものだった。

 彼女の気に障らないようにと緊張感を帯びる事も無い。

 そういえば以前の彼女にこてんぱんにされた生徒はどうしてるかな、クラスにはいなかった気がする。

 小さく僕らは二人で手を振って先行く彼を見送って僕らも帰路へ。

「明人、ちょっと早い」

「おっと、ごめんよ」

 焦燥感に背中が押されているかのような歩調だった。

 橙色に染まり始めていた空、僕が書いた一文のせいか、雲ひとつ無く吸い込まれそうな景色でとても綺麗だった。

「明人、今日一日、変だった」

「変?」

 そうかも。

「今は落ち着き無いよ」

 思い返して、自覚する。

 さっきから僕が見ていたのは道路を走る車ばかり。

 十字路はなるべく避けて、遠回りばかりで歩調も安定していない。

「昼休みはあんな事言ってたけど、やっぱり別の、おっきな悩み事あるんじゃ? 相談に乗る」

「ありがとう、大丈夫だよ」

「私は相談を聞いてくれる事に定評があるよ」

「初耳だ」

 本当に、本当の初耳。

 このようなやり取りは文章で書かなかった気がする。

 それでもこうして会話は弾むのは、文章だけが登場人物の全てじゃなく、ちゃんとどういう性格か、どういう喋り方かなど、文章にしていない部分でも想像が反映でもされているのだと思われる。

 根拠は登場人物であるも夕莉という人間が出来上がっていたからだ、僕の想像通りの人物に。

 避けられるものならば、これから起きるであろう物語の進行を全て破棄して夕莉とのほほんとした学園生活を送りたいね。

「不安といっても、些細なものだから、君に話して君と不安を共有なんてしても得は無い」

「共有して、一緒に不安を取り除こう?」

「そういう考えもある、か」

「どうでしょうか」

「いいんじゃないでしょうか」

 でも話せるか?

