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一ノ伍



 夕莉は券売機を前にしてどれにしようかと悩み始めた。

 何を食べようか考えてなかったのかよ、と明人は彼女の隣で待つが長考の兆しが見えたので、勝手に手を伸ばした。

『これでいいだろ』

 指先には醤油ラーメン、ついでに金を入れて自分の分もさっさと購入した。

 彼女は驚愕に染められた表情で明人を見る、食べたいものは彼がボタンを押す寸前で決まっていたらしい。

 彼女は悔しそうに日替わりランチを指差して彼の肩を力無くも叩く。



 教室を出る時にポケットから取り出して、先ほど手に入れた原稿を読んで昼休みでのやり取りは確認済み。

 この場合、僕が日替わりランチを押してやったらどうなるのかな?

 多少の変化があっても物語が進行するのは先ほどのため息の件で分かったが、もっとじっくりと確認しておきたい。

 丁度夕莉は券売機の前で悩み始めているしね。

「これでいいだろ」

 僕は日替わりランチを押してやった。

 すると夕莉はにんまりと口元を緩めて僕を見る。

「これでいい」

 親指を立ててぐっじょぶ、と言葉を付け足す夕莉。

 一々可愛いな君は。

 二人きりだったら頭を撫でてやってからの抱きついて流石僕の考えたヒロインだぜ! と叫びたいものだ。

 今回はその後のやり取りも違った形になった。

 数行の文章とはまったく違う現状になっている。

 変化の度合いによってその後の変化も大きく変わってくるのか?

 ならば放課後、事故に遭う現場から離れて、いつもとは違う帰路を選べば事故には遭わないかもしれない。

 やってみる?

 ……やってみるしかないのだ。

 僕は夕莉が不服ながら食べるはずだった醤油ラーメンを食べながら決意する。

「午前中、何か考え込んでたけど悩み事でも、あるの?」

「まあね」

 彼女には言えない、今起きている事を。

 言ったとしても理解はされないだろう。

 僕の書いた物語をどういうわけか現実になって体験しているなんてさ。

「私には言えない、悩み事?」

 心配そうに、寂しそうに見つめてくる。

 水晶のように綺麗で吸い込まれそうなその瞳、魅力的過ぎて思わず目を逸らしてしまいそうになるが、ここで目を逸らしたら何か隠してると思われそうなので僕は彼女の目を真っ直ぐ見て、薄っすらと笑みを作って答える。

「いいや、言うほどでもないくだらない事さ」

「よかったら」

 肩を指でつついて、相談相手になるよと言いたげに上目遣い。

 ああもう、可愛いなあ……。

「君が可愛すぎてこれから授業に集中できるかなっていう悩み事」

「ば、馬鹿っ!」

 一瞬にして顔真っ赤。

 彼女の事はよく知っているのでそれほど話はしてなくても親近感が沸き、会話もよく弾む。

「可愛いねえ、可愛いよ、とっても可愛い」

 頭を撫でてやる。

 さらさらな髪はさわり心地もいい、このままずっと撫でていたい。

「た、食べられないっ」

「ごめんごめん」

「今日はなんか、変」

「そう? 変かな?」

 なんて言うも、変だろうなと自分でも思った。

「いつもは授業中、寝てる」

「これから授業は真面目に受けようと決意したんだ」

 颯太とは違って、僕は授業中に寝る事はほとんど無い。

 寝るとしたら執筆に没頭しすぎて夜更かしした時くらいかな。

「それは、とても嬉しい。応援する」

 両手で握りこぶしを作って小さく上下に振る夕莉、その応援の仕方はいいけど日替わりランチの主役、白身魚フライを箸でつかんだまま振ったので、白身魚フライは箸から飛んで、弧を描いてテーブルに着地。

 見るも無残な姿になって、夕莉はそれを見つめて硬直。

 数秒後、悲しそうに僕を見てきたので僕は握りこぶしを作って小さく上下に振って夕莉を応援した。

「大丈夫、まだ食べれる」

 飛び散って細かくなってしまったけど、集めればある程度なら元に戻るさ。

 僕の言葉に希望を抱いたのか、箸で白身魚フライの断片を一つずつ集めて皿へ。

 食事が終わるのはしばらく時間が必要だな。

 そういえばここらで確か話の進行に必要な会話が聞ける、原稿にまた書いていたな。

 僕は近くに丁度座った生徒二人が会話を始めたので、耳を傾けた。

 原稿を取り出して確認、夕莉に見られないようにすぐにポケットの中へ。

 この動作をするたびに原稿はしわくちゃになっていくがまあいいだろう。



 食事中、近くに座る男子生徒の会話が明人の耳に届いた。

『それで、さっき言ってた事件って?』

『ああ、そうそう。全身を虫に食われた死体だってよ。身元が分からないくらいに酷かったって話だ』

『食後に聞きたかったぜ』

 まったくだ。

 明人は心の中でそう呟いて、食事を続ける。

 隣に座る夕莉は彼らの会話を聞いてしまったのか、箸が止まっていた。

『今の、聞いた?』

 話を盛り上げて食事の邪魔でもしてやろう、悪戯に背中を押されて話すも夕莉の反応は以外だった。

『うん、なんか、変な事件、多いらしいね。気をつけないと』

 冷静に答えていた。

 話題を嫌って止めてと懇願してくると思って追い討ちを掛けようと話題を盛り上げる気満々だったのに思わぬ肩すかし。

 意外とこういう話は平気?

 いいや、そんなわけはない、怖い話やグロい話は苦手なのだ彼女は。

 もう平気になっちまったかな――明人はちょっとした悔しさを感じた。



 載っている文章は少なく、ここで終わっていた。

 もっと先の展開を詳しく把握しておきたかった、どこかにまた原稿が無いかな。

「今の、聞いた?」

 男子生徒らの会話を夕莉も聞いただろう、ここは物語通りに話を進めよう。

「うん、なんか変な事件、多いらしいね。気をつけないと」

 とても冷静だった。

 僕は知っている、何故彼女が冷静に答えたのかを。

 その変な事件の犯人を知っていて――これから遭遇してしまうかも、遭遇しないようにひっそりとしばらくは生活しなくては、と彼女は今思っている。

 この冷静は物語での最初の布石にしていた、ここははっきりと憶えている。

 なので完全にネタばれ状態もいいとこな僕には、彼女の様子にクエスチョンマークを浮かべることも無かった。

「殺虫剤でも買っておく?」

「それはいいかも」

 原稿はそれ以降見つからず、再び原稿が無い――先が読めないという不安と共に物語は進行する。

 それにしても全身を虫に食われた死体って、ただ死に方にインパクトをもたらしたところで単純、客観的となった今では僕の書く物語はいちいち面白みの無い要素が多いなと反省しかなかった。

 榛名さんのようにバシッと感想を言ってくれる人が一人でもいたら、物語は何か違ったかもしれない。



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