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一ノ弐

 ……現状も、流癒という少女も、何一つとして理解できない。

 テレビでは「月曜日は何かと気分が乗らないかもしれないですが――」とアナウンサーが言っていたが土曜日の次の日は当然日曜日、日曜日はどこにいったんだこの野郎!

 辛うじて思考を働かせて僕はすぐに席を立って、原稿を握り締めて自分の部屋へとふらついた足取りで向かった。

「あ、明人!?」

 流癒と母さんが僕の唐突な行動に困惑、そりゃあいきなり立ち上がってふらついた足取りで自分の部屋行けば当然の反応。

 しかし構うものか、構ってられるか。

 こっちは今何よりも重要なものを探しているのだから、部屋まで追いかけてきて心配そうに見てきても僕は相手にしないからな。

 その視線を無視して僕は必死に机をかき回した。

 あれは机の引き出しに入れたはずだ、そう思って開けるがそこに原稿は無かった。

 別の引き出しだったか?

 こっちは?

 ここは?

 こいつは? 違う、隠してた点数の悪いテストだ。

 物語の設定が書かれていたノートも無いな、どこにいったんだ? 鞄? 引き出し? 床に落ちていたりは? あと探す場所はどこだ?

 最後には開ける引き出しなどもう無く、肩を落として僕は後退し、ベッドに腰を下ろした。

 僕の書いた物語の原稿と設定が書かれていたノートは、消えていた。

 あったのは一階で拾ったこの原稿一枚だけ、か……。

「何やってるの、早く学校に行きなさいあほたれ」

 本日二度目のあほたれである。

 僕の奇行を気にはしていたが母さんはそう言って一階へ降りていった。

「……大丈夫?」

 彼女の言葉を受け取るも、一言すら返してやれず。

 僕は手で大丈夫だと合図して、部屋から出てくように続いて合図。

 君がいると混乱する、本当に。

 小さな足音は廊下へ、一度足音は止まるも廊下を進んで一階へ。

 心配そうに振り返った彼女の姿が思い浮かぶ。

 ……これは夢、じゃないの?

 また頬を抓るが痛みが現実だと教えてくれる。

 整理しよう。

「……土曜日に物語を書き終えて昼寝したら月曜日だった」

 うん、そうだ。

「僕には妹はいない、けれど僕に妹ができていた」

 うん、そうだ。

 しかも僕の書いた物語の主人公・颯太の妹と同じ名前。

「拾った原稿は僕の書いた物語と酷似している、主人公の名前が来るべきところは颯太ではなく僕の名前になっていた」

 うん、そうだ。

 ……うーん。


「……何故? そもそもあの原稿はなんなんだ?」


 僕の原稿はなくなっていて、代わりにと言わんばかりに現れた原稿……見つけてくださいと訴えんばかりに落ちていた。

 颯太らしき人物はどこにもいない、この原稿にも書かれていない。

 更に僕が颯太になったのではなく、母さんは確かに僕を明人と呼んだので僕の名前も変わっていない。

 うまく説明できないが、これは僕が主人公と入れ替わった形で物語が進行している……?

 あの原稿に書いてある通りに行動をすればちゃんと物語も進行するが……。

 どうしてこんな事が?

 現実っていのは退屈で何も無くて、異質な存在は一切いないしこんな非現実的な事は絶対に起きないと僕は知っている、信じている。

 ありえないのだ、現実でこんな事が起きるのは。

 これは夢なのだろう、あの痛みは僕の頭が何らかの異変を起こしてそう感じさせただけでリアルな夢……だ。

 困惑して、後退したら体がよろめいてベッドに倒れこんだ。

 夢にしては感覚がはっきりとしすぎている。

 夢とは思えない、確実に現実としか言いようがない。

 天井を見上げる。


 ……夢じゃ、無い?


 ……物語の主人公は自分と重ねた部分がある。

 現実の僕と違うのは、家を空けがちな両親はよく家にいて、可愛い妹がいて、父さんは朝は早いけど夜にはちゃんと帰ってきて家族全員で夕食を食べる暖かい家族って事。

 僕の書いた物語通りの家族。

 主人公の家や自分の部屋も、僕の部屋と重ねて書いたから同じ?

