三ノ参
街に到着し、人ごみの中を歩くわけだが学生服でいるのは少々まずいな。
警察が僕らを見たら先ず学校はどうしたと呼び止められるに違いない、なるべく目立たないように道の端を歩いて行こう。
といってもブラウの容姿は目立つ、銀色の髪が陽光に照らされると輝きを宿して通りかかる人々――特に女性は視線を奪われていた。
「なんか、見られてるな……貴様、もしかして私に気づかれないように助けの合図を!?」
「違う違う、君が綺麗だからみんな見てるんだよ」
その銀色の髪に惹かれ、そして赤い瞳に惹かれ、整った顔立ちや綺麗な肌に惹かれているのだ。
「き、綺麗?」
「綺麗だよ」
「ほ、ほんとに?」
「とっても綺麗」
「も、もう一回」
聞き逃したかな?
「とっても綺麗だよ」
鼻から出血。
「だ、大丈夫!?」
僕はすかさずティッシュをブラウに渡し、彼女は鼻に詰め込んで事なきを得るが鼻に詰め物をしてると魅力は少しばかり欠けるもそれを補うほどにブラウは綺麗だ。
「大丈夫だ、行くぞ! ぬっ? あれはなんだ!」
「あれ?」
指差されるや、ご丁寧にトンボが飛んでいって建物を示した。
「ああ、あれはバクドナルドっていう店だよ。パンは分かる?」
「ぱさっとしたやつか?」
「そうそんな感じの、君が食べたものよりはぱさっとはしてないとは思うけどパンに焼いた肉や野菜をはさんで食べるんだよ」
「美味しそうだな」
「美味しいよ」
入ってみる? 僕の誘いに彼女はすぐさま頷いて僕を引っ張って店へ。
なんかこれ、デートみたいだな。
羨ましそうな視線も飛んでくるが、そんな彼らには僕の立ち位置は現在人質なのだよと訴えたい。
訴えたところで理解はしてもらえないだろうが、ブラウに虫で噛まれるのでやめておこう。
店内に入ると何も分からないブラウには心細いのか、僕の腕をがっしりと掴んでいた。
お金に余裕はそれほど無い、僕は一番安いのを選んで注文。
客が食べているものを見て、ブラウは二個要求してきたので彼女の言う通りにした。
結構食べるんだね君、さっきカツ丼も食べてたのにさ。
席は目立たないようにと一番奥を選んだ、壁側で窓からも離れている。
僕は朝食を食べたのでハンバーガーは頼まず、オレンジジュースのみ、トレイに乗ったハンバーガー二つとオレンジジュースは彼女へ渡した。
紙に包まれているのも珍しいようで、指でつまんで彼女は包み紙を開いていき、ハンバーガーが現れるや声を漏らしてそれを掴み取る。
後は周囲の客の食べている様子を見よう見まねで一口。
もぐもぐと美味しそうに口を動かし、しかし周囲への警戒心は抑えず。
「何か気になる事でも?」
「……誰か追いかけてこないか?」
今まで何度も食い逃げで追われていた事による警戒心のようだ。
「大丈夫だよ、お金なら払ったから」
「お金は食べ物を食うのに必要なのか?」
「そうだよ、みんな働いてお金を得て、そのお金で食べ物を買って生活してるんだ」
この世界の常識を彼女に教えてやらねばなるまい。
何が良くて何が駄目なのか、その境界線すらブラウは把握していないのだ。
それは無理もない、変異世界にはそんな常識の境界線は無いに等しいからね。
「お前も働いたのか?」
「僕は母さんから貰ったお金で過ごしてるよ」
夏休みにはアルバイトもしようかなと考えていたり。
「ふむ、そのかあさんとやらを私も手に入れるとするか」
「それは無理なんじゃないかなあ……」
「何故だ?」
面倒な話になってきたぞ。
「なんていうかね、僕を生んだ人が母さんでね、君の場合は変異世界での負の念が変化して君が生まれたから……君の場合は母親はいないんだ」
「そうなのか……よくわからんが、悲しいぞ」
残念そうに彼女はしばらくハンバーガーを小さく食べていた。
考え事をしているのか、その視線はテーブルに落とされていて動かない。
「あの、さっきの続きなんだけどさ」
とりあえず、自然と終えてしまった話を掘り起こそう。
「何だ?」
「やっぱり君はアルガの言う通りに動くべきじゃないと思うんだ」
「ふん、私にとってアルガは全てだ」
「そのボスが君を切り捨てようとしているんだ、分かってくれよ」