 君は僕が書いた物語の登場人物で、これから物語が進行すると異術師やら出てきて大変な事になる、と。

 きっかけとなる事故を避けるために僕はこうして違う帰り道を選んでる、と。

「でもやめた、悩み事は一人で解決するってのが男なの」

「気になる」

「気になるだけ損、ほら、行くよ。もっとわき道ばっか選んでちょっと冒険しよう」

「疲れる」

「少しは体を動かしなよ」

 面倒そうに口をへの字にするが、僕はわき道へ入って彼女を手招きするとなんだかんだいってついてくる夕莉。

 日光に当たらずひんやりとした空気が歩いていて意外と気持ちいい。

 街のわき道はほとんど把握している、トラックが通れる十字路を回避して自宅にたどり着ける道のりはもう脳内で構築済みだ。

 いける、事故に遭わず帰宅できる。

 あわよくばこの変化が物語の進行に大きな影響を与えてくれて、普通のラブコメほのぼの学園物語になってくれればいいなあ。

「面白いかも」

「だろう? たまにはこういう帰り道もありさ」

 夕莉もこの帰路にはそれほど疑問を抱いていない様子。

 僕の気分転換だと思って付き合ってくれている。

「猫も見れる」

「そうだね、わき道は猫の通り道でもあるからね」

「にゃー」

「にゃー」

 楽しい。

 右手には空き地を囲む僕の身長より頭一つ出たくらいの高さの塀が続いていた。

 塀の上は猫が歩いており、後方にはどこから来たのか、また猫が歩いていた。

 僕らには警戒しているようだがちらちら見てくるも逃げはしないので、まるで僕らと一緒に歩いているような、面白い光景。

「持って帰りたい」

「駄目だよ、君のアパートはペット禁止だろう?」

 夕莉の設定もしっかりと覚えている。

 両親はどちらも他界しており、変異世界出身の父と現実世界出身の母という二つの世界の血を受け継いでいる少女。

 現在は母の知り合いが用意してくれたアパートで暮らしており、一人暮らし同然。

 僕の考えた設定のせいで寂しい思いをさせてしまって申し訳なく思う。

 我ながら……。

 今思うと変異世界なんてへんてこな世界を考えて何を伝えたかったのやら。

 次に何か書く時はもっと世界観もよく考えておこう。

「今日は夕食、うちで食べてかない?」

「いいの?」

 せめてもの罪滅ぼし、みたいな。

 少なくとも彼女が一人で寂しい夜を長年過ごしているのは僕のせいだ。

 物語を書いている段階で書き換えるべきだった、もっと幸せな生活を送っているヒロインに。

「いいよいいよ、母さんも喜んで晩御飯を振舞ってくれるさ」

「ありがとう、嬉しい。とっても嬉しい、ぱないくらい、嬉しい」

 ぱないって言葉使う人久しぶりに見たよ。

 会話していたらこういう言葉も言ったりして退屈しない設定も活きている。

 いいね、最高だ。

 ふと塀を歩く猫が足を止めた。

 後ずさりして、塀から降りて行ってしまい、追いかけたいけど追いつけないのを分かっていて残念そうに見つめる夕莉。

 続いて後ろにいた猫も同様の行動。

「行っちゃった」

「どうしたんだろう、何か餌でも嗅ぎつけたかな?」

 二人で猫を見ながら並行するのは幸せそのものだったので残念だ。

 進行方向に顔を戻すと、僕は地面に何か落ちているのを見つけた。

 白い紙?

 ……原稿用紙だ!

 続きが書いてある原稿か? そうだろう、そうに違いない。

「それは?」

 まずいな、夕莉も一緒に見つけてしまった。

 彼女より先に僕は拾い上げた。

 ずっと以前から落ちていたんじゃないようだ。

 汚れもなく綺麗でしわはほとんど無い。

「何か書いてる」

 仕方ない、原稿を夕莉に見せないのも変に思われるし読んでも理解はされないだろう、適当に言いくるめてこの場を乗り切りたいな。

「長文だなぁ……なんだろうねこれ」



 二人は拾い上げた原稿用紙に顔を近づけて、大きいとは言えない文字を目で追っていく。

 そこに書かれていたのは、まさしく今自分達の状況であった。

 明人は呟く。

『これ、は……?』

 未来でも予言して書かれたかのようなこの原稿用紙に困惑を抱かざるを得なかった。

 二人は一度原稿用紙から目を離して顔を見合わせる。

 お互い抱いている困惑、それを確認するかのように。



 何か、やばい気がする……。

「これ、は……?」

 もう一度文章に視線を戻した。

 次の分には『何……なのかな? これ』と言う夕莉の台詞が載っていた。

「何……なのかな? これ」

 夕莉は言った、この原稿に書かれている台詞と同じ台詞を。

「さ、さあ……分からない……」

「まだ、続きがある……」

 現時点で僕の書いた物語の展開とまったく違う展開になっている……。

 先ず物語に原稿用紙が出てくるのもおかしいのだ。

 何かが、何かがおかしくなっている……。

 押し寄せる不安を感じるも僕らは原稿に視線を戻した。


 

 夕莉は不安と、膨れつつあった恐怖に声を震わせながらも言う。

『まだ、続きがある……』

 明人も、恐怖が芽生えて膨れつつあった。

 まるで第三者が自分らの行動を見てその場で書いているかのような、現実ではありえない原稿用紙。

 二人は読むのすら怖くなっていたが、続く文章を読んでいけばこの先何が起きるかが分かるかもしれない、と文章を読んでいく。

 しかし文章を読んでいる中、脅威がゆっくりと近づいている事に二人は気づいていなかった。

 この一文を読んでようやく気づかされ、その脅威が発する言葉によって手遅れを二人は悟った。

『虫は好きか?』

 近くの塀に腰を下ろした――声からしてその女性は、深々とかぶったフードの奥に赤く鋭い眼光を彼らに向けた。



「虫は好きか?」

 すぐに逃げなくては、と思った時には――その声は鼓膜に届いていた。


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