 机も……いや、少し違うな。

 万年筆とか、机の上に重ねておいていた本などが一切無くなっていた。

 パソコンは最新型になっていて嬉しい。

 起動させて中を確認してみたが、パソコンにも保存していた物語の設定や内容は何もかも無くなっていた。

 更に悲しいのは僕が苦労して集めた本が部屋のどこにも無い事だ。

 ……何か妙だ。

 現実と僕の書いた物語が融合されたような、完全には僕の書いた物語通りではなかった。

 それに僕は自分で書いた物語なのだから内容はある程度覚えているはずなのに、どうしてか断片的にしか思い出せない。

 考えても、仕方が無い……な。

 腹の虫が僕を一階へと誘った。

 それにあの原稿は一階で拾ったのだからまだ他にあるかも、と探してみるも見つからずに時間だけが過ぎていく。

「何してるの、ほら、早く食べなさい!」

 結局、何も見つからず僕はすぐに諦めて、食卓に着席。

 朝から怪しい行動と落ち着かない様子に二人は困惑して僕を見てくるが、二人以上に僕は困惑している。

 落ち着け、こういう時は冷静を保つのがいい――と、混乱しているものの何事も無かったかのように食事を再開。 

 海老チャーハンは少し冷めてはいたが美味かった。

 夢だ夢だと現実逃避できない現実的な美味しさ。

 朝食を食べ終えて、時計を見る。

「学校間に合わなくなるわよ」

 本来ならば日曜日なのに、昼寝したら月曜日だなんて休んだ気がしない。

 普段は食後なら十分ほど余裕があるけど今日は普段とは、まったく違う朝。

 混乱している中で学校に行く気なんて一切沸いてこないが、流癒が遅刻遅刻と僕の背中を押してくるので行くしかなかった。

 どうもこの流癒という人物に慣れない。

 あ、そうだ。 

 原稿……まだ少ししか読んでない。

 僕はこっそり原稿を開いて読んでみる。

『「明人、母さん弁当作るの忘れてたから、今日は購買で買って頂戴」』

 僕がその文を読むと同時に、母さんがそう言う。

 物語通りである。

 分かったよ、僕はこの時そんな言葉を呟いて家を出た。

 この原稿……やはり僕の書いた物語であり、現実でそれが起きている……?

 また頬を抓って、僕は痛みによって現実だと教えられた。

 今日の天候は晴天、描写では雲ひとつ無い青空と書いていた。

 外に出るや、まさにその通り。

 現実でも珍しい雲ひとつ無い青空だ。

 颯太ならこの青空を見て清々しい気分になって登校するだろうが、僕はまったくそんな気分にはなれず。

 重い足取りで隣を歩く流癒とやらをちらりと見る。

 彼女の着ている制服は僕の通っている学校のものとは違う。

 妹は中学二年の設定、だったら流癒も中学二年生だ。

「朝から変だよ?」

 通学中、僕は落ち着きが無かった。

 それも当然の事だ、どうしてこうなったのか、これからどうなるのか、不安は心の中で膨れ上がっていく。

 先ず彼女にどう接すればいい?

 この子を妹として接すればいいの? 僕には妹なんていなかったから接し方なんて分からない、異性への接し方に疎いおかげで困惑ばかりが沸いてくる。

 とりあえず……平然、そう、平然だ。

「そ、そう……?」

 平然と思うもうまくいかず、言葉を躓きかけた。

「朝は何探してたの?」

「あの、原稿、用紙」

 この口調である。

 ロボットじゃないんだからと、自分を叱った。

 妹、家族、この少女はそれだ、異性として見ちゃ駄目、うん、妹、家族。

 催眠術のように自分に言い聞かせた。

「原稿?」

 彼女は僕と原稿に関連性など見出せずに首を傾げた。

 彼女にとって僕は颯太とおそらく同じ印象、颯太の趣味や私生活で原稿が出てくる事は無い。

「学校に宿題でも出されたの?」

「いいや、違うよ。なんていうか、とても大事なものだから何か書いてある原稿を家の中で見つけたら僕に教えてくれ」

 家の中にあればいいが、言っておくだけ損は無い。

「いいけど、なんか兄ちゃん変だよ?」

「気のせいだよ」

 流癒には理解できないだろう。

 僕は颯太のように振舞って流癒に余計な感情を抱かせないようにするべきなのかな。

 原稿を見てみる。

 原稿は会話や描写、心情など多少省いている部分もあるのか、詳しく書いてある時もあれば、今読んでいる部分では僕達の会話は文章として載っていなかった。

「もっと会話しようよー! 朝から沈黙は嫌ー!」

 目を見なければ、緊張もあまり感じずそれなりに会話は出来るが、淡々とした返事しか出来ず。

 まったく……。

 僕は彼女に向けて一言言おうとして、話す寸前で原稿の、次の文章に目が留まった。



『君は毎日が楽しそうだね』

 すると流癒は眩しいくらいに満面の笑みで頷いた。


 