聞く耳持たないと意思を示しているのか、ブラウの食事速度が早まった。
オレンジジュースで流し込んで、二個目のハンバーガーへ。
「僕が思うに、君は戦争を望んでいない。この世界に惹かれているんだからね」
「…………」
三点リーダーが四つくらい紡がれたところかな。
彼女は黙々とハンバーガーを食べていた。一応、話は聞いているようだけど。
「それとね、現状をどう考える? 夕莉をさらえたら都合よく連絡、さらえない今は魔術師達へのただの荒らし要因で君に全ての敵意を向けさせて捨て駒として十分な働きをしてくれたらいいみたいな感じじゃないかなって、僕は思うし自信もある。君はどう?」
「……さあ」
一言呟いて彼女はハンバーガーを頬張った。
気には、していると思う。
失敗するや連絡も無く、変異世界への入り口をこちらから開こうとしても魔術師が絶対に邪魔すると分かっているのに変異世界側から開いてこないとなると、アルガがわざと彼女を孤立させている。
捨て駒、囮、そういう役割を押し付けられているのをブラウは自覚すべきだ。
そうだとは決まったわけではないが、現状を考えるにそうだと思わざるを得ない。
「後は何か問題が起きたら全部君が独断でやったっていう魂胆じゃない?」
「……食べ終わった、服を買うぞ」
この話は嫌らしい、ブラウは席を立ってすぐに外へ。
外に出て、店内の店員をじっと見て、ほっと胸を撫で下ろしていた事からちゃんと店員が追ってこないのを確認していたようだ。
ブラウは僕に腕を絡めて、また並行するも彼女の口数はめっきりと減っていた。
考え事、そう――考え事をしている。
そんな僕は、彼女のために服を買ってあげるとして、お財布の中にいるお札達と相談中。
もしもの時にと母さんが預けてくれたお金は鞄の中に入っている、それを加えれば一応服は買えるな。
母さんにこの散財を問い詰めたらなんと答えたら良いのか、悩むけれど。
ぺたぺたと隣を歩くブラウは、時折ため息をついて僕の腕をぎゅっと握ったりもした。
……ぺたぺた?
僕は、足を見た。
自分のではなく、彼女の足だ。
そこには本来靴があるべきなのに何も無く、彼女の素足があった。
「ブラウ、さん?」
呼ぶときはさん付けのほうがいいのかな?
「堅苦しい呼び方は、嫌いだ。無視したくなる」
「じゃあ……ブラウ」
「なんだっ」
いい反応。
「靴はどうしたの?」
初めて会った時はどうだったかな、履いてた? 憶えてないけど、多分履いてた?
「ぼろぼろになったから捨てた」
「……じゃあ靴も買わないとね」
一体どれくらい走ったのか、気になるね。
走ったというか走らされたというのが正しいな。
先ずは靴屋にと、通りかかった店に行くも開いておらず。
飲食店なら早い時間でもやってるけど、靴屋や服屋は十時からじゃないと店が開かないんだったな、こんな朝から街に赴くなんて久しぶりで忘れていた。
「ここか?」
「でもあと三十分くらい待たないと」
「仕方ないな、待ってやろう。さ、散歩でも、しようじゃないか」
強引に彼女に引っ張られて何故か僕らは街中を散歩。
弱ったなあ……。
動き回るのはあまりしたくない、警察と遭遇したら絶対に呼び止められるし魔術師も僕をどう見るか……。
しかし彼女は散歩する気満々でぐいぐい腕を引っ張ってくる、困ったものだ。
通りかかったコンビニに僕は足を止めて、ブラウに待つよう指示するが彼女はついていくと言って、コンビニの中へ。
朝から学生服のままコンビニに女性と腕を絡めて入るなんて、店員も珍しい客だなと言いたげに僕を見てきた。
僕はアイスを一本購入して、店の外で彼女に与えた。
餌付け? まあ、そんな感じ。
ちょうどベンチも置いてあるのでそこへ腰掛けさせる事に成功。
「冷えてて美味い!」
「アイスっていうんだよこれ」
「アイス美味い!」
本当に、純粋な人だね君は。
ふと夕莉はどうしてるだろうと、僕はポケットから携帯電話を取り出すと着信ありが三件、加えてメールもきていた。
どれも夕莉からのもので、メールでは大丈夫? の一言。不安と心配が込められている。
夕莉とは連絡先を交換した記憶は無い、しかし僕の連絡帳には彼女の名前がある。
