三ノ伍
「彼女は、弱っているのか?」
「そうです」
「引き渡しては、もらえないだろうか」
「……今、それどころじゃないです」
「その状態だからこそ、いい」
痛みによって身動きが取れないからこそ――なのだろう。
男性は数歩刻むと、ブラウは更に表情を歪ませた。
光も更に強くなっている。
これ、は……?
「聞いていいですか?」
「何だ?」
眼鏡を掛けていて頭は固そうな人だけど、悪い人じゃなさそう。
てか、この人……監視員の総轄として僕が考えた登場人物じゃないかな。眼鏡にクールで表情を崩さず、黒のスーツを着ていて普段は魔術師が起こした騒動などの処理や異術師の監視を務める人。
名前は躯真宗馬、二十歳、独身。
……ネーミングについては得に意味はない。
なんかこう読者の心に残ればなって思って名前の響きを重視してつけただけだ。
「近くに魔術師は?」
「何十と」
周囲に視線を振り撒くもその姿は捉えられず。
再び彼は歩数を刻むと、更に光が強くなった。
「ちょ、ちょっと! 止まってください!」
連動、してるんじゃないか?
「明人、これ……魔術師に反応してるって」
やっぱり。
「何か、体の中に入ってて、危険だって。魔術師は近づかないほうが、いいっぽい」
「それ、君の力で取り除けない?」
「……やってみる」
夕莉から躯真さんに視線を戻す、彼は今の話を聞いて足を止めて、逆に数歩下がってくれていた。
「……近づかないほうが、いいらしいな」
「そうですね」
躯真さんはすぐに携帯電話を出して誰かと連絡を取っている様子。
魔術師とて、このご時勢魔術を使って連絡より現代の発達した機器を使って連絡のほうが魔力の消費もしなくて便利なのよね。
よく漫画などではさ、魔術を使って連絡とかしてる場面があるけど僕はそういうのを使って魔力を消費するより携帯電話とか使ったほうが手っ取り早いよなあって思っていたので魔術師達の連絡手段は何気に現代的にしている。
物語の設定が活かされているとなんか安心するね。
「あの、勘違いして欲しくないのですが、僕は別に魔術師の敵になろうとしているんじゃあ無いですからね」
「君の監視をしていた、朝の会話も聞いていた。敵に食べ物や服を与えていたのは仕方ないとして、そこまでなら分かるが、敵を助ける行為は疑問だ。それでいて魔術師の敵になるとはしていないと? 矛盾しているな」
確かに矛盾している、彼女を助ける事は結局異術師に加担して魔術師の敵になると同じ。
なのに僕は敵になろうとはしていないと言っているのだから、自分でもおかしいなとは思う。
この人は僕の考えた物語の登場人物なので助けたいんですって言ったらおそらく頭にクエスチョンマークを浮かべられて僕の頭の心配をされるので言わないでおこう。
「色々と事情がありまして。それに彼女は異術の力が弱まっているわけじゃない、拘束しても抵抗されて異術を使われたら大変ですよ」
躯真さんは訝しげに僕を見る。
「……君はどれほど知っているんだ?」
「全部です、兎に角全部。貴方の事も貴方以上に知ってますよ躯真さん」
こしゃくな言い草だったかもしれない。
「……君の報告は聞いたがなるほど、不思議な少年だ」
「よく考えてください、唐突に訪れた好機と思って拘束に入ろうとしても現状は危険じゃないですか? 彼女が苦しんでいる理由は分からないけど、魔術師に反応してるなんてただ事じゃないでしょう? それに痛みに絶えかねて暴れられたらどうします?」
躯真さんは長考に入った。
僕と夕莉、それにブラウへとそれぞれ順番に視線を投げて、顎に手を当てる。
携帯電話を耳に当てて僕に聞こえないようにか後方を向いて誰かと連絡し始める躯真さん。それを僕は警戒しながらも様子を伺った。
電話を終えたのは数分後、夕莉はまだ力を使っている最中で骸骨に触れながらブラウに処置をしている、長引くか……?
時折怒鳴り声を上げる躯真さんに僕はびくつきながらもどうにか揉め事だけは避けてくれますようにと心の中で必死に祈る。
躯真さんは僕を見て、小さなため息をついた。
それはどんな意味を込めたため息か、僕はじっと彼を見て口を開くのを待つ。
「……一度、距離を取っておく。確かに拘束したところでこちらに被害が出る可能性も高い、私の勇み足だった。周辺の人払いをしておこう」
「あ、ありがとうございますっ」
安心した、揉め事は避けられたのだ。
話し合いの結果、仕方なく退くと言いたげな表情だった。
「そいつは魔術師を一人殺している、それは忘れるな」
「……はい」
「我々が監視しているのも、忘れるな」
彼女への警戒と、僕が何かしやしないかと僕に対する警戒も感じられる。
現時点で、敵かもしれない若しくは敵になるかもしれないなんて思われてるんだろうなあ……。
さっきの電話の内容では主に僕について話されていたんじゃないかな。
何もしないのはやはり夕莉と一緒に行動しているからだろう、魔術師は夕莉が絡むと今は警戒が強い。戦力が削がれる――削がれるかも知れないであっても避けようとする。
彼女がいなかったらきっと僕は直ぐにでも拘束されていたね、助かったよ。