 この部分は書いた憶えが無かった、ただ単に僕が書いたのを忘れたのでは、無いだろう。

 僕が書いた場合ならば、颯太と流癒の関係上、颯太は流癒の事を“君は”とは呼ばず、“お前は”と呼ぶ。

 しかもこの台詞、今まさに僕が言おうとしていた言葉、何か気味が悪いな……。

 でもあえて。

 あえて、言ってみる?

 試してみる?

「君は毎日が楽しそうだね」

 言ってみた、試してみた。

 原稿と照らし合わせてみたくて。

 ちなみにこの後も何行か続いている。



 明人の朝は不安と混乱、それらによって倦怠感に包まれており、こんな心情であるのにこれから学校かと思うと、学校に近づくたびに気分が落ち込んでため息が出るものだが、隣を歩く流癒は違った。

 彼女の足取りは軽快、快活、彼とは違う足取り。

 何もかもが楽しそうな、全身に高揚感すら感じられる。

 数歩彼の前を歩いて、振り替えるや流癒は言う。



『「毎日楽しいよ、人生は神ゲーだね!」』



 ……原稿と現状が一致。

 ここらは僕が書いたものとほぼ同じだ。

 この原稿はもしかしたら未来を――いいやしかし、僕の書いた物語になぞられてもいる、何者かが手を加えて書き直されたもの?

 颯太が明人に、他にも追加された文章がいくつか、しかし僕が書いた文章が所々残っていたり、物語の進行も文章が追加されたとはいえほぼ同じ。

 いきなり話が進展する事も、大きな変更点も今のところない。

 不思議。

 ――わけがわからなすぎて停止しかけた思考は、僕の感想を三文字でまとめていた。

 今日何度目かも分からないが、頬を抓って改めて現実を確認。

 えっと、次に僕が言うべき台詞もあるな。

 本来は颯太が言う台詞だったがあえて、

「このゲームオタクめ」

 と言って視線は原稿から彼女へ。

 原稿を眺め続けるのも怪しく思われてしまうかもしれないのであまり見ないようにする。

 そういえば颯太の妹の設定を書いた記憶がある、登場人物の設定はかなり細かに大量に考えたものだ。

 流癒は大のゲーム好きでよく神ゲー、くそゲーなど口にする。

 僕は書いていてこんな妹もいいなとにやけていたものだ。

 我ながら書いていた時は気持ち悪い顔をしていたに違いない。

 家に帰ったらとりあえずゲーム、母にゲームのしすぎとしかられ、懲りずに兄を誘ってゲームをまたするような妹。

「兄ちゃんはもっとゲームをするべきだと思うなあ」

 会話をしながら朝の登校は、いつ以来だろう。

 こういうのも、退屈しないで悪くはない。

 こんな時でも僕の書いた主人公・颯太は退屈を感じてため息をつくが、僕は新鮮すぎる朝にため息なんてつける気分じゃなかった。

 物語上、ここでため息をつかなくてはならないのかもしれないが。

 これも試しにやってみるか――と、僕はため息をついてみた。

「そうやってまたため息! 兄ちゃんってほんとうちに冷たいよね!」

 悪いね、僕は別にそんなんじゃないんだけど好奇心がそうさせたのだ。

 もっと颯太は妹に優しい主人公にすればよかったな、今更遅いけど。

 消えた原稿を書き換えればそうなったりして。

 何を非現実的な事を、と自分を嘲笑うも非現実的な事が起きている今――嘲笑も止む。

「あっ、ここでお別れ。じゃあね、最近は事件も多いからちゃんと早く帰るんだよ!」

 君は僕のお母さんか。

 右手をぶんぶんと振って流癒とは別れて僕は……とりあえず学校へ向かった。

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