これも物語の影響らしい、幼馴染なので連絡先は知っていて当たり前ってか。
昨日の夜にメールがきたのだけれど、その時は戸惑ったね。なんていったって女性からのメールは僕の人生で母さん以外になかったのだから。
メールを返しておこう、ブラウといるのは内緒だ。教えたら面倒な事になりかねない、ブラウと夕莉は決して接触させてはならないね。
体調がすぐれないから今日は休む、返信の内容は変な理由をつけるよりもシンプルなものでいく。
担任にも言っておいて欲しいとちゃっかり加えて担任への連絡を省いておく。
メールを送信して、僕はポケットに携帯電話へ。
周囲に視線を配って、監視員は近くにいたりしやしないだろうかと探してみるが、通行人の中には誰もこちらに視線を向けている人はおらず、ていうか探したところで簡単に見つけられたら監視員としてどうかって話だしなあと僕は探すのは諦めた。
微影さん、せめて監視員の特徴を教えてくれたらよかったのに。
ブラウはアイスを食べ終え、店も開く時間帯になったので僕らは先ず靴屋に。
こうしていると、本当に僕は何をやってるんだかと何度も思う。
敵の靴を買ってやるべく、足の大きさを測って、店員と相談して歩きやすい靴を紹介してもらって、あと靴下も用意して購入している。
ブラウは歩きやすさに上機嫌、店内をスキップしたり走ったりで僕は店員に頭を下げて店を出た。
「どう?」
「この世界の道具はすごいものばかりだな」
「だろう? 戦争なんか起こしたらこれも手に入らなくなっちゃうかもしれないよ?」
「むっ、そ、そうだな……」
ブラウの心は、徐々に揺れ動いている気がする。
次は服を購入すべく、店を選んで入ってみるもどうしたらいいものかと僕は店内に並んだいくつもの服を見て考える。
露出度の高い服もあればごく普通のワンピース、あと彼女が着ていたものと似ているフード付きの上着など様々。
値段も中々なものだ、お金は足りる? 足りないかも。
「これっ、これっ」
ブラウはまるでおもちゃをねだる子供のように指差したのはフード付きの上着。
店員が寄ってきていろんな服を見せて、彼女にはこの服も、このスカートも、こんな露出度の高い服でも合いそうだと接客魂に火をつけているようだが、ブラウは全てを跳ね除けた。
彼女にはどんな派手な服や綺麗な服よりもフード付きがいいらしい。
この際だからフードがちょっと猫耳っぽいのがついてるのとかどうだろう?
「これはどう? 耳がついてるよ」
「この耳は何の機能を持っているんだ?」
「特に機能は無いけど、外見の良さ?」
この耳には何でも入るポケットになってますとか、マイナスイオンが出るとかそういう機能があったら逆に驚く。
「まあいい、買え」
値段はそれほど高くない、店の中でも安いほうなので僕にとっては好都合。
購入してやって値札を取って早速ブラウはそれを着た。
白を基調として模様は少なく、ポケットはお腹あたりに二つ。購入する時に触ってみたが厚くもなく薄くも無い丁度良い厚さでまだ少し肌寒い時がある五月にはぴったりだ。
店を出るやフードで頭を覆い、それが落ち着くらしくほっと小さなため息。
「着心地は?」
「めちゃくちゃいい」
表情が隠れてしまうのが僕には少し残念。
綺麗な赤い瞳は見てみたかったなあ。
「ほら、そ、その、ほらっ!」
するとブラウは僕の腕を引っ張ってくる。
ああ、腕を絡めろとね?
僕は言われるがままに腕を出すと、ブラウは腕を絡めて顔は少し俯いた。
この腕を絡めるという行為、街では意外と溶け込めているが如何せん僕が学生服って事もあって少し違和感。
僕が建物側を歩いているから人の目はそんなに浴びないし皆が見るのはブラウばかりなので大丈夫ではある。
目的も達成した、これから彼女はどうするつもりなのかな。
僕は一応街から出るつもりで歩いているがこれといった目的地は無い、ブラウも目的地は決定してないからか僕の歩行には特に何も言わず腕を絡めてついていく。
「明人……」
街から出て住宅街に入ろうとしたところで、少女の声。
後方から声は聞こえて、僕達は足を止めた。
聞き覚えのある声、最近聞き始めた声。
僕達は振り返るとそこには夕莉が立っていた。